第36話 後の祭り

 数日後、やんごとない筋より親書を受け取ったネハリ商会のネハリ氏は、三人の賓客ひんきゃくを連れて白庭の館を訪れていた。メイナグ観光協会長と文化財管理庁の一等書記官、そして、メイナグの塔を所有している聖人修道教会の主導師である。

「みなさんが魔物の群れを排除してくれたことにつきましては、メイナグの住人も大変感謝しております。がしかし、やはりあの塔は観光の目玉でして、無いとなれば、メイナグの町は砂漠のように干上がってしまいます……」

「魔物が巣食っていたとはいえ、メイナグの塔は国宝であり、貴重な遺跡だったのです。それを破壊されたとなると……」

「メイナグの塔は我々の大切な修道院であり、今現在でも立派な聖地なのです……」

 黒ブチのレッドドラゴンをはじめ、町の脅威である塔の魔物たちを全て討伐した功績によって、ミユたちは罪に問われなかった。しかしながら、メイナグの塔を再建するための資金として、莫大な罰金が課せられたのだった。


「で、ネハリのおっちゃん、いくら残ったの?」

 ミユの白く輝く瞳に怯えるネハリ氏は、震える手をそっと開いた。

「……これだけです……」

 一枚の大金貨がネハリ氏の脂汗で光っていた。さっきまで財宝が山と積まれていたダイニングルームの大きなテーブルには、塵一つ残っていない。

「何も無いよりは良いで……」

 ディーが寂しそうにつぶやいた。

「お館様、例の土地の代金はお屋敷の金庫蔵から出しましたが……大金貨で三百枚です」

「えーっと、大金貨は一枚で10万円だから……」

 ミユはスマホで計算を始めた。ディーとリノンの顔が青い。

「ミユ、3,000万円よ……それより私ね……」

 ユリカは天井を見つめて力なく笑った。

「昨日、会社に辞表出したの……」

「お姉ちゃんにはキャバクラがあるじゃないっ」

「それは三日前に辞めたの……」

 ミユは姉の姿に道を踏み外した社会人の生き様を見た。

「ブランの天寿鋼セットは買えないねーっ」

「ギリーはチョコレートクッキーと苺にキノコか……一口くれよなっ」

「ネハリよ、宝がたくさん眠っておるような遺跡でもないかな」

「ハイッ、探して参ります!」

〝チチチッ〟

 その時、どこから入ったのか、見慣れない小さな鳥がテーブルにとまった。

〝コホンッ……あなたがマクラギ・ミユさんですね〟

「えっ、こっちの鳥って喋るのっ?」

〝ああ、ごめんなさい〟

 鳥は小さく羽ばたいて飛び上がると、一人の老婦人に姿を変えた。

「突然にお邪魔しまして申し訳ありません。窓から様子を見ていたのですが、罠にかかってしまって……抜けるのに苦労しました。さすがに花守り姫様のお屋敷ですね」

「リノン、泥棒除けの結界に小さな穴が開いとるようだな」

「まさか、信じられません……」

「お久しぶりでございます。お元気そうで何よりでございます」

 ネハリ氏が頭を深く下げた。

「久しぶりですね、ネハリ会長。あなたも健勝のようで大変結構です」

 老婦人はネハリ氏の肩にそっと触れると微笑んだ。

「それと、従者が一人、罠にかかったままになっていますが、ご迷惑でなければ差し上げます。奴隷にでも使ってやってください」

 慌てたリノンが窓を開けると、見えない蜘蛛の巣に不恰好ぶかっこうな鳥が絡め取られていた。

〝お師様っ、一人だけ逃げるなんてズルいですよっ〟

「だから外で待っているように言ったのですっ」

 リノンがその鳥を部屋に逃すと、一人の少女が羽ばたきをしながら現れた。

「お師様だって罠に引っ掛かったじゃありませんかっ」

「フッ……」

 老婦人が息を吐くと、少女の姿がガマガエルになった。

「コホンッ……ご挨拶が申し遅れました。私はキリオンの荒地より参りました、テナテナリと申します。マクラギ・ミユさんには、是非とも私どもの《夜の茶会》に入会していただきたく、こうしてお願いに参りました」

「リノン、お茶を頼むで。聖キリオン公国は海の向こうだ、随分と遠い」

「かしこまりました」

〝ゲコッ、私はっ……〟

「このカエルは不肖の弟子にございます」

〝私はエタン! と申しますっ、ゲコッ〟

 エタンは文句を言いたそうに、何度も飛び跳ねて鳴くのだった。

〝ゲロッ、ゲロッ、ゲココッ!〟


                       〔第36話 後の祭り 終〕

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