第37話 テナテナリの勧誘

「私どもは、若く優秀な魔法使いが騙だまされたり、為政者に戦争の道具として不当に扱われる姿を永く見てきました。夜の茶会は本来、好事家が噂話を楽しむためだけの秘密の集まりだったのですが、大きな星が道を踏み外さぬように気を配るのもまた使命としています」

「それで、私を勧誘しに来たの?」

「その通りです。〝月の精霊〟が転移したことは察知していたのですが、どこのどなたに憑いたのかさっぱり分かりませんでした。それが最近になって、ハイミ=テニラのマクラギ・ミユさんだと判明したのです」

「メイナグの塔の一件が伝わったのですな?」

 ネハリ氏が得意げに尋ねた。

「ええ、私も実際に現場を訪れて惨状を見ましたが、公の記録では塔を一撃で破壊したとあります。あまつさえ夜影の神を使役したとの噂まで聞こえてきましたので……夜の茶会ではこのままマクラギ・ミユさんを放置できないとなりました」


「夜の茶会っへ、もひはひれ新月の夜にやっへまふか?」


 ギリーがお茶請けのクッキーで頬を膨らませている。

「お師様、あの杖は……」

「ええ、懐かしいですね。お嬢さん、あなたはアリーの……アルガル・バンボンのご家族ではありませんか」

「はいっ、私は孫のギリー・バンボンです。おばあちゃんは時々『寄り合いがあるから』って、新月の夜に出かけることがありました。もしかして、夜の茶会に……」

「そうです、アリーは経験豊かで力のある、我々の大切な友人でした。アリーの葬儀では、まだ小さかったあなたが、その杖を抱えていたのを覚えています」

 形見の杖を強く握りしめると、ギリーは少し涙ぐんだ。

「それならギリーちゃんが入会したら良くない? 私はアレコレ縛られるのイヤだから遠慮しとくわ」

「そんなもったいないっ! 弟子の私でも正式に入会できないのにっ」

「あなたは夜になったら眠って起きないじゃありませんか……」

「……ゲコッ……」

「私はまだ十一歳で、修行中ですけど、夜の茶会に入れますか?」

「そうですね……人を導けるだけの知識と経験が備わっていると認められれば、若くても入会はできます。確か、花守り姫様のお屋敷には《知識の樹》があると伺っていますが」

 ディーがお茶を飲む手を止めた。

「なるほど、それでギリーは本を作るのだな」

「あ、そうか、私……夜の茶会に入ろうとして……」

「でも私って、ギリーちゃんに比べたら魔法の知識とか経験なんてないんだけど」

「あなたが背負った月の精霊は力が強すぎるのです。その気になれば国の一つや二つは簡単に滅ぼせてしまいますので、このままというわけには……」

「だからミユさんっ、禁呪は絶対に使っちゃダメなんですよっ」

「そうだよなー、考えたらミユは野放しにできないよなー」

 ブランの正論に、ミユを除いた全員がうなずいた。

「それより、入会特典とかないの?」

「特典、ですか……それはもう、それなりに優秀な魔法使いがいますから、いろいろと学ぶことができますよ」

「しかもタダですもんねっ」

「だってさお姉ちゃん、タダより高いものってないよね」

「そうねー……私は無職だけどねー……」

「どうせならさ、お宝を発見できる魔法とか教えてくれない?」

「そんなものは聞いたことがありませんけど、財を所望でしたら《魔闘会まとうかい》という魔術の競技大会に参加してはいかがですか。聖キリオンの闘技場で来月に開催されます」

「でもお師様、さすがにそれは危険なのでは……」

「魔法使い同士が戦って優劣を決める競技大会ですが、もちろん真っ当な規則の下で行われます。どちらかが負けを認めるか動けなくなったら試合終了です。多少の怪我は止むを得ませんが、相手を殺すことは許されません。そして、優勝した者には《真実の壺》に手を入れる権利が与えられるのです」


 《真実の壺》とは、聖キリオン公国クライン公家に代々伝わる秘宝である。手を入れた者がつかむことさえできれば、どのような望みでも引き出すことができるという。かつて戦乱の原因となった神器であり、再び争いを生まぬためにも一年に一度、それに相応しい人物にのみ使用が許されるのである。例えクライン一族の人間であっても、自由に使用できるものではない。


「ミユ、騙されちゃダメよ、そんな壺があったらみんな幸せになるからね……」

「それでは、過去の実績をいくつかご紹介しますと……どんな料理でもかき混ぜると美味しくなるスプーンは特に有名ですね、これはとある貴族が莫大な金額で買い取りました。その他には、どんな魔物でも切断できる聖剣、水の上を歩ける靴、火の消えないランプ、動物の言葉が分かる耳飾りは素敵ですね、もちろんつかめるだけの宝石というのは定番です」

「お師様っ、優しいイケメンを引っ張り出して結婚した人がいましたよ」

「ええ、あれには私も驚きました。永遠に続くものは無理ですが、片手でしっかりつかむことさえできれば、大きさに関係なく望むものを取り出すことができるのです」

「ミユっ、優勝して!」

 ユリカが生き返った。


 〔第37話 テナテナリの勧誘 終〕

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