第31話 ミユの気になること

「ネハリのおっちゃんが、お姉ちゃんの指輪を見て言ってたじゃない……」


『おやっ、これは珍しいですな……〝月の雫石〟ではありませんか。レッドドラゴンの肉よりもよほど希少ですぞ』

『これ、妹から買い取ったんですけど、宝石じゃないんですか? 月の雫石って……』

『石、というよりは、光の結晶に近いものらしいですな。たまに古い遺跡で見つかることがありますが、いわゆる古代魔法文明の遺産です』

『それならネハリさん、買い取ってくれませんか?』

 ユリカは右手の小指から指輪を外した。

『いや、申し訳ありませんが、使い方が分からない道具は商品になりませんので……』

『何かに使うんですか、これ?』

『噂では、時の流れを変えられるとか……』


「宝石じゃないのよね、これ……」

 ユリカは指輪を外すと妹の顔を恨めしそうに見つめたが、当のミユは気にせずに話を続けた。

「ディーも前に似たようなことを言ってたのよね、『時間がどこかで交わってるかもしれない』って」

「そうだったかな、そうやもしれんな」

「お館様、先日のここのえ農園で」

「それとね、燃えたあの本に載ってた指輪の絵だけど……背景が〝日時計〟だったのよ。お姉ちゃん、覚えてるでしょ?」

「そうだっけ? けど、それが何なのよ」

「ミユさんが持ってた本って、どんな内容だったんですか?」

 ギリーが前から気になっていた質問をした。

「……話してもいいよね?」

「もう灰になってしもうたでな、今となっては誰も読めんで、良いだろう」

 実のところ、ディーもリノンもあえて手にとって読むことは避けていたのだった。

「ギリーちゃん、ブランにも今まで黙ってたけど、あの本はね……」

 ミユたちは食事を終えると、カッファーニで〝隣の扉〟を開いた。


 白庭の館で、ギリーはおびただしい数の本に圧倒された。

「私が今から六年後に、ここで本を造るんですか?」

「アもようは分からんが、あの本の奥付けは確かに六年先になっとったな。まあいずれ分かるで、今から考えてもどうもならん」

「私もここで一冊造ったわ、ディーにあげたけど」

「アレは実に興味深い本でな、なぜか読むたびに体が重くなるんだ」

「お館様もですか。私はなぜか最近、セーラー服の腰回りがきつくなってきました」

「満喫してるなー二人とも……」

 ディーとリノンの頬が丸く見えるのは、ミユの気のせいではなかった。

「俺はたぶん、六年後には正騎士になってるだろうな。それでギリーを連れて、もう一度ここに来るんだろう」

「なんで私が本を造るの?」

 誰も答えは知らなかった。

「それで、ミユは何を調べてるのよ? ってかあんた、いつから読めるようになったの」

 ミユは一冊の本を手に取り、目で文字を追っていた。

「私のメガネがなくても読めるようになったんですね」

「あれっ、ホントだっ」

 どうやらミユは、メガネに込められた魔法を写し取ったらしい。

「それで、何をお調べですか?」

 リノンはミユが開いている本に見覚えがなかった。もちろんミユは、そもそも何を調べるべきなのか分かっておらず『次に読む本は本棚が選びよる』と以前にディーが言っていたので、何も考えずに棚に手を伸ばしたのだった。

「お姉ちゃんっ、その指輪貸してっ、お宝を取り戻すから!」

 ユリカは時々、妹が何を考えているのか分からなかった。

「〝月の雫石〟を使えば、過去に戻れるんだって!」

『時の魔導書』を手にするミユの瞳が、妖しく光った。


                  〔第31話 ミユの気になること 終〕

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