第29話 ミユの契約は

 その頃、レッドドラゴンをミユが倒したと勘違いをして喜んでいたディーたちは、ミユの元に馬車を走らせていた。

「ここからではよう見えんな、ミユは誰と話しとるんだ?」

「お館様、また陽が陰ってきました」

「ミユさん、今度は何をする気だろう……」

「ミユのことだからな、心配はいらないだろ」

「あの子は……何かあるといつも勝手に決めるから……」

 馬車を曳いていた馬が、急に足を止めてしまった。

「どうしたリノン?」

「分かりません、何かに怯えているようです」

「ミユさーーんっ!」

 ギリーが馬車を飛び降りて、ミユの元に駆け出した。

「アたちも行くでっ、ミユの様子がおかしい!」

 太陽が月に隠れて空が暗くなると、穴から這い出た緑色のヘドロは霧のように広がって、山よりも大きな影になった。

〝dweofk……エルフの花守り姫よ……久しいな……〟

「あれやっ……夜影よかげの神ではないか……そうか、ギリーが言っていた魔王とはあなたのことだったか……」

〝古の誓約により……互いに目を合わさぬようにな……dweofk〟

「互いに……目を合わさんように……」

「お館様……」

「一族が神と結んだ〝触れずの掟〟は破れんで、これより一切の干渉はできん……」

 ディーとリノンは小指を口にくわえると、話すことをやめた。

〝ミユ……契約を……〟

「みんな来ちゃったの?」

「ミユさんダメっ……魂を奪われる……契約は、ダメです……」

「ミユ、逃げられないのかよ……」

「レッドドラゴンを倒してもらったしさ、契約しないとしょーがないじゃない」

「ちょっとミユっ、ギリーちゃんとブラン君から話は聞いたけど……」

 ユリカが腕を組んで残念そうにミユを見つめている。

「あんたの不死の契約って、成立してないわよ」

「えっ、お姉ちゃん何言って……」

「何とかの魔女が最初に結んだ不死の契約は、そのままミユが引き継ぐことはできないのよ。なぜかと言うと、契約を停止する廃止契約を結んでないでしょ?」

 ユリカは貿易会社のOLモードに入っていた。

「えっとお姉ちゃん、よく分かんないんだけど……」

「何とかの魔女が勝手に契約者をミユに変更したわけでしょ? でもね、最初に契約を結んだ両者が合意してないのに、その契約を一方的に誰かに引き継がせることなんてできないの。変更を加えるなら、まずは最初の契約を廃止してから新しい契約を結ぶか、両者が変更に合意した内容を覚書おぼえがきにして追加するの。これ、社会の常識だから覚えときなさいよ」

 ギリーとブランは、ユリカの厳しくも凛々しい姿に社会人のオーラを見るような気がした。

「それじゃミユさんは、助かるんですね……」

「よかったな、ミユ……」

「ありがとう、お姉ちゃん……」

「何言ってんのっ、あんたに〝不死の権利〟は無いってことよ!」

「えっ?」

「そもそも初めからミユの契約は成立してないんだから、権利の行使ができるわけないでしょ……あんた訴えられたら100パー負けるわよ」

〝ミユ……契約を……〟

 ユリカは空を覆う影に向かって言い放った。

「夜影の神だか魔王だか知らないけど、ミユの〝不死の権利〟は返すわ、どうせ初めっから契約なんて成立してないんだから、それでいいわね」

〝……それでは……代償を……要求する……〟

 魔王の影は波立つと、不服そうに答えた。

「仕方ないか……ミユが〝不死の権利〟を行使した期間についての補償ね……それならこの辺りに散らばってる財宝で手を打たない? 手数料も込みで」

「ちょっと待って姉ちゃんっ! 何言って……」

〝……代……償………………おおおおお…………おおおお…………お………〟

 魔王は風のように地面を這い回ると、散らばった宝をかき集めて渦を巻き、やがて悲しい声と共にどこかに消えてしまった。空にはいつのまにか陽が差している。

「私の……お宝……」

 ミユは気を失って倒れてしまった。

「ちょっとミユっ、どうしたの! 体から煙が出てるじゃないっ」

 ユリカは燃えるように熱いミユの体を抱き起こした。

「いかんっ、リノン急げっ、治癒をかけるぞ!」

 ディーとリノンはセーラー服に仕込んだ杖を取り出すと、最大出力で回復の魔法をミユにかけ続けた。

「〝不死〟と言うてもな、降りかかった災いの足を遅らせて追いつかれんようにしとっただけだ。こうやって不死でなくなったら途端に噴き出しよるんだ」

 ギリーとブランは馬車に急ぎ、魔力の回復薬を全て運んで次々と封を開けた。

「ディー……私の妹は、大丈夫なの……」

「〝不死〟の期間が短かかったで、おそらく大事にはならん、安心するが良い」

「全くもう……世話の焼ける妹ね……お気に入りのセーラー服も台無しじゃない」

「リノン、月の精霊はどうなっとる」

 リノンはメガネを取り出してミユを眺めた。

「……良かった……月の精霊はちゃんとミユさんに憑いたままです」

「そうか、やはり力が強いな……」

 そしてミユの手にあった『ギリー・バンボン 十七歳』は、燃えて灰になってしまったのである。


《メイナグの塔@岩山を削って建立された修道院。いつの頃からか魔物の棲家となり、侵入できる出入り口も少なかったため、金銀財宝の隠し場所として利用された。おそらく最上階層の主であったと思われるレッドドラゴンは、長年蓄えた魔力によって災厄ともいえる成長をとげていたが、既に討伐されている。塔は枕木美遊によって破壊され廃墟となっているが、再び建設される予定である》

                『ギリー・バンボン 十七歳』より抜粋。


                     〔第29話 ミユの契約は 終〕

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