第23話 ギリーの災難

「『ギリー・バンボン 十七歳』か、ページも抜け落ちとるで、ずいぶんと痛んどるな……しかし、この本は確かにアの屋敷で採れたものだな」

 ディーは奥付けを確認した。

「あれや、これはなるな。採れた日付が今より六年先になっとる……」

「やっぱり! ギリーちゃんが今から六年先の未来でこの本を造るのねっ」

「ちょっとミユ、この本は年代も分からないような遺跡から見つかったのよ」

「なんでそれが日本の古本屋にあったの?」

「海外の古書市で適当に処分されたのよ。誰も読めないから値打ちも分からないし、何かの聖典シリーズの一冊らしいんだけど……」

「値打ちは人によって決まるでな。しかしアには、どこにでもおるような十七歳が持っとる知識に興味はないで、アが書物にする理由もないな。おそらく本人が個人的な理由で記録を採ったか、いや、これからするのやもしれんな」

「お館様、もしかすると我々の未来が、ミユさんたちのいる今なのでしょうか」

「分からんな、あるいはどこかで……時や場所が交わっとるのかな……」

 ディーのこの言葉は、後になってミユが重大なことを思いつく助けになる。

 ミユはアールグレイを飲み終えたカップを皿に戻すと、ギリーの本を開いてとあるページを眺めた。もちろん文字は読めないのだが、そこに描かれている一枚の絵がずっと気になっているのだ。それは、ギリーがその目で見た光景のはずだ。

「ギリーちゃんには、この本のことは教えない方がいいのよね? 歴史がおかしくなっちゃうんでしょ?」

「そうだな、わざわざ読ませる必要はないで、しかし既にアとリノンが知ってしまったでな、あまり気にせんでも良い」

「そうなの? ギリーちゃんに読ませなかったら大丈夫なのね?」

「ちょっとミユ、何を気にしてるのよ?」

「……このページにね……お宝の絵が載ってるの……」

 ミユが開いたページには、廃墟のような場所に金銀財宝が散らばって輝く様子が描かれていた。

「ミユさん、ちょっと貸してください……」

 リノンがかすれた文字をなんとか拾って読んでくれた。

「メイナグの塔@岩山を削って建立こんりゅうされた修道院。いつの頃からか魔物の棲家となり、侵入できる出入り口も少なかったため、金銀財宝の隠し場所として利用された。おそらく最上階層の主であったと思われ**********長年蓄えた**によって災厄ともいえる***とげて***、既に***れている。塔は**美***って破壊され廃墟となって***、**建設される予定である……」

 ミユの瞳が輝き始めた。

「十七歳のギリーちゃんは、ここに載ってるお宝を目にしたのよ!」

「ミユ、お姉ちゃんこれからバイトが……」

「お館様、この絵の財が本当なら、世界中の書物が手に入るのでは……」

「そうだな……とりあえず図書館の一つや二つは買えるな」

 ミユは椅子から立ち上がると、壁に飾ってある絵を外した。

「ちょっとミユ、何をする気っ……」

「善は急げよ! アペルタッ! ギリー・バンボン!」

「あーーいいかなミユ、本来〝隣の扉〟は建物を指定するものでな、できれば人の名指しはせん方が面倒事にならんのだ。居所が分からんなら仕方がないがな」

「ミユさんはせっかくですから、魔法を学ばれた方がよろしいですね」

 店の壁が揺らぎ始めると、模様が浮かび上がって光る扉が現れた。

「お姉ちゃんっ、ディーっ、リノンっ、一緒に付いて来て!」

「今日はバイトが……」

「アとリノンはかまわんで、図書館に金がいるでな」

「あの、お客様……」

 店中の客が光る扉をスマホで撮影しているが、ミユは気にせずに全力で開いた。

〝ガチャッ!〟

「やっほーっ、ギリーちゃん!」

「ブリュリュ〝ピィーーーーーーーーーーーーーーーーッ!〟(自主規制)」

 清らかで美しい森に、一人の乙女が座る可愛いらしい背中が見えた。

〝ガチャンッ!〟

 ミユは扉を固く閉めた。

「ミユ、呪いの呪文が聞こえたで、大丈夫かな」

「ミユさん、顔色が悪いようですけど」

「ギリーちゃん、ごめんね……」

「ミユ、後でお店にも謝っときなさいよ」

 何が起きたのか理解できなかったギリーは、しかし何か大切なものを失ったような気がして顔を真っ赤にしていた。そして、振り向いた一瞬に見えたミユの姿から、また余計な冒険が始まるのだと、痛むお腹をおさえながら覚悟を決めたのだった。

「おーいギリーっ、なんか変な音がしなかったか? 扉が開いたような……」

「ブランのバカーーーっっっ! こっち来ちゃダメーーーーっっっっっ!」

「なんだよ……生でキノコなんか食べるからだぞまったく……」


                     〔第23話 ギリーの災難 終〕

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