第24話 ミユの特訓

「イグニスッ!」

 ミユは指先から炎の塊を放つと、リノンが手に持つ枯れ枝の先を燃やした。

「さすがに月の精霊ともなると、杖はいらないんですね」

「でもこれじゃ弱すぎるなー、もっと強力で狭い範囲に当てるやつじゃないと……また溶岩でお宝を溶かしたくないし、なんかいい呪文載ってないかなー」

 リノンのメガネが似合うか興味本位で試したところ、ミユは読めないはずの文字を文章として理解できることに気づいた。それ以来『ギリー・バンボン 十七歳』はミユが手にしたまま、その存在はギリーとブランには伝えずにいた。

「月の力が強すぎて、ミユさんの光魔法はほとんど禁呪になりますからねぇ……防御の魔法はお教えしましたけど、破壊の魔法は私やお館様も苦手ですから、やはりここはギリーさんに教えてもらった方が良いのではありませんか」

 ミユたちは、ギリーとブランの故郷であるバーレイ村に滞在して、メイナグの塔を攻略する準備をしていた。特に大きな鍵となるのが、月の精霊を宿したミユがどれだけ強力で〝使える〟魔法を習得できるかであり、村はずれの森でミユはリノンに特訓を受けていたのだ。

「だってこの本は、今のギリーちゃんが知ってるのよりもっとすごい魔法が載ってるはずなのよ」

「確かに……ギリーさんが六年間でしっかり成長してるといいですね」


 ギリーとブラン、そしてディーは村を回って魔法の薬を集めていた。

「ねえブラン、ミユさんていつも何の本を読んでるんだろう?」

「さあな、初心者向けの魔法の教典じゃないのか、リノンが教えてるし」

「二人とも今は気にせんでな、いずれ分かる時が来るで。それよりも、アたちは安全の確保と防御を万全にせんとな」

「そうですね。みんなから分けてもらった魔法薬は種類が多いので、あとで選別します。重いと運ぶのが大変なので」

「できれば魔力の回復ができると良いで。ケガの治癒や解毒などはアとリノンができるで問題ない」

 ギリーとブランはメイナグの塔攻略の話を聞いた時、さすがに反対した。

『私たちじゃ財宝のある上層階なんて無理ですよっ』

『そうだよなー、九十九階まであるらしいけど、せいぜい五階がいいとこじゃないか? それにあの塔は国宝に指定されてるからな、勝手に登ったら怒られるぞ』

 しかし、ヒーラー役の頼れるエルフが二人と、月の精霊を宿した〝あの〟ミユがいるのだ。財宝の収集だけを目的としたパーティなら魔物と正面からやり合う必要はない。ギリーとブランは可能性を天秤にかけた。


「ミユさんのお姉さんは魔法とか使えるんですか?」

「えっ?」

 エルフの二人はセーラー服を着ているが、杖を持ったギリーやブランの見慣れない姿はユリカの混乱に拍車をかけた。まだ二十六歳のユリカであったが、社会人としての常識が邪魔をして、自分が置かれた状況を受け入れられないでいたのだった。

「関税法とか外為がいため法ならちょっとは詳しいけど……私は魔法なんて使えないし、何かと戦ったりとか、そういうのは無理だから」

 当然ながら、子供の頃にマンガやゲームで仕入れた知識など役に立つはずもなく、貿易会社のOLに出番はなさそうだった。

「それじゃユリカは荷物持ちだな」

 ブランの明るい笑顔がまぶしかった。

「はい、頑張ります……」

 頑張れば、3億円ぐらい手に入るのだろうか? さっさと仕事を辞めて、悠々自適な生活を送れるのだろうか? キャバクラのバイトは辞めてもいいだろう。借りている狭いアパートの部屋は解約する。どこかの海沿いに小さな家を買って、静かに暮らしたい。温泉旅行にも行きたい。年金なんてあてにできなから、今のままだと死ぬまで働くことになる……。ユリカは暗い空を見上げるとため息をついた。

「……ねえギリーちゃん、ブラン君、今ってまだ昼だよね。なんでこんなに暗いの?」

 さっきまで明るかったのに、天気が急に変わったのだろうか……ギリーとブランも空を見上げている。

「ねえ、今日って日食だったっけ……」

「いや聞いてねーぞ、あ、太陽が少しずつ欠けていくな……」

〝カン! カン! カン! カン!〟

 村の火の見やぐら半鐘はんしょうが鳴っている。

「ど、どうしよブランっ、メイナグの塔攻略どころじゃないよっ」

「どうって、日食ならしばらくすれば終わるだろ……」

「天変地異の前触れやもしれんな」

 ディーが笑いながら、ミユとリノンを連れて戻ってきた。リノンは少し心配そうな顔をしている。

星見ほしみかぞえが外れることはよくあるでな、気にせんでも良い」

「だよなー。それよりミユ、魔法の練習はうまくいってるのか?」

「まあねーっ」

「ミユさん、本当にメイナグの塔を攻略するんですか?」

「もちろん!」

「ほれ、空が少し明るくなってきたで、すこし遅いが昼食にしよう」

 ディーは機嫌がよさそうだ。

「アペルタ! 東京ラーメン一番亭、道玄坂二丁目店!」

 ディーは天国への扉を開いた。

「あ、そういえば……」

 ミユは最近、学校で聞いた都市伝説を思い出した。


『セーラー服を着たすっごく綺麗な二人組なんだけど、時空を超えてあちこちのグルメスポットに出没するんだって』

『何それ? そんなのいるわけないじゃん』

『隣のクラスの子が牛丼屋で見かけたって!』

『ミユの好きなパフェの店にも出るらしいよ、なんか耳が長くってさ……』


「らっしゃーいっ、六名様テーブルにごあんなーい!」

「ここはアが贔屓ひいきにしとる店でな、ん? どうかしたか、ミユ」

「いやいいんだけどね……」

 そして、ギリーとブランは、ディーが薦めた特製まかない豚骨ラーメン&餃子セットによって、人生の意味を深く理解したのである。

「私、生まれてよかった……こんな美味しい料理があるなんて……」

「ラーメンとギョウザは俺のレッドドラゴンだ!」

 こうして、新たな都市伝説が生まれたのだった。


                      〔第24話 ミユの特訓 終〕

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