第16話 荊の魔女

「そもそもこの辺り一帯は、われの一族が治めておった、小さくても立派な国だったんじゃ……」

 魔女の首は、無事に枕の上に帰還すると静かに語り始めた。

「今から三百年ほど前の話じゃ、吾の国は世の戦乱に巻き込まれてな、ろくに兵もおらんで、仕方なく、姫であった吾が魔界の王と千年の契約を結んで、呼び寄せた魔物たちを国の守りとしたんじゃ……それでも、いつしか国は滅んでしもうた……」

「それで、どうして私を待ってたの?」

「吾は契約により不死の力を得たがの、不老ではないんじゃ。今となっては体の自由もきかんし起き上がるので精一杯じゃ。それにな、うつにはとうに飽きておる。かといって、あと七百年は死ぬことができん。吾が死を得るには、魔王より授かったこの力を捨てねばならんのじゃが……そこでミユ、お前に吾の……荊の魔女の力をやろう」

「待ってミユさんっ、この話はダメですっ!」

「そうだな、自分が死ぬためにミユを生贄いけにえにするって話だろ」

「フッ」

 荊の魔女は小さく息を吐いた。

〝パチンッ!〟

 何かが弾ける音がすると、ギリーが魔法で固く閉じたはずの扉が開いた。

「そうは言うてもお前たち、このままでは生きて帰れんぞ……」

 扉の前でボーンナイトが立ち、敬礼をしている。

「勘違いをしておるようじゃが、何もミユの命を奪おうと言うわけではない。吾を守護する精霊をミユに移すだけの話じゃ」

「それって、私でも魔法を使えるようになるってこと?!」

「その通りじゃ」

「それ……おばあちゃんから聞いたことがある……もしかして《星移し》の秘術?」

「ほほう……そなたの大母おおはは様は名の知れたお方のようじゃな。じゃが星移しは本来、互いの精霊を入れ替えて修練を積むためのものでな、ミユには精霊が憑いとらんから、吾が力を失うには都合が良いんじゃ。ミユはそらに開いた穴からこの世に落ちて来たのでな……」

「それとついでなんだけど……」

「宝か……あるにはあるがな……全て湖の底に沈んどる」

「なんでっ?!」

「吾の父王が……吾と魔界の王との契約を止めようとしてな、城にある全ての財を小船に積んで人質にしたんじゃ。しかし時すでに遅く、吾が呼び寄せた魔物の群れを目にした王は気が触れてな……金銀財宝と共に湖の底に沈んでしもうた……せめて遺体だけでも引き上げようと水魔を送ったんじゃが、あまりに深くて見つからなんだ……」

 ミユはベッドに座ると荊の魔女の首をひざに乗せた。

「指輪とか、身につける魔法の宝石は残ってないの?」

「無いな」

「お姫様だったんでしょ? ティアラぐらいは」

「無いな」

「それじゃ銀の食器とか」

「無いな」

 ミユは光のない目でギリーとブランを見つめた。

「この首、湖に捨てようか」

「ミユさんやめて」

「おいミユやめろ」

「そういえば、吾が着とったドレスがまだそこの衣装棚に残っとるはずじゃ……高く売れるやもしれんで好きなだけ……」

「やった! 可愛いドレスっ! 見せて見せて!」

「わっ、私も見たい……」

 魔女のクローゼットをあさるミユとギリー。

「これが女の性というものか……」

〝ピロロ~ン!〟

 ブランは人生のレベルが上がった。

「お前は、そこの騎士が持っとる剣でも持って帰るかの?」

「いや……俺の体には大きすぎるな」

「なるほど、いい判断じゃな。もはやこの城には価値のある物など残っとらん」

「あーーーーーっっっ! 虫喰いだらけっっっ!」

「ミユさんこっちもですっ!」

「あーーーーーっっっ! 可愛いドレスがーーーーーーーっ!!!」

「ホッホッホッ、残念じゃったな。しかし不死になると、着とる衣は傷ひとつ付かんぞ」

「湖に捨てるわよっ!」

「ミユさんやめてっ!」

「おいミユやめろっ!」


                       〔第16話 荊の魔女 終〕

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