第17話 星移し
満月に照らされたバルコニーの庭園に赤いレースのカーテンを広げると、ミユと荊の魔女は横になって手をつないだ。
「月の光で身を清めるのじゃ。息は深く静かに、しばらくは目を閉じておれ」
「ミユさん、本当にいいんですか……」
「あと七百年は死ねなくなるんだぞっ」
「私はねえー……永遠に絶対に死んでも死ぬ気はないの!」
「ホッホッホッ……」
「それに魔法も使ってみたいしさっ!」
荊の魔女は、ギリーとブランに目をやった。
「これから唱える呪文はな、限られた者にしか教えられん秘密の
ギリーとブランが渋々広間に入ると、荊の魔女は息を吹いて大きな窓を閉めた。
「ミユ、良いかの」
「いいけど、私が星移しの呪文を聞いてもいいの?」
「実はな、呪文と言うたが嘘じゃ、そんなものは無い」
「えっ、じゃどうするのっ?」
「このまま静かに手をつないでおればええだけじゃ。月の光に誘われた精霊はな、そのうちに交わり、どうかすると入れ替わることがある。あまりに簡単なんでな、未熟な者がやらんように秘密にされとる」
「そうなんだ……」
「ミユも決して誰にも伝えずにな、それでも死にとうなったら、移せ……」
「うん、分かったわ」
ミユは静かに目を閉じた。
「そう言えば、まだあなたの名前を……聞いて……なかった……わ……」
「吾の名か……もう忘れてしもたな……ずっと長い間……吾を……呼ぶ者は……」
城の裏庭にいる猫。侍女と手をつないで街を歩いている。丘から見える城。湖の水が冷たくて手が
『ミュウ! ミュウドリィーテ! やめてくれ!』
『もう遅いのです! 兵のいないこの国を守るにはこれしか!』
『ああお願いだ、この財宝を全てお前にやろう、だから……』
『もう遅いのです……私はもう……』
『ああ……我が娘よ……』
『さあお前たち! 我が千年の契約により命ずる! 侵略者どもを蹴散らせ! 愚かな敵を暗黒の炎で焼きつくせ!』
『ああ……ミュウドリィーテ……』
『そうだ……吾の名は、ミュウドリィーテ……』
『ミュウドリィーテ……あなたが私を呼んだのね……』
『そうだ……そなたは吾の生まれ変わり……ミユ、最後に頼みがある……』
「ミユ、目を覚ますがよい……」
「……それでいいのね……ミュウドリィーテ……」
「ミユさーんっ、起きてくださいっ」
「おーいミユっ、帰るぞーっ」
「ギシャアアアアアアァーーーーーーンンッッッ」
耳を張り裂くような音に驚いてミユが目を開けると、サンダードラゴンがいた。
「何よまたドラゴンなのっ!?」
「私たちの村まで送ってくれるそうですっ」
「いやー俺たちもついにドラゴンライダーかー」
「さあ、行くのじゃミユ……」
ミユは、荊の魔女の体が白い砂に変わっていることに気づいた。傷ひつとなかった綺麗な赤いドレスもいつのまにか色
「ミュウドリィーテ……」
「さらばじゃ…………これでようやっと…………眠……れる……」
風に吹かれた荊の魔女は、真っ赤なドレスを脱ぎ捨てた。
「ギシャアアァアアァァーーーーーーンッッッ」
「さよなら、ミュウドリィーテ……」
「これでミユさんは不死になったんですね……」
「残り七百年だぞ、ミユ……」
「でもさー、何にも変わった気がしないんだけど?」
「私もブランも、精霊の影を見る魔具は持ってませんから……」
「ミユが死んだら分かるな」
「私は死なないっ!!」
〔第17話 星移し 終〕
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