第三部 真実の壺

第39話 ハイミ=テニラの支部予選

            【第三部 真実の壺】 


 その街、ハイミ=テニラの森のそばにある廃墟は、ギルドが指定した公式の試合会場である。そしてそこは今、魔闘会の予選を一目見ようとする人たちであふれかえっていた。

「さあーっ賭け賭けたーっ!」

「最初で最後の一戦だよー! 張った張ったーっ!」

 所々にヒビの入った石畳の舞台では、向かい合う二人の魔法使いが始まりの合図を待っていた。審判を務めるギルドの受付嬢は、聖キリオン公国の旗を掲げて空を見上げている。

 観衆の注目を浴びる一人は、身長二メートルの大男、鎧で身を包んだ重量級の魔剣士であり、名をデカインと言った。その巨躯きょくが振るう大剣は突進してくる岩猪を切り倒し、体に似合わない繊細な魔法術は狙った急所に炎の矢を刺すこともできた。体力、剣術、魔法術共に、ハイミ=テニラのギルド支店では一番と誰もが認める実力者であり、他に名をあげる者もいないため、実質的に魔闘会本選への推薦が決まっていた。

「弟よ、今年こそ兄ちゃんが元に戻してやるからな」

 彼にはどうしても負けられない理由があった。十年前の魔闘会で優勝した彼の弟は、真実の壺から取り出した〝魔法の手袋〟によって黄金の像に姿を変え、帰らぬ人となってしまったのである。何としてでも弟にかかった呪いを解きたいデカインは、魔闘会の本選に出場を続けるも、優勝は逃していた。

 そしてもう一人の主役は、ギルドの新人、十六歳の女子高生マクラギ・ミユである。

「ミユーっ、絶に対勝ちなさいよーっっっ!」

「見ろよギリーっ、デカインの鎧は天寿鋼だぞ!」

「ミユさん大丈夫かなー、盾ぐらい持てばいいのに……」

 赤いリボンが可愛いセーラー服に短いスカート、おしゃれなローファーを履いたミユの姿は、誰にとっても裸同然でありふざけた挑戦者にしか見えなかった。まして魔法の杖も剣も持たず、ミユが背負う精霊は力が強いものの禁呪は使えないのだ。当然の結果として、賭けのオッズはデカイン1.05に対してミユ41で話にならなかったが、いつの時代でも奇跡を信じる人はいるものである。

「ミユーーっ!! お姉ちゃんの人生賭けたからねーーーっっっ!!!」

 ディーに借りた金貨一枚(10万円)を、ミユに突っ込んだユリカの目は妹の勝利を信じて疑わなかった。ミユが勝てば金貨は四十一枚(410万円)になるのである。

「ギリーはあんな大人になったらダメだぞっ」

 ブランの心配はもっともである。

「ミユさーーんっ!! 今日の晩ご飯賭けたからねーーーっっっ!!!」

「おいギリー……」

 二人の生活費から銀貨一枚(1,250円)をミユに賭けたギリーだった。ミユが勝てば銀貨は四十一枚(5万1,250円)になるのである。

「全く女どもは何を考えて……」

〝ピロロ~ン!〟

 ブランはまた人生のレベルが上がった。


「これよりハイミ=テニラ杯、ギルド地区予選、決勝っ、開始!」

 太陽が真南に昇ると、ギルドの受付嬢が旗を振り降ろした。すると、次の瞬間デカインは鉄の塊に跳ね飛ばされ、十日間の入院生活を送るはめになったのである。


                〔第39話 ハイミ=テニラの支部予選 終〕

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