第二部 メイナグの塔

第21話 指輪と古本

           【第二部 メイナグの塔】 


 枕木ユリカは会社の応接室で、右手の小指にはめた指輪を眺めながら調査員を待っていた。

「失敗だったかな……」

 値打ちも分からないままに妹から買い取った、小さな指輪がささやかに光っている。特に気に入っているわけでもないが、売却しようと持ち込んだどこのジュエリーショップでも〝石〟の鑑定ができず、いまだ指にはまったままになっているのだ。

「ミユのバカ……」


『お姉ちゃんっ、宝石に投資しないっ?!』

 一ヶ月前、ミユは白い石がついた指輪を、ユリカの前に差し出した。

『何これ、おもちゃ?』

 ユリカは指輪を手に取ると遠慮なく言った。

『ちゃんとした本物! バイトで稼いだんだからっ』

 確かにデザインは古いが、小さな丸い石は上品で月のように輝いている。

『パールみたいだけど……何だろう?』

『だから本物の宝石だってっ』

『だったら質屋にでも持って行きなさいよ』

『未成年はダメって、どこの店でも言われた……お姉ちゃんなら買えるじゃん』

『そうだけど……せめて〝石〟の種類ぐらいはっきりさせなさいよ』

『うーん…………』

『とりあえずうちの会社で鑑定してみる?』

『あれ、姉ちゃんとこの会社って、宝石も扱ってるの? なんとか貿易だっけ』

『扱ってないけど、商品の履歴とか、外部の業者に信用調査を頼むことがあるの。保証は付かないけど、初期調査なら二、三日でやってくれるから、タダで』

『タダって、それ怪しくない?』

『見積もり無料、みたいなものよ。それより言っとくけど、私には手数料が必要だからね、ミユが払うのよっ』

『株で儲けてるくせにっ』

『ここのえ農園のパフェで手を打ってあげる』

『土曜日のキャバクラでも儲けてるよねっ』

『なんで知ってる!』

『だって、彼氏いないのに土曜の夜はいっつも出掛けてるじゃん、化粧したらすっごい美人になるもんねーお姉ちゃんはっ』

『……今度化粧のやり方教えてあげるから、パパとママには内緒ということで』

『この指輪を10万円で買ってくれたら嬉しいんだけど!』

『あんたねー……2万円なら買ってもいい』

『7万9,800円!』

『……3万円』

『6万9,800円!』

『……3万2,000円』

『オッケー! 3万2,000円で決まりっ』

 枕木姉妹の化かし合いであった。

『あーーあ、早く3億円ぐらい貯めて会社辞めたいなあーー……』

『姉ちゃん働きすぎじゃね?』

 二、三日で終わるはずの初期調査が長引いて、結局ユリカは指輪を売却することができなかったのである。


「ユリちゃん、調査の人が来てるよ」

 指輪の調査結果が出たとの連絡があり、ユリカは仕事のついでに待っていたのだ。

「いやー、遅くなってすみませんね」

「初期調査に一ヶ月って珍しいですね」

「〝石〟がダメだったんで、デザインから調べ直したんですけど、やっとこれが見つかりました」

 そう言うと調査員は、鞄から古びてボロボロになった一冊の本を取り出した。

「古本屋のルートから手に入れました。遅れたお詫びに差し上げます」


 次の土曜日、ユリカは朝早くにミユをアパートに呼んだ。

「ほら、ここに載ってるこの絵が、指輪とそっくりでしょ」

 ユリカは本を開くと、指輪が光る右手の小指で破れかかったページを押さえた。

「背景の丸い模様は、たぶん〝日時計〟ね」

「お姉ちゃん、この本どこで手に入れたの……」

 ミユはその本をそっと手に取ると、パラパラとページをめくった。

「古本屋で見つかったって。指輪の写真を古書市のイベントで流したらしいわ。ただし文字は文献にも載ってなくて読めないんだけど、解読は費用がかかるから頼まなかったわ」

「私、これとよく似た本を最近見たことがあるの」

「えっ、あんたこれ読めるの?」

「いや、読めないけど……どこで作ったのかは分かる」

「出版元を知ってるのね。あ、でもこの本は、タイトルだけは分かってるのよ」

「タイトル?」

「『ギリー・バンボン 十七歳』だって」

 ミユは傷だらけのその本を、強く抱きしめた。


                      〔第21話 指輪と古本 終〕

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