第7話 ディーの屋敷

 つたで覆われた小さなアーチをくぐると、庭一面に白い花が咲いていた。

「綺麗ねーっ」

「このあたりの魔物はこの花を嫌うでな、建物の周りに常に咲かせとるんだ」

 山吹やまぶき色の樹々に囲まれたディーの屋敷は聖域のような趣で、古くて大きいが手入れは行き届いているようだった。

 ディーとミユが長く続く小径こみちを通り、玄関にたどり着くと、扉が静かに開いた。

「御帰りなさいませ、おやかた様」

「ああ、只今戻った」

 ディーと同じような耳の長い綺麗な女の子が現れた。メイドだろうか、動きやすそうな服を着ている。

「こちらは大切な客人のミユだ。ちょうど良い、リノンが付き添いをしてくれ」

「かしこまりました」

「ミユ、これは侍女のリノンだ。屋敷の案内や身の世話をするで使ってくれ」

「ありがとう、リノンさん、よろしくねっ」

「ミユ様も、ごゆるりと」

 ミユがリノンに付いて屋敷の奥に進むと、なぜか狭い廊下が絡み合って迷路のようになっていた。

「ミユ様、絶対に私から離れないで下さい。このお屋敷は時々部屋の位置や廊下の長さが変わります。迷ったら二度とお目にかかれません」

「自分の家の中で迷子になるのっ?!」

「貴重な書物を守るために、泥棒除けの魔法がかかってるんです」

「それ呪いでしょ」

「普段お世話をしない部屋には、私たちでもなかなか辿たどり着けません」

〝ガタタンッ〟

 リノンが廊下の角を曲がった瞬間、床板がまっ二つに割れた。

「ミユ様っ!」

「きゃっ!」

〝ドスッ! ドドスンッ!〟

 ミユとリノンは廊下に開いた穴に落ちてしまった。

「ミ、ミユ様っ、お怪我はありませんか?!」

「……何これ……落とし穴……?」

「泥棒除けの罠です……このバカ屋敷っ」

〝ゲシッ!〟

 リノンが落とし穴の壁を蹴りつけると、天井からロープがぶら下がった。

「お館様が《大切な客人》と宣言したら罠は発動しないはずなんですが……ミユ様が珍しいのか屋敷が緊張していますね、ロープをしっかり握って下さい」

〝ゲシッ!〟

 もう一度リノンが落とし穴の壁を蹴りつけると、ロープが二人を引き上げた。

「ここで暮らすの大変そうね……」

「実は……召使が何人か行方不明のままでして……」


「いいお湯だったわ~~っ!」

「お召し物は洗って陽に干していますので、今はこれに袖をお通し下さい」

 ミユが読者サービスを完全に無視してプールのような風呂から上ると、リノンから綺麗な布を渡された。サイズを調整するためらしい帯やらひもやらがたくさん付いている。こだわり過ぎたコスプレ衣装にしか見えない。

「これどうやって着るの?」

「失礼致します」

 リノンに手伝ってもらうと、ミユはいつの間にかディーが着ていたような綺麗な服を身にまとっていた。柔らかくて着心地がいい。

「ありがとう、脱ぐときもお願いね」

 濡れた長い髪はリノンが手から暖かい風を出して乾かしてくれた。

「それって魔法なのね?」

「ハイ、空気を震わせているだけですが」

「もしかして、強くすると火を点けたりもできるの?」

「できます、魔力はもう少し必要になりますが」

「便利よねー……私でも頑張ったらできる?」

 リノンはそでに付いている水晶の石でミユをのぞいた。

「……無理ですね……やはりミユ様には星の影がありません」

「星の影? 何それ」

「星の光から生まれた精霊の影です。生き物には必ず星の精霊がいているので、魔石を通して見るとその影が見えるんです。でも、ミユ様には精霊の守護がありませんね……この屋敷が緊張するわけです」

「精霊がないとどうなるの」

「まず魔法は使えません。星の品格にもよりますけど、魔力の源ですので」

「そうかー星の精霊かー……どっかに売ってない?」

「ないですねー」

「ないよねー」

 残念そうなミユを見てリノンは笑った。

「でも、魔力のこもった道具なら、たぶん相性さえ良ければ使えるはずです」

「魔法の箒で空を飛ぶとか?」

「箒は姿勢を安定させるためのもので、掃除にも使いますけど……魔力は普通ですと高価な宝石に封じたりするので、指輪とか髪飾りとか身に着ける道具が多いですね」

 ミユはリノンの袖についている水晶を見つめた。

「高いの?」

「これはお館様が近くの河原で拾った石です……どこにでも落ちてます」

 リノンは残念そうに袖を振った。


 何も無い廊下のつきあたりに来ると、リノンがミユに尋ねた。

「山、森、川、海、空の食べ物では何がお好みですか?」

「空って、鳥のこと?」

「鳥以外にも、コウモリとか羽蛇はねへびとか、ドラゴンもいますよ」

「ドラゴン!? ドラゴンでお願い! 野菜は多めで!」

「かしこまりました、ではこの花を身に付けてください」

 リノンが庭に咲いていた白い花をミユの髪にさした。リノンの胸にも飾ってある。

「何か意味があるの?」

「フフフッ、これでお館様のおごりになります」

 リノンは何も無い壁に向かって呪文を唱えた。

「アペルタ、カッファーニ!」

 すると壁が輝き、模様が浮かび上がって形のある扉が現れた。

「さあ参りましょう!」

 リノンが元気に光る扉を開けると、そこはお洒落しゃれなレストランだった。

「ようこそリノン様、本日はお二人様ですね」

 オレンジ色のツノが生えた、背の高いウェイターが二人を招き入れた。

「しばらくねミスタービッツ、今日のオススメは何?」

「良いレッドドラゴンが入っておりますよ」

「さすがはカッファーニ、それじゃ二人ともレッドドラゴンのコースでお願い。ああ、こちらのミユ様は野菜多めで」

「かしこまりました、それではこちらへどうぞ」

 ミユとリノンは陽の当たる窓際のテーブルに案内された。

「あっ、海が見える!」

「レッドドラゴンなんて久しぶりです……寿命が伸びますよ、フフフッ」

 脳が溶ろけそうなほど美味しいレッドドラゴンのステーキであった。


                     〔第7話 ディーの屋敷 終〕

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