第6話 河原の女

 ミユが重いまぶたを開けると、太陽の光が目を刺した。青い空を見上げるのは久しぶりのような気がする。

(水の音……?)

 節々ふしぶしが痛む体を無理やり起こすと、ミユは河原に横たわっていた。

(あれ? 何でこんな所に……)

 髪も服も、靴も濡れたままだ。

(泳いでたのかな……)

 ポケットのスマホは思ったとおり濡れていた。自然に乾くまでは触らない方が良さそうだ。

(復活しますように復活しますように復活しますように……)

 フラフラと立ち上がるとミユは、水で重くなったリュックを背中から降ろして鏡とリボンを取り出した。

(あーお風呂に入りたいなー……)

 ミユは濡れた髪を傷まないようにリボンで軽くまとめると、お気に入りの制服に付いた砂を払い落とした。

「よしっ、カワイイッ!」

「もう良いかな?」

 透き通るような静かな声に振り向くと、耳の長い女が一人、草の上に座っていた。若いのか歳をとっているのかよく分からないが、細身でかなりの美人だ。色使いの綺麗な服を着ている。

「これはそなたの杖かな」

 たずねるその手には、ギリーの杖が握られていた。

「あっ……思い出した……」

 ミユは慌てて辺りを走り回ったが、ギリーとブランの名前をいくら叫んでも返事は返ってこなかった。

「子供を見ませんでしたか?! 女の子と男の子なんだけど!」

「子供は見なかったな……そなたの子かな」

「ちっ、違います! 私は契約しただけでっ……えっと、ショーカンとかで呼ばれて……」

 子持ちに見られたミユはちょっとショックだった。

「そなたと子供は、あの山の洞窟を竜に追い出されたのだな」

 川の上流にある山に大きな穴が開いている。どうやら百年竜はそこから入ったらしい。

「……三人で一緒に川に飛び込んだんだけど……」

「どうりで騒がしいはずだ。今の時期は入らない方がいいんだがな、そなたは運が良い」

「あの二人、溺れてたらどうしよう……」

 ミユは川上と川下のどちらを探すべきか悩んだ。

「子供は軽いで、たぶん川下だろう」

 そう言うと、女は大きな葉を一枚ちぎって土の上に置き、ギリーの杖を突き刺して立てた。すると、杖は勝手にくるくると回り始め、しばらくすると静かに倒れた。

〝コトンッ!〟

「ほれ、良い杖は持ち主を探すで、ここからずっと下に流されとるな」

 杖の先は確かに川下を向いている。

「無事かどうか分かりませんかっ?!」

「召喚されたそなたが消えとらんなら、召喚した者はまだ生きとるだろう」

 ミユはホッとして座り込んだ。ギリーが無事ならブランも大丈夫だろう。

「良かった……」

「ところでな、アと取引きをしないか?」

「……ア?……取引き?」

「そなたが腹を空かせておるなら暖かい食事を用意しよう。ケガをしとるなら治してやる。いずれにしてもその疲れた体では辛かろう。濡れた髪も着ているものも乾かさんとな」

 女の笑みは少し人と違って妖しく見えるが、信用はできそうだった。

「その引き換えとしてな、アはそなたの知識が欲しい」

「知識……」

「アはこの世のことわりを解き明かすために、たくさんの書物と暮らしておる。しかしな、ほとんど読んでしまったので新しい知識が残り少ない」

「つまり勉強を教えろってこと? 私そういうの苦手なんだけど……」

「なに、アが少しの手伝いをして記憶を書に写すだけだ。そなたは静かに座っておれば良いで」

「まあそれなら……でも私の知ってることって、たぶん役に立たないよ」

「そんなことはない。そなたはアが知らぬことをたくさん知っておるはずだ」

「そうなの?」

「そなたはアが知らぬ遠い場所から来たはずだ」

「なんで分かるの?」

「アはそなたが着ておるような、下品なころもを見たことがない」

「これは世界で一番可愛いセーラー服って言うの!」

 ミユは短いスカートのすそほこらしげに広げて見せた。

「分かったわよっ、お腹も空いてるけど、どうせならギリーとブランを探すの手伝ってよ。それとお風呂もね!」

「良いだろう、二人の子がいる場所まで送ってやろう。ただし今のアは書物の世話があるでな、屋敷から遠く離れられん」

「それでいいわ、おっけーっ」

「では来るといい、それと伝えておくとな、アの名はdweofkと言う」

「ディ、ディゔぇ?」

「口にしづらければディーで良い」

「ディーね、私の名前は枕木美遊、ミユでいいわ。それとディーの家って充電できる?」

「ジューデン? それはカワイイのか?」


「アチッ」

 ギリーは焼けた魚で舌を火傷した。

「ねえブラン、ミユさんって泳げるのかな……」

 ブランは背開きにした鎧ナマズの頭を切り落とすと、内臓を手早く取り除いた。

「あの杖を離してなかったら大丈夫じゃないか? 水に浮くだろあの杖」

 二人は川を見下ろす丘に上がり、それなりに贅沢な食事にありついていた。

「それにミユは、何となく運がいいような気がするんだよなー」

「あ、それ分かる。そうなんだよねー、なんかミユさんてさ……ミユさんなんだよねー」

「ここで待ってればそのうち流れて来るだろ、ミユだからな」

「そうだよねー、ミユさんだもんねー……アチッ」


                        〔第6話 河原の女 終〕

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