第5話 退却!

「なんでこんなしょぼい洞窟にドラゴンがいるんだよ……これじゃ他の魔物が出てこないわけだ……」

 ブランは松明をかざして先を急いでいる。

「私たちも早くここから出ないと……」

 ギリーは最大限に明るくした杖で洞窟を照らしている。

「ねえっ! お宝はあきらめるの?」

「命がお宝だっ」

「危うく全滅するところでしたよ」

「大袈裟ねー、二人とも」

 ドラゴンと一緒に映った写真を二人に見せると、ミユは嬉しそうに笑った。今のミユにとって、一番の宝物はスマホである。

「ミユは死んでも治りそうにないな」

「ほっほっほっ!」

「ドラゴンが目を覚ましてたら私たち死んでますよ。たまたま卵を生んで疲れてたからぐっすり眠ってただけで……」

「でもなーギリー、俺たちもあんな近くにいて気づかなかった……」

 ブランが足を止めた。

「ここだったよな?」

「うん、あれ? 入り口が消えてる?!」

 ギリーは杖を振り回して辺りを照らした。しかし、あるはずの出入り口はどこにもなかった。

「まさか迷ったの?」

 ミユはスマホで地図を開こうとしたが、圏外であることを思い出した。

「ちょっと下がっててくれ」

 ブランは剣を抜くと、軽く壁をつついてみた。

〝バチンッ〟

「痛てっ」

 ブランの剣は壁に弾かれてしまった。

「もしかしてこれって……」

 ギリーが左手でそっと壁に触れると、人差し指にはめた指輪の石が赤く光った。

「やっぱり閉鎖結界だ……どうしよう、こんなの強すぎて私じゃ破れないよ」

「ほっほっほっ……あの大きなドラゴンはどこから入ったの?」

 ミユは笑って二人に聞いた。


「そーっとだぞ、そーっと……」

 ブランは眠るドラゴンの横を静かに進んだ。続いてギリー、そしてミユが口を押さえているのは静かにするためではなく、笑いを抑えるためであった。

(ここでいきなり歌い出したら二人はどんな顔するんだろう)

 と、余計なことを考えるミユは葬式が苦手であった。

 やむを得ず洞窟を引き返した三人は、なんとか大きな関門の眠りを妨げずにそばを通ることができた。だが、ミユは一人不満だった。

「ねえっ! ここまで来たら慌てて外に出ることないんじゃないの? どうせならもっと奥に行って宝石の一個ぐらい見つけようよ!」

「ミユさんの言うことは分かりますけど……私もブランもこの先はよく知らないんです」

「地下水脈に沿って移動してるからそのうち出られると思うけどな、さすがに迷ったらそうはいかないぞ」

 三人は深い谷底に流れる川を横目にして、荒れた細い道を下っていた。

「水はこの下にたくさんありますけど、食料はあまり残ってませんよ」

「心配性ねー、ギリーちゃんは」

「私はミユさんが心配なんですけど」

「知らないってのは怖いよな」

「ブランは名誉ある騎士なんだからさー、もっと頑張ろうよー」

 ギリーはこんな状況でも楽しそうなミユを見て、すごい人を召喚したかもしれないと思ったのだが、何がすごいのかよく分からなかった。

「ギリー、ちょっと杖の灯りを消してくれ」

 そう言うと、ブランは松明に砂をかけて火を消した。ギリーも杖の灯りを消すと、洞窟の中は真っ暗になって何も見えなくなった。

「下の方に少し明るくなってるところがあるだろ」

「あっ、ほんとだっ、ミユさん分かります? 外から光が入ってるんですよ!」

「……あーーあそこね……すぐ先が出口なのね……ってことは、ここってあんまり深い場所じゃないんだ……だからお宝がないんだ……」

 真っ暗闇の中でもミユのガッカリした表情が見えるようで、ギリーとブランは可笑おかしかった。

「ところで気になってたんだけど、ドラゴンて卵を産むメスがいるんだから、オスもいるのよね」

「それはそうですよ、おばあちゃんから聞いたことがあるんですけど、たぶんあのドラゴンは百年竜って呼ばれる種類かもしれません。メスは百年に一度、安全な洞窟で卵を産むんですけど、オスは邪魔が入らないように入り口で……見張りを……」

「……おいギリー、そんな大事な話をなんでもっと早く……」

 震えるギリーの手が杖を明るくすると、三人の目の前にドラゴンがいた。

「ミユさん……これがオスです」

 ギリーが光の消えた目でつぶやいた。

「オスのツノはでっかいねーーっ!」

「ミユ……写真は撮らないのか?」

「ミユさんっ!」

 ギリーはミユの手をつかむと走り出した。ブランが後を追いかける。

「ギャガガアアアアアアアアーーーーーッッッッッッ!」

 ドラゴンの吐き出す炎で洞窟が真っ赤に染まった。

「なんでトカゲが火を吹くのよっ!」

「ミユさん後ろは見ないで! もっと早く走って!!」

「まずいぞっ、この先は!!」

 卵を抱えたメスに向かって走る三人が、ドラゴンの怒りの炎に油を注いだ。

「ガギャアアアアアアアアアアアアアアアアーーーーーーッッッ!」

「つかまって!」

 ギリーが杖を持つ手を伸ばした。

「ギリーちゃん瞬間移動でもできるのっっ!?」

「そんなのできません! 二人ともはぐれないようにしっかり持って!」

「今だ!」

 ブランの合図で三人は川に飛び込んだ。

「ギャゴオオオオオオオオオオオーーーーーーッッッンンンン!!!!!!!」

 ドラゴンの雄叫びがいつまでもいつまでも洞窟にこだました。


                         〔第5話 退却! 終〕

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