首を拾った

おくとりょう

不運の青

 あぁ、射し込む朝日が眩しい。今日もいい天気だ。

 窓を開けると空は鮮やか青色で、ベランダの鉢植えも心なしか嬉しそう。私もルンルン気分で支度を済ませた。先日買った淡い水色の帽子を目深に被って、鏡の前でくるっと回る。ワンピースの裾が楽しそうにはためいた。


 あぁ、やっぱり今日はいい天気だ。

 外は思っていたよりも暖かくて、ついつい足どりも心も軽くなる。だけど、私は油断しない。こういう日こそ、嫌なことは起きるものだから。

 風に揺れる黄色い菜の花。道の端から顔を突き出す元気なタンポポ。新緑が芽吹く木々の隙間を騒ぎ飛び去るヒヨドリに、きらめく川面でモコモコ動くマガモのお尻。爽やかな風の吹く川沿いを、私は目を皿のようにして、慎重に歩いた。

 すると、何か大きな毛の塊が落ちているのを見つけた。黒い毛の生えたボーリング玉くらいある謎の塊。イヌやネコの死体だろうか。朝からそんなものに出くわすなんて、やっぱり今日はついてない。恐る恐る近づくと、それは人間の頭部だった。


「げっ」

 思わず声が出た。はぁ、もう。わざわざこんなところに頭なんて捨てないで欲しい。誰かが片付けてくれるとでも思っているのだろうか。そんなわけないのに。これから暑い時期が来るというのに。

 このサイズの肉の腐臭は想像するだけでも吐きそうで、やむなく私が片付けることにした。こういうときのために、ごみ袋は持ってる。カバンから出してしゃがみこむと、頭がゴロンとこちらを向いた。


 それはすごく綺麗な顔だった。スーッと通った鼻筋に、睫毛の長いパッチリ二重ふたえ。少し伏せられた大きな瞳は、何だか気だるげで惹きつけられる。両手でそっと持ち上げると、さらさらの長髪がだらんと垂れた。閉じられていた青白い唇が薄く開く。白い肌はお餅のように柔らかかった。


 私はそれをじっと見つめてから、少し迷ったあと、帽子を脱いで首の上に載せた。ちょうどよかった。ちょうど私の頭がなかったので。今朝起きたときにうっかり寝ぼけて取れちゃったので。


 乱れた長髪をバサァと払って、フワッと帽子を被り直す。背筋を伸ばして歩き始めると、髪がサラサラ揺れて心地よい。きっと今日のコーデにもバッチリ合っている。


「ねぇ、そこの綺麗なお姉さん。どこ行くの?デート?」

 いつの間にか、駅の近くまで来ていたらしい。軽率な笑みを貼りつけた男たちがハエのようにまとわりついてくる。拾った顔の効果に嬉しくなりつつも、冷たくあしらい歩き続けた。私はこれから友人と遊ぶのだ。こんなヤツらになんて構ってられない。

「ねぇ♪」「ねぇねぇ♬」「お姉さん♪」

 待ち合わせ先の広場に来たとき。辺りを漂いラップを刻むハエたちは1ダースほどにもなっていた。何コレ?魔性?魔性の頭だったの?

 このまま、友人と合流するのも申し訳なく、途方にくれていると、「トモちゃーん」と彼女の声がした。渡りに船。いや、不幸中の幸い?とにかく、私の心はぴょんと跳ねた。パッと勢いよく振り返ると、その拍子に頭がころんと転がり落ちる。私はあわてて掴もうとしたけども、頭は長い髪をなびかせながら、落ちていった。それが何だか海で揺らめく海藻みたいで、ほんのり生臭い香りが鼻をくすぐる。

 ゴンッとアスファルトに落ちる鈍い音。それと同時に、周りにいた男性たちが催眠術から冷めたみたいになって散っていった。……何やら不満げにブツブツ言っていて、まるで私が悪者みたいだった。


「トモちゃん、おはよー!あれ?顔に血がついてるよ」

 友人に言われて、顔に手をやる。いつの間にか、生えていた頭部にはべったりと赤い汁がついていた。びっくりして、さっきの頭を見ると、地面に転がるその首の切り口からはどす黒い血が垂れていた。

「あーぁ、今日の服はお気に入りだったのにな」

 やっぱり今日はついてない。

 ガッカリした私はとりあえず110番に電話した。友人には悪いけど、こんなところに置きっぱなしにはできないから。

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首を拾った おくとりょう @n8osoeuta

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