第4話

 昼休み


 晴菜は弁当を取り出した。学園の昼食は、弁当を持参してもいいし、高等部と共用の食堂を利用したり、売店でパンやオニギリを買うこともできる。晴菜は弁当派だ。弁当のメリットは混みあった場所で並ぶことがないので時間を無駄にしないのと、やはり栄養面は外せなかった。そこはさすが保健委員なのである。


「ちょっと、神田さん」


 晴菜は思わず声をかけた。瑛翔は食事もとらずにペットボトルの水を飲んでいるだけなのだ。瑛翔がボトルから口を離して、晴菜を見た。その目は、どこか嬉しさを含んだ優しい色をしていた。


「お昼は食べないのですか?あれだけ動いたのにお腹が空きませんか」

「ここ最近、食欲がなくて」

「ないって?朝は食べていますか」


 瑛翔は首を振った。


(朝も食べないであれだけ動いて、お腹が空かないなんて。仙人でなければ病気だわ)


「ちょっと、一緒にきてもらえますか」


 晴菜が弁当箱をもって立ち上がったとき、早紀たちが弁当を持って集まってきた。


「ごめん、早紀。神田さん、体調不良で保健室につれて行くよ」

「おっけー。仕方ないね。役得、役得」


 女子グループは晴菜と瑛翔を見送った。瑛翔は無言のまま素直に晴菜について行った。


着いた先は保健室。


「先生、失礼します」

「あら、宮島じゃない。どうした?今日は当番じゃないでしょ」


 奥からヒョッコリ白衣姿の女性が顔を出した。髪が長く丸みのあるメガネが印象的だった。保健室の教員である木田栄子きだえいこだ。華の20代と本人は謳っている。


「先生、ここで食事させてもらってもいいですか」


 栄子は瑛翔を見て成る程と頷いた。持っていた弁当箱を開ける。女性用の小さな弁当箱だ。ご飯にホウレン草のお浸し、エビフライが顔を出している。品数や量は弁当屋に並ぶミニ弁当と同じだ。


「神田さん、この中で食べられるものはありますか」

「全部食べられる」

 

 瑛翔は驚いた表情で弁当を眺め、ボソリと答えた。


「そうですか。じゃあ、これを食べてください。箸はつけていませんから」


 当然である。いま開けたばかりなのだから。


「ほう、誰かと思えば噂の神田瑛翔さんだ。しかし、どうした。2人はそんな関係なの?」

「ちがいます!朝から何も食べていないって言うから、健康面で指導しているんです。学食や売店に顔は出せそうにないから、非常処置です」


 晴菜が思いっきり否定する。それを見て栄子は笑った。


「おお、保健委員の鏡だね。じゃあ、宮島は何食べるのだ」

「売店でパンを買ってきます」


 部屋を出ようとする晴菜を栄子は呼び止め、ICカードの職員証を渡した。


「ではでは、私の分も買ってきてくれたまえ。ツナサンドとアンパンね。宮島の分も買えばいい」


 学園内の売店や食堂は、職員証で支払いができ、給与天引きになるのだ。晴菜は「やったーっ」と笑顔で部屋を出た。


 瑛翔は晴菜を見送ると、弁当に箸をつけた。一口食べると表情が柔らかくなった。


(うまい!)

 

 口に広がる味は優しく温かい。


「弁当食べた瞬間、顔色が変わったね。宮島とは知り合いなのかい。他の生徒ならキミを見て騒ぐのに、あの調子だ。キミと宮島はまるで小さいときから知っているように見える。キミだから言うけど、宮島は子役オーディションでいいところまでいったらしいんだ。本人はあまり憶えてないようだけど。実際、うちの演劇部からもお誘いがあってね。一度、代役を引き受けた。演技が部員を圧倒していたよ。宮島の目は、普段は優しいが真剣になると人を惹きつける魅力がある。不思議な子だ。結局、出番はなかったけど。あっ、その弁当は宮島の手作り。今日は水曜だから自分で弁当を作る日だ」


 瑛翔は、ピクッと身体を硬直させると噛んでいたものをゴクリと飲み込んだ。栄子は瑛翔の表情を楽しんでいた。

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