閑話3 たからもの

閑話3.


 ――馬鹿をした冒険者を助け、あわよくばテイルと共闘して魔人を打ち倒す。


 そう意気込んで戦いに割って入った私は、しかし呆気なくやつの術中にはまった。突如体が未知の力に侵され、私の意識が深く深く潜っていく。


 そうして、全てが真っ暗になって何も思考することすらできなくなりそうだったその時。


 微かに、テイルの言葉が耳に届いた気がした。忘れていた大事なことを奥から引っ張り出してこじ開けるような、痛みを伴う感覚。


 私の意識は浮上していく。


 そして、蘇る記憶――




 ――――私はかつて、孤独だった。


 とある小さな村で平凡な両親のもとに生まれ、アンリという名をつけられた。


 けして悪人ではない純朴な村人の家庭だったから、赤ん坊の頃はきっと愛されて育っていたと思う。大事に慈しまれ、大きくなることを心待ちにされていただろう。


 しかし、そんな私の平凡な生活も次第におかしくなり始めた。おそらく、一人で動き回れるようになって、言葉を話し始めた辺りからだろうか。


 ――私はまだ幼い頃から、なぜか人並み外れて力が強かった。やっとよちよち歩きを脱し、まだ大人の腰にも届かないような背丈の子どもが、そこらの大人を超えるような膂力を持っていたのだ。


 とはいえ、まだ頭の方は年相応なものだから、よく物を壊したり人を傷つけたりと問題を起こしたものだ。


 そうこうするうちに村の大人や子ども、果てには実の両親まで私を気味悪がるようになり、向けられる目にはいつしか恐怖が宿るようになった。そしてそれは、私がある程度大きくなってむやみに人を傷つけなくなっても変わることがなかった。


 私も人並みに親に甘えたいという気持ちがあり、友達だって欲しいと思っていた。けれど、私の周りはみな私から引いて、最低限のやり取り以外が生まれることはない。求めても与えられることはなく、ただ死なないためだけに食事を取り、一人きりで過ごすだけの毎日。


 そんな生活を続けていると、普通なら周囲に可愛がられ伸び伸びと育つはずの年齢だというのに、やがて私の心はすっかり枯れてしまう。何ごとにも心を動かされることのない、無味乾燥の毎日。


 しかし、そんな灰色の日々にもやがて変化が訪れる。


 ――そう。それは、テイルという少年との出会いだ。


 日中、家を出て村やその周囲で一人過ごすだけの生活をしていた私は、あるとき突然誰かに話しかけられる。驚いて顔を上げると、そこには私と同い年くらいの少年がいた。少年は自分の名がテイルだと告げると、ずっと私のことが気になっていたと伝えてきた。


 テイルはいつも同じ年ごろの子どもたちと遊ぶが、誰も私を誘うことがない。その理由を聞くと、親から私と話してはいけないと言われているのだと。


 不思議に思ったテイルは、自分の両親にも私のことを聞いたそうだ。そして、私にとっては人生で一番の幸運と言ってもいいことに、テイルの両親は私を悪く言ったり一緒に遊ぶなと言うことはなかった。


 そうして友達のいない私を気にしてくれたテイルは、やがてたびたび私に話しかけ、同じ時間を過ごすようになった。


 両親はもちろん、村の大人や子どもとほとんど接触がなかった私は、きっと始めはたいそう愛想が悪く友達甲斐のない女の子だったろう。しかしテイルはそれを咎めることもなく、私と一緒にいるからと周囲に距離を置かれ始めても、なにも変わらずに私と接し続けた。


 そんな日々が続くと、人とのコミュニケーションに飢えていた私は、すぐにテイルとの時間を心待ちにするようになった。


 朝起きて用意されている食事を取ると、農作業に従事する両親を横目にいつもの場所へと向かう。そこは村の外れにある小さな丘で、示し合わせるようにテイルと合流し、日が暮れるまで一緒に遊ぶのだ。


 他愛ないおしゃべりから始まり、丘やその周りで虫を採ったり、近くの沢で小魚を捕まえようとしたり。きっと普通の子どもがしているであろうことを、私もやっとできるようになった。


 今思えば、村の子どもとして大事にされていたテイルを、大人なしに色々な場所へ連れまわしたのはあまり良いことではなかったと思う。幼い私たちだけで行動する範囲としては広く、いつテイルの両親に止められていてもおかしくはなかった。


 しかし、テイルの両親は大らかな人たちだったから、幸運にもその日々が邪魔されることはなかった。友達ができて、楽しく人と話ができるようになって、私は生まれて初めての幸福を理解する。テイルとの毎日にすぐ夢中になった。


 ――一緒に遊ぶ中で、私の怪力は優れた個性だと褒められる。周りから怖がられるばかりと思っていたが、それ以降は機会があれば進んで力を使った。


 ――白金の髪がきらきらで綺麗だと頭を撫でられる。優しい掌の温もりがまた欲しくて、その日から念入りに髪を梳かすようになった。


 夜になって家へ帰れば、すぐに次の日テイルと会うことを考えている。明日は何を話そうか。どこへ遊びに行こうか。


 テイルはまた私に触れてくれるかな。甘えてもいいかな。


 ――思えば、それは初めてテイルに抱いた幼い恋心だったのだろう。それまで何の色もなかった日々に彩りをくれた、優しく聡明な少年。感謝と友愛は、やがて大きく深い恋慕へと成長を遂げる。


 私とテイルが次第に成長し、その間にウルとリエッタという訳ありの少女たちが加わるようになっても、私がテイルに抱く気持ちが小さくなることはなかった。テイルもウルもリエッタも、三人とも自ら前に出るような性格ではなかったから、自然と私がリーダーのように振る舞う中で、こっそりとこの特別な気持ちを育て続けた。


 そうして、私たちは毎日を四人で楽しく過ごす。まるでバラバラな性格の私たちだったが、不思議と馬が合って仲良くやることができた。テイルの父から冒険者時代の話を聞いて、その活動に憧れを抱き始めたのもこの頃からだったか。


 きっかけはきっと人並み外れた力をテイルに褒められたことだが、私はやがてこの特異な力を人の役に立て、冒険者として名を上げたいと思うようになった。自身を冷遇してきた村の人々を見返したいという思いも、少なからずあったとは思う。


 とはいえ、村で厄介者扱いされる私には戦う力があり、他の三人も村の中で図抜けた才覚を見せている。誰も私の提案を断ることはしなかった。


 その結果、私たちは成人である十五歳になったのをもって冒険者パーティを結成することになる。パーティ名の『麦穂の剣』は、元剣士で現麦農家であるテイルの父から取った。


 そうして、私たちは冒険者の街と名高いブレンで冒険者活動を始めることとなる。


 そこからは正直それほど大変なこともなく、割ととんとん拍子でキャリアを積んだ。最も低い木等級から初めて、鉄、銅とランクアップしていく。それぞれ当時の実力によって多少期間に差はあれど、若手冒険者として凄まじく順調に成長を重ねていった。


 しかし、そんな何も問題がないと思っていた日々にも、突然の波乱が訪れる。――テイルによるパーティ脱退の申し出だ。


 すぐ考え直すよう言って何とかその場を収めることができたと、私たちはそう勘違いをした。その結果起きてしまったのが三か月前のあの事態だ。


 崖から落ちるテイル。到底助かる高さではなく、何とか下まで降りて確認に行ってもテイルはいない。『麦穂の剣』を強固につなぎとめていたテイルという楔を失い、私たちは絶望の淵へと叩き落された。


 私にとってのテイルは、ただの想い人などという程度には収まらない。かつて村中から疎まれていた私にとって、テイルはこの世界そのもので、村を出てからも私の半身と言えるほどに大切な存在だったのだ。


 それがこの手から零れ落ち、届かない場所へ行ってしまった。当時の私はそう思い込み、ひどくふさぎ込むこととなった。


 生活に必要なので、冒険者として依頼はこなす。どれだけ気分が最悪でも、体に染みついた技術はそこらの魔物程度に後れを取らせはしない。しかし、私の視界はかつての灰色に戻り、鬱屈とした思いが胸を満たす。


 ウルとリエッタという大切な仲間は隣にいるが、やはり私にとってテイルという存在は大きすぎた。次第にパーティ内での衝突が増え、体は重くなり、常に頭痛を感じるようになった。


 そんな時だ。突如、頭の中に謎の声が響いたのは。




【――ひどく、弱っていますね】


「……なに?」


【おや、大して驚きもしませんか】


 時間は夜。宿のベッドで横になり、テイルのことを想って眠れない時間を過ごしていた時だ。


 突然頭に響いたのは、どこか神聖な気配を漂わせる女の声。大して動かなくなった心を揶揄されても、言い返す元気すらない。


 声は続けた。


【あなたには役割があります。魔神の復活が近い今、まだ力を取り戻せていない私に代わり、手足となって動く存在が要る。戦士の聖紋を与えたあなたは、私の器ともなり得る】


 言っていることの意味が分からない。


 魔神が復活するというのか。戦士の聖紋とは何か。疑問は数あれど、喋るのも億劫な私が口にできたのは、たった一つの質問のみ。


「……あなたは、誰?」


【――私はアリアンロッド。この世界を統べる神です】



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