第27話 支配、曙光
27.
「なっ……」
僕はアンドラスの言葉に目を見開く。今の言葉は、アンドラスが先ほどからたびたび口にしていたものだ。魔物の行動を操る際や、僕を意のままにしようとしたその時の言葉――。
僕は視線の先のアンリへすぐさま近寄ろうとする。しかし――
「――!」
アンリが片手で自身の頭を押さえ、斧を持ったもう一方の腕をぶんと振るった。それは攻撃ではなく、まるで何か自身に絡みつく縄を振り切るような、そんな仕草に見えた。
先ほどのアンドラスの呪言から明らかに影響を受けている。しかしこの様子を見るに、まだ完全に操られているようには見えない。
「アンリ、すぐに助けるから待ってて!」
「――あ、あ、あ、ぁぁぁ……!」
頭を抱えて苦悶の声を漏らすアンリに、僕は再度近寄ろうとするが、しかし――
「させませんよ。どうも効きが悪いようですが、完全に支配しきるまで時間を稼がせてもらいます!」
「くっ、アンドラス――」
残った右手の爪で斬りかかってきたアンドラスに、後ろへ飛びずさりながら歯噛みする。それから、アンドラスは細かい傷がつくことなど躊躇せず、先ほどまでよりずっとハイペースで攻撃を加えてくる。
僕は隙を見てアンリのもとへ駆け寄ろうとするも、行動が読みやすくなったためか何度もアンドラスに邪魔された。
こうしている間にもアンリは苦しんでいるというのに――。
顔を歪めて体をよじるアンリを見て、僕はもどかしさに強く剣を振るった。
「っく……そこを、どいて――!」
「アッハハハハハァ! 焦りで剣が乱れていますよ! どれだけ速かろうと、力が強かろうと、そんな剣――」
「うッ……」
大ぶりの斬撃は見切られ、強靭な刃物のような爪で側面を叩かれる。体が大きく流れたところへ、人外の身体能力による強烈な蹴りを見舞われた。僕はそのまま後ろへ吹き飛ばされ、何度かバウンドして地面に叩き付けられる。
無強化状態で受ければ内臓が破裂していただろう威力だ。鍛え上げた身体強化によって深手は防げたが、それでも少なくないダメージを負ってしまった。
痛みを堪えて立ちあがるも、その頃には手が届かない場所でアンドラスがアンリへと手のひらをかざしている。中々術にかからないアンリに焦れたのか、追加でまた同じ術を使おうとしている。
それを見た僕は、限界を超えて魔力器官を動かし、唸りを上げるほどの速度と量で魔力を循環させた。チリチリと熱を持ったような燐光を大量にまき散らしながら、爆発的な力で地を蹴ってアンリのもとへ跳ぶ。
視界が狭くなるほどの速度の中、瞬きほどの間に二人との距離が縮まっていく。そして、アンリをその毒牙にかけようとするアンドラスへ向け、まだいくらか距離を置いたところで剛剣を振るった。
空気との摩擦で赤熱する剣身は、剣を振りながらも僕自身が進んだ距離を合わせ、ちょうど一番速度が乗るポイントでアンドラスに叩き込まれる――――はずであった。
「――ッ!」
超速で動く視界の中、アンドラスの横に立つアンリと視線が合った。かと思うと、アンリはおもむろに全身へ紫電を纏わせ、皮膚から白煙を上げながら僕に肉薄する速度で動き出す。その軌道は僕の剣とアンドラスの間にちょうど入ってくるもので、気づいた僕は慌てて剣をずらした。
無理に軌道を変え空振った剣に引きずられ、僕の体勢がまた大きく崩れる。目と鼻の先にいるアンドラスの攻撃に備えて体を固くするも、ちらと見た彼は嫌らしくにやつくだけで動く様子がない。
しかし、アンドラスの代わりに武器を構える者がいた。
――まるで人形のように無表情になったアンリだ。
アンリはヂヂヂと紫電を走らせながら、振り上げた戦斧を僕に向かって叩き込む。
間一髪地面を転がるようにかわすと、僕の代わりに叩かれた地面が大きく隆起し土が舞い上がった。それは明らかにアンリの限界を越えた威力だった。
「くっ……。アンリ、僕の声は聞こえてる!? 意識があるなら――」
呼びかけた僕になんの反応を返すこともなく、色のない顔で第二撃が振るわれる。横薙ぎにされた斧は空気をかき乱し、まるで嵐のような豪風で髪が揺れる。
体に纏った紫電がアンリ自身を傷つけ続けているのを見て、僕は歯を噛みしめた。
――このまま限界を超えた戦闘を続ければ、アンリの命が危ない。それに、今は楽しそうにこちらを観察するアンドラスだが、もし参戦してくればアンリに深手を負わせられない僕はきっと二人に敗れるだろう。
そうなってしまえば、僕は自分の命のみならず、大事な仲間であるアンリの命や、結界の外にいるみんなの命をも失ってしまう。
外からの助けも期待できない今、なんとかアンリを気絶させるか目覚めさせるかして、一対二の状況から脱するしかない。
連撃を繰り出してくるアンリに対処しながら、狭間で思考を走らせた僕は必死に呼びかけを行う。
「アンリ、目を覚まして! このままだとアンドラスの思うがままだよ! アンリの体も持たない!」
「……」
「くっ……アンリ――――三か月前、僕が崖から落ちたことを思い出して! あの時きっと、アンリは僕が死んでしまったと思ったよね!? このままだと、またあの時みたいに仲間を失うことになるかもしれない!」
「ぁ……てい、るが……死んだ……?」
僕は恥知らずにも、三か月前の愚行を口にした。昨日の夜、僕のもとを訪れたアンリがあの時のことを思い出そうとして取り乱していたことから、無理やり意識を目覚めさせられないかと考えたのだ。
そして、その思惑はある程度うまくいったように思う。それまで何も喋らず、何の表情も浮かべていなかったアンリが、斧を振るいながらもどこか苦しそうな顔をし始める。
僕は続けて言う。
「今度はウルやリエッタがいなくなるかもしれないッ。僕はそんなこと耐えられない! だから、アンリ――!」
「うぅ……わ、私は……」
ついにはアンリが動きを止め、斧を取り落とした。両手で頭を抱えると、地面にへたり込んで自問するように呟きをこぼし始める。
その様子に、目を覚ましてくれそうだと安堵したその時だった。これまで少し離れて傍観していたアンドラスが、顔をしかめながらこちらへ突進してきたのだ。
「――使えない小娘ですね。なぜこう何度も私の権能が弾かれるのか……! しかし、それならそれで使いようはあります!」
そして、アンドラスはうずくまって動かないアンリへ向け、その鋭利な爪を振り下ろした。
アンリはまったく気づいておらず、回避する様子を一切見せない。僕は焦ってアンリへの攻撃を受け止めた。
「この、ッ……」
「ふふ、言葉通りのお荷物を抱えて、この私相手にどれだけ持ちますか!?」
アンドラスは動けないアンリへと攻撃の雨を降らせる。爪による斬撃、人外の肉体性能による格闘、そして発動の早い魔法。
僕はそのすべてを何とか防ぐも、少しずつ手傷を負っていく。ときおり混ざる、アンリではなく僕を狙った攻撃が嫌らしい。アンリの防御にもっとも意識を割いている今、ただでさえ強大な力を持つアンドラスの攻撃を完全にさばききることは至難の技だ。
体から流れる血が少しずつ増え、勢いづいたアンドラスの攻撃はペースが上がっていく。まだ魔力に余裕はあるし、これくらいの手傷で動きが鈍ることはないが、この状況の手詰まり感はいかんともしがたかった。
アンリはいまだ行動不能のまま、見えない何かと戦うように顔を歪めて呟きを漏らしている。彼女がなんとか我に返ってくれれば、一気に戦況をひっくり返せると思うのだが。
僕はアンドラスの攻撃に対応しながら、もう一度アンリに呼びかけるべく口を開こうとした。
そして、その瞬間であった。
――うずくまるアンリの右手が、うっすらと光を放つ。
手袋に覆われたその下から、まるで希望が垣間見えるように白金の輝きが漏れ出していた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます