第23話 破壊、降臨
23.
突如頭上から降って来た声は、特別大きい訳ではないのに不思議とよく聞こえた。そして、聞く者すべてに畏怖の感情を刻み込む。
それは口をつぐむと、まるで地上に並ぶ面々を睥睨するように宙にとどまる。
僕はその存在を凝視し、聞いていた特徴と合致することを確認した。
「この威圧感に、姿形……間違いない。魔人だ」
「テイル、あいつの下に向かわなきゃ。ここからじゃ距離がある。早く行かないと……!」
「うん」
アンリの言葉に頷く。この一帯に陣取る、リカードさんを中心としたチーム全員も首肯を返した。
そうして僕たちは一隊で固まり、依然強大な魔力を放つ魔人のもとへと走り出した。
あの魔人が浮いている場所は、ブレン守護兵たちが隊列を構える戦場の中央にほど近い。あそこまで行くのに多くの隊列を越えていかなくてはならない。しかし、実際に僕の顔は知らずとも、この戦場の者はみな僕が魔人と対峙する予定だと知っているはずだ。居並ぶ戦士たちに道を開けてもらい、動き出した魔物たちは任せて通してもらう。
そうして、だいたい魔人の場所まで半分ほど進んだときだった。
僕は不意に背筋にぞくりと寒気が走るのを感じ、目を見開いて魔人を凝視する。そして、空にいる魔人から暴力的な魔力の波動が放たれ始めていることに気づいた。
――魔人の足元に、巨大な赤黒い魔法陣が描かれ始める。
「――あ、あんなのっ、信じられないよ……! みんなが危ない、テイルくん!」
「分かってるけど……間に合わない――!」
みるみる出来上がっていく巨大な魔法陣は、僕たちの魔法とは全く別の体系に見える。しかしそれが僕たちに害をなすもので、防御を固めないといけないものだと戦場のみなが気づいていた。
魔法陣の下にいる兵たちは土魔法の壁や魔力の盾を構築し始めるが、果たしてそれで耐えられるのか。僕たちも魔法の護りに加勢しようと必死に進むが、まだここからは距離がある。
そうしているうちに、やがて魔人が作る魔法陣は完成してしまった。陣を構成している鈍く光る線に魔力が注ぎ込まれ、やがて全体が眩く禍々しい光を放ち始める。
「来る……! みんな、気をつけて――」
魔力の高まりを感じて言ったのと、ほとんど同時のことだった。
視線の先で天を覆うように広がった血色の魔法陣は、その瞬間ひときわ強く輝き、地上へと光の線を降ろす。まるで太陽のような色のそれは、莫大な熱量を秘めた熱線――
――地上に到達した瞬間、凄まじい破壊が振りまかれた。
「ッぅあああッ――!」
爆心地でも、距離を置いたここでも、変わりなく悲鳴が上がる。
熱線の着弾点から広がった爆発は視覚を奪い、数瞬後に巻き起こった暴風が追い打ちをかける。チカチカと点滅する視界は何も映してくれないが、それでもいったいどれだけの被害があったかは想像するに容易い。
やがて、少しずつ視界が色を取り戻し始め、周囲の様子を見ることができるようになり、そして僕たちは絶句した。
――変わらず浮かび続ける魔人の下に、動くものが何も無かった。
そこに確かに存在したはずの守護兵の姿はなく、対峙していた魔物たちすら見えない。代わりに、まるで隕石でも落ちたようなクレーターがあり、あまりの高熱にガラス化した地面が煙を上げている。
「ひ、ひどいよ……」
呟かれたリエッタの言葉に、唇を嚙みながら内心で同意する。
あそこに、いったいどれだけの人がいたのか。きっと数百人はいただろう。そして、その誰もが家族や友のいるブレンを守ろうと死力を尽くしていたに違いない。
それが、一瞬にして無に帰してしまった。
吐き気を催すほどの被害に、僕は自然と空中の魔人を鋭く睨みつける。
表情も見えないほどの高さで、いったい今なにを思考しているのか。自らが生み出した結果を後悔など、けしてしてはいないだろう。どれだけの命を奪い、その一つ一つに尊い営みがあったことなど、気にも留めていないのだろう。
怒りを胸に感じるが、しかし今はなんとか抑え込む。今の攻撃を見ても分かる通り、冷静さを欠いて相手ができる存在ではない。
今はただ、これ以上の被害を出さないためにも――
「――みんな、行こう。これ以上あいつに好き勝手はさせられない」
僕の言葉に、呆然としていたみなが頷く。
中には怯えを抱いた仲間もいただろうが、それでも先の攻撃の余波でまだ地に伏せている者を見て、きっと気持ちを奮い立たせている。
これ以上の犠牲が出る前に魔人を何とかすると、そう心を一つにした僕たちは、揃って鬼気迫る顔で地を駆けた。苦痛に喘ぐ声や怨嗟の声を背負いながら、地面にできたクレーターへと進む。
やがてクレーターの縁まで来た僕たちは、熱を発する地面を踏みしめながら、動きを見せない魔人を睨む。ようやくかすかに見えるようになったその顔には、邪悪な笑みが浮かんでいた。
「あんなところで高見の見物のつもり? 悪趣味だし、腹立つね。――テイル、リエッタ、やっちゃえ!」
「うん」
「任せて!」
義憤にかられ怒りをあらわにするアンリは、魔人を指差し気炎を上げる。
その声か感情かに気づいたらしき魔人がこちらを見た気がするが、構うものか。
燃え滾る血潮を魔力に変える勢いで、僕は渾身の魔力を練り上げる。同時に描く魔法陣は、僕が持つ投射系魔法でもっとも強力なものだ。
風と水を混ぜて、天の怒りのような稲妻に――。
完成した魔法陣に、荒れ狂うような雷の魔力を込める。
隣で三つの魔法陣を構えるリエッタや、他に魔法を使える冒険者たちとタイミングを合わせ、僕たちは一斉に反撃ののろしを上げた。
「――【
「――【
僕が放った青い雷は、太く大きな一条の稲妻となって空に落ちる。その周りを、氷混じりの水でできた龍が三体で取り囲みながら、高速で魔人へと向かって行く。
それ以外にも、同じ隊で魔法を使える者は援護の攻撃を放ち、色とりどりの魔法が魔人に着弾した。ほどけた稲妻が魔人を中心に荒れ狂い、氷雨の龍が巨大な氷塊と化す。多様な魔法がぶつかった余波で、一時魔人の姿が見えなくなった。
あれだけの攻撃を同時に受ければ、どれだけ強大な魔物でもそれなりの手傷を負わせられそうなものだが――。
僕たちは固唾をのんで様子をうかがうが、一向に魔人が落下してくる姿は見られない。
冒険者の一人が痺れを切らしたように、不安げに呟いた。
「や、やったのか……?」
誰も答えを返すことはできない。呟いた当の本人ですら、おそらく今の攻撃で魔人を倒せたとは思っていないだろう。
そして、もちろん僕もまだ終わったと思ってはいない。なぜなら、視線の先の上空からは依然として強烈な威圧感が噴き出している。いや、むしろ先ほどまでより強くなっており――
――魔法の余波――砂埃や飛沫、宙を走る電流といったブラインドが取り払われたその時。僕たちが注目する先で、堪えた様子のない魔人がその姿を見せた。
一斉攻撃の前と何ら変わらない様子で、僕たちは少なくない驚きに目を見開く。
「――!」
その驚きも束の間、翼を大きく広げた魔人は、僕たちに視線を固定したままゆっくりと高度を落とす。
そのまま音もなく地に降り立った魔人は、その異形で周囲に怖気を振りまきながら、ゆっくりと周囲を睥睨した。そして、巡らせた視線はやがて僕とリエッタの並びへと固定され――
「――いい
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