第22話 和解、出現

22.


 邪魔してくる魔物を蹴散らしながら、僕たちは仲間の冒険者のもとへ急ぐ。まだ何とか耐えているようだが、各個囲われ連携もろくに取れていない有様だ。


 僕は体に循環させる魔力を増やし、白い燐光を纏う。アンリたちに視線で合図を送ると、僕は最も危険が差し迫ったリーダーの男のもとへ力任せに地を蹴って飛び出した。


 道中邪魔になる魔物を斬り捨てながら、やがて接近したリーダーに向かって声を掛ける。


「いま助けます、もう少し耐えてください!」


「……ッぐ、わ、悪い!」


 来たのが僕だと分かっているのかいないのか、苦悶の声とともに言葉が返ってくる。多数の魔物に囲われ姿はよく見えないが、いまだに激しく抵抗を続けていることは外からも分かった。


 とはいえ、可及的速やかに救出する必要があるので、僕はすぐ魔物の排除に取り掛かる。


「ふッ――」


 魔物のすぐ奥にいるリーダーに攻撃が当たらないよう、魔法も纏わせないただの剣を振るう。しかし、身体強化の極致により振るわれるそれは、もはや攻撃魔法と大差ないどころか、そこらの魔法よりよほど高い威力を誇る。


 それなりに重量のある長剣が、轟と風を切りながら進む。もはや視認も難しいだろう速度で迫る剣は、魔物たちが気づいた時にはその体に到達していた。


「グギァッ……!」


 一振りでゴブリンとコボルトが複数体、血をまき散らしながら飛んでいく。魔物たちが辿った結末を確認することもなく、僕は第二撃を放つ。


 みちりと筋肉が唸ると、豪速で振るわれる長剣が次々に魔物たちを屠っていく。


「――はあッ」


 地竜やシルバーウルフのボス個体に単純な斬撃は通じないが、ゴブリンやコボルト程度なら多少強化されたところで目ではない。


 僕は集った魔物を吹き飛ばし、みるみるその数を減らしていく。


 そして、あらかたの魔物が片付いてくると、やがてリーダーの威勢も戻ってくる。さんざんなぶられた恨みなのか、荒々しい言葉を吐きながら剣を振り回し、僕と一緒に残った魔物たちを排除した。


 肩を上下させるリーダーは、僕に視線を向けてくる。


「はぁ、はぁ……。お前………………いや、助かった。テイル……」


「同じチームですから。怪我はないですか?」


「ああ、大したことはない。そういうお前は……いや、聞くまでもなかったな……」


 リーダーは僕を見ると、ふっと自嘲するように笑う。そこには最初のうっすらとした敵愾心は影も形もない。


「支部長が言うだけの理由が、お前にはあったんだな。俺と一回りは離れている歳で、あの強力な魔物相手に息一つ乱さないか」


「……それは、魔物たちの意識があなたに集中していたから」


「下手な慰めはいい。俺がやられたやつらを苦も無く一掃した実力は本物だ。地竜を討ったという話も本当なんだろう。まだまだ本気を出してる風でもなかったしな」


 リーダーの男がそう言った直後、また何体かの魔物が押し寄せる。それぞれ二人であしらいなが会話を続ける。


「……嫌な態度を取って悪かった。まだ若い後輩が気難しい支部長に気に入られているのを見て、気に食わなかったんだ。――悪かった」


 その思ったより率直な言葉に、僕はかすかに目を見開く。僕たちほどではなくても、それなりに若く有望な冒険者と扱われている彼が、これほどまっすぐ謝罪を口にすると思っていなかったのだ。


 僕はそんな風に感じてしまった自分を戒めながら、リーダーに向かって首を横に振った。


「いえ、色々疑わしいと思うのももっともなので。僕は気にしてません」


「悪いな。……ああ、ろくな自己紹介もしてなかったか。俺は『覇海航路』のリーダー、リカードだ。まだ、引き続きよろしく頼む」


「はい、リカードさん。魔物はまだまだいますから」


 僕たちは互いに頷き合う。そして、リカードさんと和解ができたところで、僕は辺りを見渡す。この近辺では一時的に魔物が減っているが、しかし全体を見ればまだまだ大量にうごめいている様が目に入る。


 同じようにしたリカードさんは、すぐにハッとしたように表情を変えた。


「――さっきまで自分のことで精いっぱいだったが……俺の仲間や、チームの冒険者たちは――」


「大丈夫。僕の仲間が向かいましたから」


 僕は先ほど視界に収めた光景をもう一度確認する。そこでは、少し前までリカードさんほどではないが苦戦していた冒険者たちが、『麦穂の剣』の面々と協力して魔物に当たる姿がある。


 全員が銅等級の冒険者だが、その中にあってなおアンリ、ウル、リエッタの活躍には目を見張るものがあった。それぞれ斧、短剣、魔法によって味方をリードし魔物を打ち倒している。


 同じものを見て目を見開くリカードさんに、僕は視線を向けた。


「僕たちも向こうと合流しましょう。リカードさんのもとで、さっきよりもうまく連携が取れるはずです」


「ああ。もう、お前たちの実力を疑う者はいないだろう。全員でまとまって事に当たる。さっきみたいな醜態はもう晒さない。行こう」


 リカードさんはそう言うと、固まって魔物に対処する仲間たちのもとへ駆ける。僕もそれに続き、すぐみんなの戦闘に合流した。


 それからは、始めに感じた壁がなんだったのかというほど順調に事が進む。


 リカードさんは僕たちより冒険者歴が長いだけあり、こういった集団戦にも慣れているようだ。戦いやすいよう的確に指示をくれる。他の者も対魔人の部隊に選ばれるだけあって、平均して高い実力で魔物たちを危なげなく倒していく。


 それでもたまに現れる強力な個である魔物は、僕や『麦穂の剣』の仲間たちが率先して相手取り、他の者の援護もあって打ち破る。


 ――そうして気づけば、僕たちの隊はかなりの魔物を討伐し、周囲に積み上がる死体の山を築いていた。


 魔物の群れ全体から見れば多くて一割いかない程の数かもしれないが、それでも局地的にそれだけ魔物が討伐されれば、周囲の人員にかかる負荷は大きく減少する。


 やがて近くに配備されていた別の冒険者チームやブレン守護兵たちが、状況確認や連携の調整のためリカードのもとを訪れ始める。


 そこで共有された情報によると、ブレン防衛側にも小さくない被害が出ているが、それでも全体で五割を超える相当数の魔物を討伐できているという。やはり人間の持つ集団戦としてのノウハウや大規模魔法、それに各種魔道具を用いることで、相手の個の強さに反して有利に戦闘を進められているようだった。


 魔物を迎え撃つブレン側勢力の間に、次第に明るい雰囲気が漂い出す。このまま魔物たちを押し返し、スタンピードという災害に街を荒らされず乗り切れるのではと、多くの者たちが希望を感じている。


 ――しかし。


 僕たちは知っている。この魔物たちの群れには、元勇者パーティの者をして脅威と言わしめる怪物――魔人が控えている。


 未だ姿を見せないが、これだけ魔物側が劣勢となった今、いつ表に出てきてもおかしくないだろう。


 僕やアンリたち、そしてリカードさんたちと、魔人という黒幕の存在を知っている者はまだ気を緩めることはない。立場や地位によって与えられた情報に差があるだろうが、僕たち以外にもこれから本当の戦いが始まると覚悟を決めている者がいるだろう。


 ギリアンさんは言った。それは、まるで災害の化身であると。


 人の命などなんとも思わず、その身に宿す強大な力をただ主たる魔神にのみ捧ぐ。そこには人間の定めた倫理観など関係なく、ただ無慈悲に破壊をまき散らしていく。


 そして、それを止められる者などいない。


 ――普通であれば。




 魔人を止められる最大の可能性と見込まれた僕は、ばっと空を見上げる。唐突に感じた強烈な威圧感で、二の腕に鳥肌が立つ。


 遅れて同じものを感じただろう周囲の者が、僕に倣うように空を見上げ、指をさし、怯えを含んだ声を漏らした。まだ残っている魔物たちでさえ、その怒りに恐怖するかのごとく動きを止めていた。


 そして、まるで時が止まったような空間の中で、照明弾の魔法が放つ光によって、地面に小さな影が落ちる。


 僕たちが視線を向けた先では、影の源であるさして大きくもない人型が浮かんでいた。


 背中の翼をはためかせることなく空中に静止した影は、距離を感じさせない邪悪な声を響かせた。


「――見るに堪えないですね」



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