第21話 大暴走(スタンピード)、前哨戦

21.


 それから僕たちは応接室を出て、ギルド内で視線を浴びつつ職員の誘導に従った。


 遠くないうちに魔物の軍勢がやって来ることを想定し、僕たち冒険者は都市の城壁近くで待機することになったらしい。数が多い守護兵たちがメインで魔物に対応し、冒険者はサポートとして戦闘に参加する形だそうだ。


 そうして、鉄等級以上の冒険者はみなギルドを出て、ブレン内の門脇に作られた臨時の陣地へ集められる。


 ギリアンさんから特命を受けている僕たちは隅に固められて、いざというとき僕を救助してくれるメンバーに選ばれた冒険者たちと交流する。ギリアンさんの言葉とはいえ、年若い僕が主力であることに納得しない者が多かったが、しかしここで口論を続ける時間はなかった。


 ――ついに魔物たちがブレンへ迫ってきたと、斥候から報告を受けた職員が冒険者たちへ告げた。


 納得していないながら離れていった冒険者たちを横目に、僕は門の外で上がった守護兵たちの声を聞く。


「来たみたいだね。職員さんたちが言っていた通り、しばらくはブレン守護兵たちの仕事だ」


「うん。でも、守護兵が消耗してきたら私たちの出番だから、準備はしといてね」


 アンリの言葉に、僕たち全員が頷く。


 斥候の調査結果でも、ギリアンさんの経験でも、群れのボスである魔人は後ろでふんぞり返り、中々前に出てこないらしい。だから、まずは雑兵どもの数を減らし、やがて出てくる魔人に備える必要がある。


 体内の魔力を調整したり、己の武器を確認したりする冒険者の中で、僕たちもいつでも出られるよう準備する。僕は事前に魔法で武器を作りながら、毎回これは面倒だからそろそろ剣を買おうと心に決める。


 そうして、外から聞こえ始めた怒声と戦闘音を背景に、僕たちは意識を研ぎ澄ましてゆく。




 ――やがて、日も暮れて夜の帳が落ちた頃。報告を受け、僕たちの前に出てきた職員が、この場に集まった冒険者全員へ告げた。


「――みなさん、出番です。決められた指揮官役の指示に従い、魔物たちを殲滅してください――!」


 閉じられていた街の門が開き、そこにいた守護兵から急ぐよう手振りで示される。


 僕たち冒険者は複数のグループに分かれると、戦意を滾らせながら街の外へと進軍した。




 ――外に出た僕たちの目に入るのは、闇の中で光る照明弾の魔法と、その下で繰り広げられる激闘だ。


 多数の守護兵と、それを超える数の魔物たちが、人工的な光のもとで交錯している。守護兵たちの声、魔物の叫び、武器と牙がかち合う音。そこかしこで魔法が飛びかい、剣が振るわれ、互いの血が飛び散る。


 僕はすでに行われている戦闘から視線を外すと、『麦穂の剣』含めた複数パーティで構成されるグループにて、まとめ役となった男へ目を向ける。


「――守護兵の隊のいくつかが負傷によって下がってきてる。俺たちはその穴埋めを果たす。敵のボスが出てくるまで戦闘を続け、その後は……そこの『竜殺し』さんとやらに、何とかしてもらうとしようか」


 まとめ役――先ほど突っかかって来た銅等級冒険者の男は、僕を指して皮肉気に言った。彼のパーティメンバーらしき者や、それ以外の魔人戦闘をサポートする者たちも、みな同様に不満げな表情を浮かべる。


 ギリアンさんに言われて仕方なく従っているが、僕の力量を疑問に思い、己の役割に納得いかない者が多いようだ。


 彼らを睨み返すアンリや、不快そうなウル、リエッタに苦笑しつつ、僕は口を開いた。


「すみませんが、サポートはお願いします。必ずやり遂げて見せます」


 鼻を鳴らして視線を切ったまとめ役は、グループ全員を見渡す。そして、気持ちを切り替えるようにすっと息を吸い、大きな声で叫んだ。


「――俺に続いて前に進め! 魔物のもとへ到達次第、一定の距離を保って討伐を開始する!」


「おう!」


 駆け出したまとめ役の後を冒険者たちが追う。僕たちも続いて、魔物の群れへと進んでいく。


 他の冒険者グループたちも続々と魔物に向かって行き、守護兵に並んで戦闘する姿が見えた。


 ――そして、僕たちもとうとう魔物に到達する。少し散らばると、戦闘を開始した。


「はっ!」


 僕はまだ全力ではない身体強化で、自ら生み出した剣を振るう。目前に迫り腕を振り上げていた豚面の巨体――オークの胸へと剣を突き入れる。


 叫びを上げて倒れるオークから視線を外し、次に迫った魔物に対処していく。


 魔物の数が多く、そばで戦う『麦穂の剣』の面々に向かう相手を減らしていく。そうすれば、仲間たちも流石のもので、互いに連携を取りながら危なげなく戦闘を進めた。


 足元に散らばる死体を増やしながら、僕は次々に剣を振り、魔法を放つ。どれも谷の魔物だけあり手強いが、この三ヶ月で慣れたものだと死体を量産していった。


 そうして周囲の魔物を減らし、ある程度余裕が出てきたところで、僕たちは互いに声を掛け合う。


「みんな、怪我はない?」


「うん、大丈夫。でもやっぱり、こいつら手強いね……!」


「強いのもそうだし、アンリが派手に注意を引いても完全に気を逸らしてくれない」

 

「魔法もよけるんだもん。こんなのがまだまだいるなんて、気が遠くなるよー……」


 三人の言葉を聞きながら、寄って来た猿の魔物を片手間に斬り飛ばす。


 ついでに、同グループの冒険者たちはどうしているかと目を巡らせた。


 そして、視界に入った彼らはと言うと……。


「――くッ……あ、おい、そっち行ったぞ! 気をつけ――ぐわっ!?」


「リーダー!? 大丈夫か――くっ!」


 今の悲鳴は、先ほど僕たちに嫌味を言ってきた冒険者だ。


 グループを任されているだけあり、経験を積んできた中堅冒険者といった様子だが、それでもこの魔物相手には余裕がないらしい。


 今も複数のゴブリンやコボルトに囲われ袋叩きにされている。剣でなんとか凌いでいるように見えるが、このままではそれも危うそうだ。


 他の仲間たちも助けに入ろうとはしているようだが、魔物の猛攻にさらされ叶わない。


 僕は散発的に来る魔物を打ち払いながら、同じようにしている仲間たちへ声をかける。


「アンリ! 他の冒険者たちがけっこう苦戦してるみたい。助けに行ったほうが良さそうだよ」


 斧で魔物を吹き飛ばしたアンリは、こちらに顔を向ける。あからさまに嫌そうな顔なのは、彼らの態度への意趣返しだろう。しかし、街の危機を前に個人的な感情に左右される彼女ではない。


 アンリはため息を吐くと、すぐにパーティリーダーとしての顔を見せる。


「向かってくる魔物は対処しながら、向こうの援護に回るよ。あの嫌味なやつらに、私たちの力を見せつけてやろう」


「――了解」


 僕たちはアンリに頷き、まとまって行動を開始する。目標は苦戦を強いられている仲間の冒険者たちのもとだ。


 この苦難、全員で力を合わせて乗り越えなくてはならない――。



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