第19話 報告、魔人

19.


 それから、急いで森を出た僕たちは、ギルドへ報告するため街道をひた走った。


 その道中で男から話を聞き、ある程度の事情も把握した。


 彼は銅等級冒険者であり、ギルドからの依頼で地竜の死骸を捜索する任務についていたらしい。僕が報告した場所を目指し、他にも何名かの冒険者と連れたって谷へ向かった。


 そして、そこで見たのが多様な魔物たちの軍勢だったというわけだ。


 男たちは山から出て行く魔物の姿に、いったん地竜のことは忘れることにした。そしてこの事態をギルドへ報告すべく情報収集に当たる。


 ――そこで、異様なものを見た。


 なんと、その大量の魔物を率いているらしき存在を見たというのだ。それはあまり大きくはなく、背に翼を持っていて、人型をしていたという。これまで見たことの無いその魔物は、しかし明らかに空中から軍勢を指揮していたようで、通常のスタンピードとは違う尋常でない雰囲気があった。


 軍勢の主や魔物の構成を確認した男たちは、この異常な事態を早く知らせようと偵察を終了する。そして街へ帰ろうとしたところで問題が起きた。


 男たちは、空中を漂っていた翼を生やした魔物に見つかってしまった。異常なプレッシャーとともに襲来した魔物は、その姿同様尋常でない強さで、男たちは軽くあしらわれてしまう。


 そしてさらに驚くべきことに、その魔物は人語を解し、膝をつく男たちに話しかけてきたという。内容はよく分からないもので、「中々良質だ」だとか「生かして確保するから大人しくしろ」などと言葉をかけられる。


 当然男たちは素直に従うわけもなく、なんとか示し合わせて攻撃を仕掛け、その隙に最も足の早い彼がその場を逃げ出した。その後は僕たちも知っている通り、こうして『麦穂の剣』と合流し、帰路を急いでいるという訳だ。


 少し信じがたい話ではあったが、しかし語る男の様子があまりに真に迫っていて、件の翼の魔物に対する恐怖は偽りとは思えない。


 とにかく僕たちはこの話をブレン上層部へと伝えるべく、身体強化まで使って街道を進む。途中ついてこれそうになくなったベルとリンは、僕とアンリが手分けして背負うことで道を急いだのである。




 そして、ブレンに到着して門を潜った僕たちは、すぐにギルドまで辿り着いた。


 息を切らせながら中に入り、カウンターの職員へ異常なスタンピードが発生したことを伝える。そこからの対応は早かった。


「――詳しい事情を聞きたいので、奥へ来ていただけますか?」


 僕たち――『麦穂の剣』の面々とスタンピードを目撃した冒険者の男は、ギルド職員の女性に請われ、ベル、リンとは分かれて奥の応接室へ案内される。部屋に着いてから男が詳しい事情を説明し、職員は顔色を変えながらそれを記録していく。


 それから少しして応接室の扉が開くと、今朝方ぶりのギリアンさんが部屋へと入ってきた。


「――おう、来たぞ。なんかやべえことが起きたらしいな。……ん? またお前らか」


 ギリアンさんは僕たちに視線を留めると、面倒そうな表情を浮かべる。


「支部長。今回の話は彼ら『麦穂の剣』ではなく、地竜回収を行っていた銅等級冒険者のダンさんが持ってきたものです。詳しいことはここに」


「おう」


 職員から情報が書き留められた書類を受け取ると、ギリアンさんはざっと内容を流し見する。顔を上げると、ここまで僕たちと一緒に来た冒険者――ダンさんへと告げる。


「――よく、このことを知らせてくれたな。他の奴らはおそらくもう生きちゃいねえだろうが……お前一人が生きて持ち帰ったこの情報は、ブレンの命運を分けるもんだ。……ご苦労だった」


 ギリアンさんはそう言うと、ダンさんに「お前はいったん休め」と伝えて下がらせる。


 少しほっとした様子のダンさんは、しかし変わらずどこか硬い表情だ。先ほどギリアンさんの言った通り、他の冒険者がほぼ間違いなく亡くなってしまったことに感じるものがあるのだろう。それが彼のパーティメンバーだったとしても、そうでなかったのだとしても。


 胸にずしりとくる重さを感じていると、その間にもギリアンさんは職員の女性へ、都市の非常事態を領主まで伝え、並行して冒険者たちへ緊急招集をかけるよう指示する。早急に都市防衛戦の体制を構築するのだろう。


 急いで部屋をでる職員を見ながら、『麦穂の剣』もすぐ招集に応えなければと考えるが、しかしその前に一つだけギリアンさんに伝えておくことがある。ダンさんを帰して僕たちだけ残された理由は不明だが、しかし都合がいいと僕は口を開いた。


「――ギリアンさん。今から忙しくなるところすみませんが、僕たちからも一つ共有しておくことがあります」


「あん? なんだ、言ってみろ」


「はい。先ほどダンさんが報告した魔物のスタンピードですが、やってくる魔物たちはおそらく通常より強力な個体――僕が地竜を倒した谷の魔物たちです。地竜討伐の話の折にも伝えていたと思いますが、あの谷の魔物はなぜか通常より強く、それに闘争心も強いみたいなんです。それが大挙して押し寄せてくる……もしかしたら、僕が地竜を倒したことで抑えがなくなって、谷の外へ出てきたのかもしれません」


 僕はアンリたちと頷き合い、ギリアンさんに懸念事項を伝えた。きっとまた頭が痛い問題だと、厳つい顔をさらにしかめるものかと想像していたのだが。


 しかし予想に反し、ギリアンさんは表情を変えずに頷く。


「……ああ、魔物の強さについてはそうだな。お前の情報がなかったとしても、ダンの話だけでそれは予想できた。それにおそらく、地竜のことは直接関係はしてねえだろう」


「……そうなんですか?」


「ああ。これはお前らをここに残した理由とも関連してるぞ。あとは、俺が昔勇者パーティで活動してた時のこともか」


「勇者パーティ……もしかして、魔神に関係してるの?」


 ギリアンさんの言葉に、アンリが反応した。


 どういうことかと聞き返す前に、ギリアンさんは重々しく頷きを返す。


「正解だ。より詳しく言やあ、魔神の眷属たる魔人だな。ダンが見たっていう翼を持った喋る魔物、そいつが十中八九で魔人だ」


「魔人……」


「ああ。やつらはいつ何時も主である魔神のために行動してやがる。詳しいことは分からねえが、今回も間違いなくそうだろう。で、谷にいた強力な魔物ってのも、おそらく魔人が手駒として用意したやつらなんじゃねえか? 何が目的かは知らねえが、そいつらを率いてブレンを狙ってやがる」


 ギリアンさんは続ける。


「で、だ。問題なのは通常より強化された魔物たちもだが、もっとやべえのが魔人そのものの方だ。……魔人ってやつらは基本的に凄まじい力を持ってやがる。個体差もあるが、冒険者の等級で言やあ最低でも銀等級――最悪の場合は白金等級以上の力がある」


「なっ……」


「地竜が邪魔で谷から出られねえなんて、魔人がいる限りはねえだろうよ。魔人本人の強さに加え、手下の魔物どももいるんだからな」


 僕たちは思わず絶句する。ダンさんの話からも相当強い魔物だとは分かっていたが、白金等級以上など想像もできない力だ。白金等級の冒険者はギリアンさん以外に見たこともなく、その力は上位竜をもたやすく屠るものだと聞くが、それより上などそれこそ伝説の勇者くらいしか思いつかない。


 そんな存在が向かっているとなれば、このブレンは相当に危ない状態だと言える。


 しかし……そもそも僕は気になっていることがある。魔人が魔神のために動いているというなら、それはこの騒動の裏にも魔神がいるということであり――


「――ギリアンさん。魔神というのは、かつてあなたたち勇者パーティによって討伐されたのではなかったですか? 今の話を聞いていると、どうもまだそいつが存在しているように聞こえました」


「ああ……まあそう思うわな」


 僕の言葉に、ギリアンさんはそう呟くと、忌々しそうに顔をしかめた。


「――魔神を討伐したって話……あれは嘘だ」


「――」


 都合何度目の驚きか。


 世界を恐怖の底へと叩き落したかつての魔神災害、その終息は勇者が魔神を討ったことで成ったというのが広く知られる話だ。勇者の命と引き換えに魔神がいなくなったことで、世界に再び平和が訪れたのだと。


 しかしギリアンさんは、それが嘘だったと言う。声も出ない僕たちに、ギリアンさんは真実を語って聞かせる。


「実際のところ、異界の神たる魔神相手に俺たちができることなんてたかが知れてる。女神の力を一部借り受けてたとは言え、それは一部であって神そのものじゃねえ。だってのに相手は全力全開の神一柱なんだ、殺せるわけがねえよ」


「じゃあ、僕たちが寝物語に聞かされたあの物語の結末は――」


「脚色だな。各国の王や教会の連中は、魔神の脅威が完全には消え去ってねえことを言えなかった。実際のところ俺たちができたのは、魔神を元居た世界になんとか押し返すことだけだったってのにな」


「……それじゃあ魔神はまだ生きていて、今またこの世界に戻ってきた、ということですか?」


「ああいや……女神の言うところによると、一度閉じた次元の扉は簡単には開かねえらしいから、魔神がまたこっちに来られるようになるのはかなり先のはずだが……。まあその辺りも調べなきゃいけねえな」


 ギリアンさんはため息を吐き、頭をガシガシと掻く。


 僕たちはこの衝撃的な話をすぐには飲み込めず、頭の中で必死に咀嚼する。急に聞かされた世界規模の話は、僕たちの思考を一時止めるのに十分なものだった。


 ――いや。固まる僕たちと違い、アンリだけはそうではなかった。


「それで、私たちをここに残した理由っていうのは? ま、だいたい想像できるけど」


 鋭い視線をギリアンさんに向け、アンリは言った。


「どうせ、その魔神の手下である魔人を抑える主力として『麦穂の剣』を――テイルを使うって言うんでしょ」


「……ああ。お前らみてえな実力ある生意気なガキは嫌いじゃねえんだが、ことはこの都市の一大事だ。いま都市に残ってる冒険者パーティで一番できるのはお前らで、守護兵含めても個人としての最強はテイルだろう。俺ももう老いて、昔と同じ動きはできねえ。だから、最悪の場合はテイル――お前が死んでも、魔人を殺せ」


 ギリアンさんは、まるで戦場に立っているかのような鋭い視線で僕を射貫く。その言葉には一つの冒険者ギルド支部を治める者として、この都市の安全を守る者としての重さがあった。


 ここでギリアンさんの要請を断ることは、生半可な覚悟でやってはいけない。


 僕は先ほどまで動きを鈍くしていた頭を回転させる。この都市に生活する人々や、なにより隣にいる『麦穂の剣』の面々のことをよく考える。


 僕が逃げるとどうなるか。仲間のみんながどんな不利益を被るか。――誰が命をかけるのが一番いいか――?


 この場の面々は、各々が各々の考えを巡らせていることだろう。それぞれに異なる立場があり、大切なものがなにかもまた異なっている。そんな中、僕は自身が思う優先順位を整理し、どの選択がどの結果につながるのかを把握する。


 そして、僕は素早く思考を巡らせたのち、選んだ答えを述べようと口を開き――




 ――――その瞬間、僕の隣で苛烈な憤怒が立ち昇った。



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