第17話 群狼、巨狼

17.


 僕の耳にも複数の足が地面を蹴る音が聞こえる。それに、荒々しい息遣い。


 そして、木々の合間に茂った草が揺れ、銀の毛に覆われた脚が乱暴に踏み出される。


「行くよ!」


 僕たちはアンリの掛け声に合わせて動き出した。


 姿を現した魔物は、ウルの予想通りシルバーウルフだ。数は十八。一番後ろにいる最も大きな体格の個体は、群れを率いるボスだろう。


 ボスがいる群れというのは厄介だ。上位者のもとで魔物なりに統率の取れた動きを見せ、時に冒険者に知られる危険度以上の力を発揮してくる。


 では、そんな厄介な存在を相手に採るべき手段は何か。――最初に頭を潰すことだ。


「アンリ、僕はみんなのカバーをしながらボスを狙おうと思うけど問題ない?」


「セオリー通りだね。別に構わないけど――一人で行けるんだよね?」


「うん、任せて」


 了解は取れた。僕はアンリとウルのそばから少し距離を取り、シルバーウルフたちの横に回り込むように移動を開始する。


 広がった群れは僕とそれ以外を同時に警戒しつつ、今にも飛び掛かろうと足に力を込めている。


 後ろから、リエッタが大声で叫んだ。


「みんな! 一発おおきいの叩き込むから気をつけてー! ――それ、【嵐渦刃らんかじん】!」


 ちらりと視線を向けた先で、リエッタの身長ほどもある巨大な魔法陣が緑に光る。すると、次の瞬間巨大な竜巻が生まれ、シルバーウルフたちへと向かって突き進む。竜巻は草木が切り刻みながら群れへと突っ込んだ。


 竜巻はそのまま避け損ねたシルバーウルフを巻き込み、真空の刃で滅多斬りにしていく。風の渦に千切れた銀毛と真っ赤な血が混ざった。


「す、すげえ、こんな大魔法初めて見た……」


 ベルの呟きが微かに聞こえる。確かに新人冒険者であれば滅多に見ることはない大規模な魔法だろう。速さはそれほどでもないが、敵の数が多い場合非常に有用である。今回、この魔法で仕留められた数は――


「今ので始末できたのは六体! まだ十二体いるし、ボスも残ってる!」


 アンリはそう叫んで情報を共有し、飛び掛かってくるシルバーウルフを複数相手取り始めた。その横でウルも何体かの相手をする。


 僕も横合いから小さな魔法を何発か放ち、一体のシルバーウルフを仕留める。アンリやウルの先頭に横やりを入れようとしている相手から優先して攻撃していく。


「【白弦】!」


 僕の放った細く縒られた水の束が、また一体を両断する。


「【鎌鼬】、四連発ー!」


 次いで、後ろからリエッタが魔法を乱れ打つ。


 僕たちは二人とも四元素の基本属性すべてを扱えるが、森の中という環境を考慮し、風や水の魔法でちくちくと攻撃を加えていく。


 それを厭って魔法士に向かってくる敵は、リエッタ側はアンリとウルで、僕側は自身で対処する。次第に数を減らすシルバーウルフを見て、ボスは苛立たしそうに吠えた。


「よし、まずはこっちに来てくれた」


 僕に向かって駆けるボスの巨体を見て、僕は不敵な笑みを浮かべる。


 周囲をちょこまかと動き、魔法で配下の数を減らし、近接もこなせるため始末もしづらい――相手からすればかなりうっとおしいだろう僕を、とうとう看過できなくなったらしい。


 僕たちとしても、統率が取られた動きの狼たちに対し、ベルとリンのことも考え攻めあぐねているところがあった。ボスのもとへ土魔法で無理やり足場を作って行こうかとも考えていたので、向こうから来てくれて都合が良い。


 飛び掛かってくるボスに対し、僕はまず小手調べと魔法を放つ。


「【白弦】」


 先ほど同様、狼の体を両断せんと僕の指先から水の線が伸びた。しかし。


 ――ダメか。あの、鋼みたいな体毛に弾かれている……。


 僕は【白弦】をものともせず突進してくるボスに、魔法を中断して回避を選択する。高速で動く巨体はそれだけで人を殺す十分な威力を持ち、先ほどまで僕がいた場所の地面を抉る。


 巨狼は飛びのいた僕を追撃しようとして、しかし後方から飛んできた魔法を素早く避ける。着弾した風の槍が地面に突き刺さり炸裂する。


「テイルくん、だいじょうぶ!? わたしがカバーするよ!」


 声を掛けてくるリエッタに、僕はアンリとウルへ視線を遣ってから応えを返した。


「僕の方は気にしないで。リエッタは敵の数が多いアンリとウルをサポートしてあげて! ボスは――」


 言葉の途中で飛び掛かってきた配下のシルバーウルフを、手にした剣で斬り飛ばす。どさりと地面に落ちる音がするが、僕はボスから視線を外さずにらみ合う。


「――こいつは、僕が倒す……!」


 僕の気迫に呼応するように、体に纏った燐気が炎のように立ち上がった。


 僕たちはお互いにじりじりと距離を詰める。手下に手を出させても無駄と理解しているのか、他のシルバーウルフをけしかけてくる様子はない。


 僕も相手も、睨み合ったままいつでも地面を蹴れるように腰を落とす。本格的に戦闘が始まる瞬間を、僕たちは今か今かと待った。


 そして、とうとうその時は来た。僕たちはどちらからともなく一歩目を踏み出すと、みるみる体を加速させ、間に空いた距離はすぐに縮まり――


 ――剣と牙が、激しく火花を散らした。


「ぐっ」


 僕を押してくる力は凄まじく、地竜には及ばないまでもこれまで相手した魔物の中ではトップクラス。しかし、燐気を身に纏った僕も、膂力という意味ではもはや常人の域をはるかに越えている。


 さらに、そこに魔物にはない技術という要素が加わることで――


「ふッ……!」


 鋭く息を吐き、剣を握る手に力を込める。牙を剣身で滑らせて流し、体勢の崩れた巨狼の首へと斬撃を叩き込んだ。しかし。


「なっ……風の鎧?」


 確かに斬りつけたはずの首に傷はなく、代わりに密度の高い空気が渦巻いて体を覆う。斬りつけた感触からして、あの風の鎧が僕の斬撃を弾いたらしい。


 これまでも魔法を使う魔物には何度か出会ったが、地竜をはじめとしてどれも恐るべき強敵だった。この巨狼の評価も一段階引き上げなければならない。


 それでもやはり、僕がこれまで戦った魔物の中で、一番が地竜であることは間違いなく、こいつがそれを上回っていることはないと断言できる。ならば、仲間たちのためにもさっさと一人でけりをつけなければいけないだろう。


 僕は飛び掛かってくる巨狼の攻撃を受け流しながら、剣に魔法にと攻撃を与えて戦い方を探っていく。普通に斬りつけても滑るように受け流され、高速戦闘の中で打てる魔法も弾かれる。


 そんな中で唯一有効そうに思えたのは、貫通力を重視した突きの一撃。風の鎧をほんの少し突破し、わずかな傷を与えることができた。


 ならば、さらに貫通力を高めて力を込めた突きを放てば――。


 一連の攻防の合間で、僕たちは距離を取って互いに息を整える。次の交錯で勝負をつけると心に決め、僕は体内で練った魔力を魔法へと変えていく。


「【錐風きりかぜ】」


 呟くと同時、周囲の空気が僕の剣へと集まって、円錐状に纏わりつく。ぐるぐると回転する風は、僕の剣に貫通力に特化した力を与えてくれる。


 巨狼も本能的に感じるものがあるのか、先ほどまでより警戒を強めて僕を睨む。


 ――さて、準備は整った。それじゃあ、勝負を決めよう。


 僕は巨狼と視線を交わし、一呼吸置く。――そして、駆けた。


「テイルさん、行けえー!」


 戦いを見守るベルとリンの応援を背に受け、迫る巨狼へと狙いを定める。走りながら剣を持った右手を弓のように引き、力を溜める。


 巨狼は鋭い爪が生えた腕を、僕に向かって振り下ろす。もちろん風の鎧を纏っていて、何もしなければ地面と腕に挟みこまれてたやすく潰されるだろう。だから僕は腕に溜めた力を解き放ち、矢を放つようにその突きを打った。


 ――剣身で渦巻く風が、迫る巨狼の腕を弾き飛ばす。そして、そのまま剣の先端は巨狼の頭へと向かう。


 体勢が崩れて防御は間に合わないだろう。それとも、纏った鎧を信じているから何もしないのか。


 しかし、僕の剣はその慢心ごと風の鎧を引き裂いていく。分厚い風を食い破る強い抵抗を感じながら、それでも僕の剣は突き進んでいく。


 最後に合わせた巨狼の目からは、自身に迫る刃への驚愕の思いが感じ取れた。


 ――そして、僕の剣はとうとうそのあぎとへと突き込まれる。風で内部を荒らす剣を、しかし止めることなくさらに奥まで突き込む。そのまま脳まで差し込み、纏った風で破壊した。


 その途端、巨狼の体にみなぎっていた力は失われ、風の鎧が四散した。嵐のような暴風を周囲に散らしながら、その巨体がゆっくりと傾いていく。


 ――決着はついた。


 この勝負……僕の勝ちだ。




 剣を頭から引き抜いた僕は、地面へと倒れ込んだ巨狼から視線を外し、剣に着いた鮮血を払った。


「――や、やった……! あの恐ろしい魔物を、テイルさんが倒した!」


 後輩たちの声に、僕は少し表情を和らげながら、しかしまだ完全には気を緩めない。頭目を失い乱れ始めたシルバーウルフたちを、これから討ち取らなければならない。


 僕は戦いを続ける仲間たちのもとへと急ぎ、残党の討伐へと参加する。剣と魔法で、協力してどんどんその数を減らしていく。


 ――そうして、すべての狼が地に倒れ伏すまでに、それほどの時間はかからなかった。



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