第16話 新人、増援

16.


「私が行くから、みんなはカバーを!」


「了解……!」


「わかったよ、アンリちゃん!」


 僕が驚きに囚われている間にも三人は素早く動いている。アンリが身体強化を発動して突っ込み、その後ろからウルが続く。リエッタは魔法陣を待機させ、いつでもサポートできる体制だ。


 僕もぼうっとしている場合ではない。あの魔物がどうしてここにいるのかは気になるが、それより今は人命優先である。


 僕はすぐ身体強化を発動して、アンリ、ウルを追いながら二人に呼びかける。


「二人とも、注意して! そのシルバーウルフ――たぶん、普通のより強いから!」


「普通のより強い? まあ、テイルが言うなら……っと!」


 アンリが放つプレッシャーが上がる。僕のことを信じて、身体強化の強度を上げてくれたのだろう。さらに、両手に握る大斧の表面をバチリと紫電が走る。


 最大出力の身体強化に、雷属性魔力の付与――これがアンリの全力だ。


「はあっ!」


 掛け声とともに、電流を纏った斧が、間近に迫っていたシルバーウルフへと振り下ろされた。


 シルバーウルフは少し前から僕たちに気づき、すでに組み付いていた少年を離している。脅威が迫っていることを認識し、しかし猛る闘争心で迎え撃たんと吼え声を上げた。


 瞬間、アンリの斧とシルバーウルフの牙が衝突する。


「うわああッ!」


 近くにいた少年たちが悲鳴を上げた。斧と牙がぶつかり合う激しい音が鳴り、ほとばしる稲妻が空気中を走った。


 少しの拮抗の後、アンリはその剛力でシルバーウルフを吹き飛ばした。


「グ、ルルゥ……」


 起き上がったシルバーウルフは、しかし苦しそうに唸りを上げる。通常より強靭なその肉体はそう簡単に壊れはしないが、雷が相手では話が別だ。


 攻撃を受けた口元は銀色の毛がところどころ黒く焦げ付き、ぷすぷすと煙を上げていうる。体も痺れ、先ほどのように自由に動かすことはできないだろう。


 防御無視と行動阻害、それが雷魔法の強いところだ。アンリは細かい魔力操作が苦手で、雷魔法の適性がありながら魔力を纏うことしかできないが、素で凄まじい膂力があるため雷の付与効果だけで十分な威力を発揮する。


 アンリは体をよろめかせながら動き出すシルバーウルフを見て、もう一度構えを取る。


「こいつ、私の一撃を受け止めた。雷は効いてるみたいだけど、確かに普通のやつより強い」


「でも、動きが鈍ってる今なら簡単にやれるよ――」


 アンリの隣でウルが呟いたかと思うと、その体がぶれるように消える。姿勢を低くして駆け出したウルは、傷つきながらも闘争心を鈍らせないシルバーウルフへ一直線に突っ込んだ。


 そして交錯の瞬間、ウルを狙った噛みつきを避けると、両手のダガーで突き出された首を斬りつける。


「ギャオオォン!」


「……浅い」


 血を吹き出しながら未だ倒れないシルバーウルフに、ウルはもう一度ダガーを振り抜く。今度は首でなく、守りの薄い眼球へとダガーが突き立った。


「グギャオオォォ!」


 凄まじい悲鳴が上がる。


 ウルは握ったままのダガーをねじり込み、シルバーウルフの頭部を中から破壊する。その瞬間シルバーウルフは倒れ、そのまま二度と起き上がることはなかった。


 敵の排除を確認し、僕とリエッタ、そしてダガーの血を払ったウルは、アンリのもとへと歩み寄る。


「あの魔物、毛の硬さも筋肉の硬さも普通じゃなかった。首を半ばまで切り裂くつもりだったのに、ダガーの刃が入りきらなかった」


「やっぱり……。あれ、たぶん僕がいた谷底の魔物と同じ、通常より強い個体だと思う。……谷から出てきたのか、そもそも他の場所にも存在してるものなのか……と、それより」


 僕は地面にへたり込んで身を寄せ合う、二人の若い冒険者に視線を向ける。


 二人はひどく疲労しているようで、その体も傷だらけだ。しかし、見た限り大きな出血もなく、なんとか無事であることが分かった。


「君たち、災難だったね。あれは新人の手には余るよ。……立てる? 手を貸そうか?」


「いえ。大丈夫、です……!」


 答えた少年は顔をしかめながら立ち上がり、少女も同じくその足で起き上がる。二人は僕たちを見回して少し意外そうな顔をした後、すぐにハッとして頭を下げた。


「――あっ、あの……危ないところを助けてもらって、ありがとうございました……!」


「私たち、あのままだとやられてました……。本当に助かりました……!」


 二人は僕たち、特に直接手を貸してくれたアンリとウルに礼を伝える。


「困ってる新人がいたら、手を貸すのが先輩冒険者ってやつだから。ま、気にしなくていいよ」


「うん。あれ相手によく持ちこたえた方だよ」


「……ありがとうございます! みなさん、あんなに強いからどんな強面の先輩方かと思ったら、俺たちよりちょっと年上くらいなのに……そ、尊敬します!」


 少年は感激したように拳を握り、きらきらとした視線を僕たちに向けてくる。


「俺、ベルっていいます! そこのリンと一緒に今年冒険者になって、一緒に活動してます!」


「あ、リ、リンです!」


「私は『麦穂の剣』ってパーティのリーダー、アンリだよ」


「私はウル」


「リエッタだよ!」


「テイルっていうよ。よろしくね」


「よろしくお願いします!」


 元気のいい二人に癒さる。気持ちのいい新人である。


 と、冒険者の少女――リンが何やら首を傾げる。何かを考えているようで、しかしすぐにハッとした表情で呟いた。


「……『麦穂の剣』って、確か……。……もしかして、あの『竜殺し』パーティの……?」


「えっ! そ、そう言えばそんな名前のパーティだったような……。ま、まさか?」


「――うん、あってるよ。倒したのは、テイル一人でだけどね。ふふふ、私の『麦穂の剣』も有名になったものだね」


「……や、やっぱり! ていうか、倒したのがテイルさん一人でって……と、とにかくすげえ!」


「すごいすごい! 本物の『竜殺し』! 私『竜殺し』のパーティなんて初めて見ました!」


 アンリの答えにベルとリンの二人が大きな声を上げる。興奮したように体を揺らし、みんなや僕を憧憬がこもった目で見てくる。


 今までギルドで向けられた反応は疑いの目で見られるものが大半だったため、素直な二人の言葉が新鮮だ。


 それから、地竜はどんな大きさだったのか、素材はいくらになったのか、自分たちの剣を一度だけ見てくれないかと、質問攻めにされる。まるで憧れの人に会ったような扱いに思わず苦笑いした。二人とも体中に小さな傷があるというのに、それも気にならないようだ。


 しかし、ずっとこうしてお喋りしているわけにもいかない。二人は手当てを受けないと傷が化膿するかもしれないし、僕は僕で倒したシルバーウルフをもう少し調べてみたかった。


 意外と面倒見良く話を聞いてあげているアンリ、ウル、リエッタの三人に、僕はそろそろと伝えようとするが、しかしその時だった。


 先ほどもベルとリンの危機を察したウルが、再び耳をぴくりと動かし、その雰囲気を一変させる。


 僕たちはまた何かあったのかとウルを見る。何も見えない森の深い方を見ていたウルは、やがて視線を戻すと少し緊迫した様子で言った。


「――魔物がたくさん、こっちに向かってる……! たぶんさっきのシルバーウルフと同じ……いや、一体だけ周りより大きいのがいる? ……とにかく、十体以上の規模の群れだよ!」


「……ッ!」


 ウルの言葉に緊張が走る。


 十体以上のシルバーウルフ。それも先ほど同様通常より強力な個体の可能性がある。さらに、一体いるという大きな個体は、おそらくシルバーウルフたちのボス個体……。


 先ほど倒した個体の鳴き声を聞きつけやって来たのか。相手が狼であれば、捕捉されている時点で逃げることはできない。


 また、谷にいた頃とは違って四人での戦闘になるとはいえ、こちらはベルとリンという保護対象を抱えている。気を抜けない戦いになるだろう。


 アンリは戦闘態勢に入りながら、おろおろするベルとリンに視線を向けた。


「さっきのやつが群れで来るなら、私たちにもあんまり余裕はないかも。二人は後ろで大人しくしてて。フォローできなくなるから、離れすぎるのは無しね」


「……は、はい!」


「何度もすみません……気を付けてください!」


 そう言った二人は、ウルが魔物の接近を感知したのと逆の方向へ離れていく。自分に力がないからと、歯がゆそうな表情を浮かべていた。


 その気持ち、僕にはよく分かる。かつては僕もみんなに対して同じ思いを何度抱いたことか。


 しかし、今の僕は違う。『麦穂の剣』の役に立てるし、後輩冒険者の二人くらいは守り切って見せる。


「【具転】」


 土壌から抽出した金属で一振りの長剣を生成する。そして、全力の身体強化で燐気を身にまとった。


 他の三人も武器を構え、魔法陣の準備を整える。


 厳しい目つきで茂みを睨むウルが、おもむろに口を開いた。


「――来る」



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