第15話 肩慣らし、救援
15.
――冒険者の街ブレンでは、新人から中堅まで幅広い層の冒険者が活動している。
冒険者が金を稼ぐ最も一般的な方法は、魔物を討伐してその素材を売ったり討伐任務の報酬を貰うことだ。薬草や鉱石の採取依頼、都市内の雑用依頼もあるが、やはりもっとも人気なのは魔物を狩ることだろう。
そして、ブレン近郊に生息している魔物は、初心者でも狩れる弱いものから、それなりの強さのものまで一通り揃っている。
だから、冒険者になり立ての新人は、素材採取依頼の傍らで弱い魔物を倒して生計を立て、実力が上がるにつれて相手する魔物のレベルを上げていく。そしてそんなステップアップを一つの街の周辺で行うことができるというのが、ブレンを冒険者の街足らしめた理由である。
そんな事情から、古来より冒険者になるならブレンからと言われており、ある程度近い場所で生まれた者はみなこの街で冒険者デビューすることになる。
それは僕たち『麦穂の剣』も同じことであり、かつて村から出た僕たちはこの街で冒険者登録をし、スライムなどの小物討伐を重ねて今に至るという訳であった。
――そして、そんな冒険者としてある意味スタンダードな道を歩んできた僕たちは今、ブレンにほど近い森の中に立っている。
かつて魔物討伐や薬草採取で頻繁に訪れたここは、冒険者の中でも特に若手――木等級や鉄等級の者に人気の場所だ。出現する魔物はゴブリンやキラービーなど倒しやすい種で、魔物討伐のついでに薬草や木の実、キノコなどの採取もできる。
僕たちも冒険者としてある程度の実力がつくまでは、ここでそれなりの間活動していたものだ。
そして、なぜ今さらそんな初心者向けの狩場へ赴いているかというと――
「――テイル、そっちに逃げた二体お願い!」
「任せてアンリ!」
僕は軽く身体強化を使った足で木々の間を走る。視線の先には、小さな人型をした鬼――ゴブリンの姿がある。
背後のアンリたちも多くのゴブリンを相手取っているが、今さら苦戦する相手でもないのでほぼ意識は向けない。
僕は逃げた獲物を仕留めることを優先し、ゴブリンの逃げ足を上回る速度で接近した後、両手で握った剣を背後から首目がけて振り抜いた。
首を落とし倒れ込むゴブリンから視線を逸らし、背後の三人へ目を向ける。そこには、圧倒的な力の差を見せ、ゴブリンの集団を駆逐する仲間たちの姿があった。
「はっ、よっ」
アンリが軽い掛け声とともに大きな両刃の斧を振り回し、近くのゴブリンから鎧袖一触と叩き切っていく。細身のどこにそんな力があるのか首を傾げるほどの剛力だ。
そして、豪快な立ち回りを続けるアンリとは違い、静かに、しかし確実に敵の息を止めているのはウルだ。ウルは両手に一つずつ長めのダガーを持ち、しなやかな無駄のない動きで周囲を駆ける。両手の短剣が閃くたび、ゴブリンが一体、また一体と地に伏せていく。
前衛の二人は一見別々に、しかし分かるものが見ればお互いカバーしていると分かる動きで、数で勝るゴブリンたちを蹂躙していく。
さらにゴブリンたちにとって不幸なのは、仮に二人から逃れることができたとしても、後衛であるリエッタが待ち構えていることだろう。
二人の後ろで杖を構えるリエッタは、体の前で常に五つの魔法陣を展開させ、炎や水の球、風の刃、土の杭など多様な魔法を放つ。ゴブリンを倒すのに過不足ないその攻撃で、前衛が取りこぼした魔物を確実に仕留めていく。
――メンバー全員が十七歳、結成から二年ほどしか経っていない『麦穂の剣』だが、その力は並みの冒険者などとうに越えている。
今僕が倒した二体も、連携確認のため手を抜いた状態で戦っていなければ、三人が取り逃すことなどあり得ない。というか、やろうと思えばゴブリンの二十や三十など一瞬で全滅させられるだろう。
僕は足早に三人のもとへと戻り、遊撃としてリエッタと二人前衛が取りこぼしたゴブリンを狩っていく。
そして、それから大した時間もかけずゴブリンたちの討伐は完了する。およそ三か月ぶりのパーティ戦闘は問題が起こることもなく、極めてスムーズに終了したのであった。
――等級昇格の説明を聞き終えたアンリと合流した後、僕たちは予定通り手ごろな難易度の依頼を見繕いこの森へと赴いていた。
依頼内容は、森にできたゴブリンのコロニーを破壊すること。もちろんそこにいるゴブリンたちの討伐も一緒である。
主に初心者たちが活動するこの森では、ゴブリンとはいえ集団になられると危険な冒険者も多く、こうしてそれなりの等級の冒険者が依頼として対応している。僕たちにとって難易度は高くなく、報酬がそこそこ良いということもあり、『麦穂の剣』再始動の肩慣らしとして受注したわけだった。
戦闘を終えた僕たちは、雑な作りのゴブリン集落を破壊しつつ、死体から討伐証明部位や魔石を集めて回る。
素材回収用の背嚢に採ったものを放り込みながら、アンリが何やら眉をしかめて言った。
「ねえテイル。ギルドで言ってた燐気っていうやつ、何かコツみたいなのない? さっきから試してるけど全くできないんだけど」
「そんなことしてたんだ。うーん、コツか」
僕は初めて燐気を使えた時のことを思い返してみる。確かあれは、多数の魔物から攻撃魔法を使う余裕もないくらいの猛攻にさらされ、何とか身体強化だけで乗り切った時だったか。
あの時の僕は、通常の身体強化では火力も耐久も足りず、魔法ではない魔力操作のみで何とかしようとした。そして、よく分からないうちに体外へ放出した魔力を内と循環させ、外部からも肉体を強化することができたのだ。
体の内と外で魔力を巡らせるのは独特な感覚で、おそらく難易度の高いことなのだろうが、僕の場合は無我夢中で気づいたらできていた。アンリに教えてあげられることもあまりない。
「コツって呼べるようなものはちょっと分からないな……。僕も感覚でやってることだから」
「ふうん。やっぱり普通の身体強化で魔力制御鍛えて、そのうちできるようになるのを待つしかないか」
アンリはさして残念そうでもなく、軽い調子でそう言った。
確かにアンリの言う通り、地道に頑張るしかないのだろう。ただ、身体強化魔法に適性があるアンリのことだ、いずれ燐気も習得することができるだろう。
また、そばで獣耳をひくつかせながら話を聞いていたウルも、僕たちの会話が終わると同時に素材回収に戻っていく。ウルも身体強化ベースで戦うタイプなので気になっていたようだ。
向上心の高い仲間たちに感心しながら僕も作業に戻った。そうして、ゴブリン討伐に使ったのと同じくらいの時間を経て、僕たちはようやく戦闘後の後始末を終える。
僕は空を見上げ、木々の葉から透けて見える太陽を確認した。
「まだ日暮れまで時間はあるけど……どうする? アンリ」
「そうだねー……連携に問題ないことは分かったし、ここの素材で貰えるお金も大したことないからね。今日は早めに帰らない? まとまったお金が入ったことだし、美味しいご飯でも食べに行こうよ」
「確かにテイルが帰ってきたお祝いもしてないし、それがいいかも」
「わっ、テイルくんおかえりなさいの会だね!」
アンリの言葉にウルとリエッタが賛成し、僕もそれに頷く。お祝いされるというのは心苦しいが、しばらくお金には困らないので今日くらいはゆっくりしてもいいだろう。
そうと決まればと、僕たちはさっさと帰り支度を整え、ゴブリンコロニー跡を撤収した。
初心者向けの森ではあるが、一応隊列を組んで帰り道を行く。五感に優れたウルが斥候を兼ねて先頭、その後ろにアンリとリエッタ、そして最後尾が僕といういつもの並びだ。
僕たちは気楽に雑談を交わしながら進んでいく。そこまで大きな森でもないので、さして時間もかからず浅いところまで戻ってくる。
そして、このまま何事もなく森を出て、街へ戻れるかと思ったその時だった。
一番前で周囲を警戒していたウルが、何かにぴくりと反応する。足を止めた後に耳を立て、街があるのと違うで方向へ顔を向ける。
後ろで続いて足を止めた僕たちは、ウルの索敵を邪魔しないように黙る。そしてそれからすぐ、僕たちを振り返ったウルが言った。
「――少し先で、冒険者が戦ってる。明らかに冒険者の方が苦戦してそうで……相手はたぶん、この足音と鳴き声からして狼系統の魔物が一体」
「この森、狼の魔物なんて出たっけ? ……まあなんにしろ、新人冒険者がちょっと強い魔物にあって負けそうになってるわけね。それじゃあ――助けにいこっか」
迷いなく宣言したアンリに、他のみんなが頷く。
アンリが目指すのは、英雄と呼ばれるような冒険者――すなわち、弱きを助け強きを挫く、そんな存在だ。いつもは気分屋なところがあるアンリだが、こういった状況で助けられる命を見捨てる少女ではない。
僕たちは緩んだ気を引き締めなおすと、ウルの先導に従い森の中を駆け始めた。獣人であるウルのみに聞こえる音を辿り、僕たちは木々の隙間を走り抜ける。
そうしてある程度の距離を移動したところで、やがてウル以外の耳にも
焦り、必死に抵抗するような声が二つ。まだ若い少年と少女だろう。足で地面を激しく蹴る音や、剣を打ち合うような音も聞こえてくる。状況はかなり切迫しているようだ。
僕たちはさらに急ぎ、行く手を遮る草を斬り払って、とうとうその現場へ到着する。
視線の先、森の中の少し開けた場所では、見るからに見習い冒険者といった少年少女二人が、一体の狼に取りつかれながら必死に抵抗している。
狼の体毛は銀色で、僕が谷底で何度も相手にしたシルバーウルフだと分かる。討伐推奨等級は鉄等級――すなわち鉄等級冒険者が一対一で戦ってやっと勝てるような魔物だ。早く助けに入らないと、おそらく木等級であろう少年たちに勝ち目はない。
アンリやウル、そしてリエッタはすぐに戦闘態勢に入り、危機にある冒険者を助けようとする。
――しかし、その一方で。
僕は目の前にいる魔物を見て、その発する魔力を感じて、ただ驚いていた。
なぜこの魔物がここにいるのか。なぜあそこから出てきているのか。
――このシルバーウルフから感じる、独特な魔力の波動……。重苦しい圧迫感と、暴力的なとげとげしさ。
間違いない。この魔物は――
――こいつは、あの谷底にいた魔物だ。
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