第13話 悪癖、黒の決意
13.
やがて話を切り出せないまま、僕たちはブレン支部のフロントまで戻って来る。朝ここへ来た時より冒険者の数は増えており、姿を現した僕たちを見た周囲が少しざわついた。
――さっきもそれなりに注目を浴びていたけど、もっと酷くなってる。昨日ここにいた人が他の人にも話したんだろうな。
僕は冷静に分析する。先ほど応接室でも言われたことだが、これから『竜殺し』としての名が広まるにつれ、こういったことは増えていくだろう。それこそギリアンさんの言う通りちょっかいをかけてくる不届き者が出てくるかもしれない。
しかし、いまはその懸念は置いておく。どうせそれが起きたとして、その場で対応するしかないのだ。
そんなことよりも今すべきことは……。
僕は依頼掲示板へ向かおうとした二人を制止し、テーブルと椅子が並んだ休憩スペースを指差す。
「二人とも、ちょっといいかな。依頼を選ぶ前に――今から、大事な話をしたい」
僕の真剣な表情に何か察したのか、二人は戸惑いながらも素直に頷く。僕についてテーブルまで歩き、三人で腰を下ろした。
二人は僕の言葉を待ち、静かに視線を寄越してくる。
――さて。ここまで来てためらっていてもしょうがない。僕の感情なんて置いておいて、いよいよ腹を括るしかない。
僕の言葉を聞いて、二人からどんな言葉が返ってくるのか。それを思うと口が重くなってしまうが、しかし僕は意を決する。
ウルとリエッタの顔をじっと見つめ、そして僕は口火を切った。
「――みんなに、謝ることがある」
「テイルくん?」
心配そうに顔を覗き込むリエッタ。ウルからも困惑と気遣いがこもった視線を感じる。
そんな優しい二人にだからこそ、僕は心の底から謝らないといけない。きちんと罪を告白し、許しを請わなければいけない。
僕はウルとリエッタに対し、できる限りの誠意を込めて頭を下げた。
「ウル、リエッタ、本当にごめん。――――ッ……三か月前、僕は崖から落ちてみんなの前から姿を消したけど……あれは、実はパーティから抜けるために、自分からわざと足を踏み外したんだ」
「え……?」
二人は僕の言葉を聞いて驚きに目を見張る。本当に申し訳ないという気持ちで胸をいっぱいにしながら僕は続けた。
「あの頃、僕は何度かパーティを抜けたいって相談したよね。僕だけ実力が足りていないから、足を引っ張って誰かの命を危険にさらす前に辞めたいって。でも、優しいみんなは僕だけいなくなることを認めてはくれなかった。だから……僕は事故で命を失ったふりして姿を消そうとしたんだ」
「失敗して本当に下まで落ちたんだけどね」と自虐する僕に、ウルとリエッタは何か言いたそうに口を開けようとする。しかし僕はそれを制止し、もう一度しっかりと頭を下げた。
「本当に、申し訳ないと思ってる。みんなの気持ちを踏みにじった独りよがりな行動だった。僕のために心を痛めてくれることくらい分かってたけど、それ以上の傷を残すなんて思ってもみなかったんだ。許してくれるかなんて分からないけど……それでも、ごめん――」
二人が息を呑む音が聞こえる。しかし、まだ何か言葉を発することはない。僕は何か反応があるまではと、せめて誠意を込めて頭を下げ続ける。
そうして、どれくらいの時間が経った頃だろうか。最初に口を開いたのは、いつも誰よりもパーティの雰囲気を気遣ってくれているリエッタだった。
「……テイルくんは、またそうやってひとりで悩んでたんだね。……ううん、そうじゃないか。なんどもわたしたちに相談してくれてたのに、それを真剣に考えていなかったのはわたしたちなんだ」
リエッタはそう言うと、その大きな瞳に次第に涙をためる。驚いて顔を上げた僕の両手をぎゅっと握ると、リエッタはなんと僕の代わりに頭を下げた。
「ごめんね、テイルくん……! もっと……もっとわたしたちもテイルくんの言葉を真剣に考えて、がんばって特訓つけてあげるとか、そういうこともすればよかったんだ……。いろいろできることはあったはずなのに…………だから、悪いのはテイルだけじゃないよ……! 謝らなきゃいけないのはわたしたちも同じだよ!」
「リエッタ……」
「テイルくん、きっとこのことを打ち明けるのにすごい悩んだんだよね。……怖かったんだよね。でも、正直に言ってくれた。わたし、こんなことでテイルくんのこと嫌いになったりなんかしないよ……! ほかのみんなもきっとそう。ウルちゃんだってそうだよねっ?」
「――私は……」
リエッタに振られたウルは、一度うつむいてから顔を上げ、じっと僕に目を合わせる。何かをためらうように開いた口を閉じるが、しかしその心の内を声に出してくれる。
「私も、テイルに怒ったりはしてない。リエッタの言う通り私たちにも非があるし、テイルを責めたりする資格はない。でも…………私はただ、悲しく思うよ」
「悲しい?」
僕はウルの言葉に疑問を返す。それに対し、ウルはこくりと頷いた。
「そう。私は悲しい。だってテイル、きっと今回のことは、自分が一番悪くて私たちを傷つけたことを心から申し訳ないと思ってるけど、それでも――――もし過去に戻ってやり直せるとしたって、きっとまたあの崖から落ちるでしょ」
「それが分かるから、私は悲しいの」と、ウルは悲し気に言った。
僕は思わず核心を突かれた思いだった。幼い頃から僕をよく知るウルの言葉は、もはや問いかけではなく確信している言い方だ。そして、それは事実彼女の言う通りでもあった。
――きっと僕は、現在の記憶を持ち越してもう一度あの選択を行えるとして、その時は再び――――自ら谷底へ落ちることを選ぶだろう。
「……確かにウルの言う通りだよ。僕は自分の行いが罪だと思ってるし、みんなから与えられる罰はなんでも受け入れる。でも、あの時の行動が間違っていたとは思ってない」
僕はまるで自分の罪を告白するように続ける。
「あの時の僕は、いまと違って明確にみんなより劣ってた。みんなのフォローとして動くことでなんとか誤魔化してたけど、いつその綻びから事故が起こるか分からなかったんだ。もしそれで僕以外が死んでしまうことになるくらいなら――僕はやっぱり、みんなを傷つけてでも、無理やりパーティから離れることを選ぶと思う」
「…………やっぱりテイルは、そうやって一番大事な決断をいつも一人でするんだね。もちろんそこに行きつくまでに相談してくれるし、ちゃんと応えられなかった私たちが悪いのは自覚してる。でも、最後の最後に頼ってもらえないのはやっぱり……寂しいよ」
「ウル……」
感情をこぼすように呟いたウルは、頭上の耳を下げ、顔を浅くうつむける。ストレートの黒髪が垂れてその瞳を覆い隠してしまう。
僕は自分が悪いと分かっていながら、それでもこの性質を変えるなどと無責任に言えず、掛ける言葉も思いつかない。めったに見ない落ち込んだウルに、リエッタもおろおろと慌てるばかりだ。
そうして、気まずい沈黙がこの場を支配したかに思えた、その時だった。
――ウルの、黒くてつややかな毛に覆われた耳がぴくりと動く。視線を向けると、まるで何かを決心したとばかりに、両耳が力強く立ち上がったのが目に入る。
そして、気づけばウルはその顔を上げ、覚悟を感じさせる視線をただ僕だけに向けた。
「――決めた。私が変える」
「……え?」
「私が変えてみせる。テイルのその悪癖、私が治してみせるよ。――もしうまくいかなくて、いつか決定的な瞬間が来たとしても……自分だけ助かってテイルがいなくなるくらいなら――私も、一緒に地獄までついていく」
呆気にとられる僕とリエッタに、ウルは普段はあまり見せない感情を露わにした顔をする。いつも冷静で、僕たちをたしなめる大人な少女が、今は強い覚悟を持って言う。
「別に、テイルが気にすることは何もないから。私が決めたことで、テイルに直接なにかお願いすることはしない。強いて言うなら、これは私が私自身に立てた誓い。だから――」
ウルは今まで見た中で一番強く、そして綺麗な笑みを浮かべて言った。
「――どうにもならない時が来たら……その時は、一緒に死のうね、テイル」
そんなウルに僕ができたのは、ただ、ゆっくりと頷いてみせることのみであった。
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