第12話 昇格、銀等級

12.


「僕たちを売り出す、ですか」


 気になる言葉に反応した僕に、職員は慌てた様子で手を振った。


「ああ、勘違いしないでくださいね。別にあなた方を利用して何か面倒ごとを背負い込ませようとか、そういったことは考えていないです。ただ、ブレンから新たな英雄が現れたことをアピールして、都市経済を活性化させたり、ギルドの立場向上を図ったりと、そういうことを考えているだけですから」


「お前らの名声が高まる中で、勝手に馬鹿なやつが寄ってくることはあるだろうが、そんくらいは自分らで何とかしろ。それだけの力があることはさっき確認させてもらったからな」


「そう、ですか。あまり派手にしてほしくはないですけど、それくらいなら」


 僕は二人の言葉に納得する。要は冒険者ギルド・ブレン支部の力を対外的にアピールして、ブレン支部や都市ブレン自体の価値を周囲へ喧伝するということだろう。


 どうせ地竜の素材が市場に出回る時点で、その出所や討伐者の情報も各所から探られるわけなので、ブレン支部から言ったとしても結局は同じことだ。


 ギリアンさんの言う通り面倒な手合いに絡まれることもありそうだが、僕もみんなも有象無象にどうにかされない力はあるつもりだ。他の三人が納得しないならともかく、いま反応を見る限りこれくらいなら受け入れてくれそうである。


 ギリアンさんは僕たちの様子を見て満足げに鼻を鳴らす。それから、なにやら顎で指図された職員が机上の書類を持って言った。


「では異論はなさそうなので、地竜の回収が成功した時は別途話をさせていただければと。……さて。では素材買取の話が終わったところで、次は『竜殺し』という功績の話に移りましょうか」


「おう、冒険者等級の話な」


 職員はこくりと頷き、僕に視線を合わせて言った。


「鉄等級冒険者のテイルさん。あなたは地竜の素材確保という功績をもって等級を昇格とします。なので、あなたは本日から――――銅等級冒険者です」


「――……昇格、ですか?」


 唐突な話に少し面食らう。


 しかし、確かに僕が銅等級へ昇格するための条件は、残すところ『冒険者ギルドが指定する功績を上げること』だけであった。極めて希少な地竜の素材をギルドへ供給したことが功績になるのであれば、銅等級へ昇格することも可能なのだろう。


 しかし、どうにも違和感が残る。僕の知る限り、依頼外で素材納品で等級が上がった事例は聞いたことがない。


 そんな僕の内心を察したのだろう。面倒そうな顔をしたギリアンさんがぞんざいに手を振り言った。


「まあ、お前の予想通りだ。これはさっき言った『竜殺し』としての栄誉に関わる話だ。――要は、我がグラン支部が誇る英雄サマが、木っ端みてえな鉄等級冒険者だと恰好がつかねえんだよ」


「体裁のための昇格、ということですか」


「悪く言やあな。ただ、お前が銅等級程度の実力は間違いなく持ってるからやることだ。別に下駄履かせてる訳じゃねえからいいだろ」


「そう言ってもらえるなら……僕としても不満はないです」


「――よし。そんじゃあそこの書類にサインしろ。それで新しい冒険者証を渡せばお前は晴れて銅等級冒険者だ」


「こちらに」


 僕は職員から差し出された紙とペンを受け取り、ざっと内容を読む。銅等級になって得られる権利と負わなければならない義務が記載されているようだ。特に問題ないことを確認し、サインを書いて職員へと手渡した。


「はい、ありがとうございます。ではこちらが新しい冒険者証です。現在のものと交換になります」


 僕は受け取った冒険者証を眺める。見た目はいままでのものと特に変わらない、真鍮製のタグのようなものだ。しかしそこには確かに『銅等級冒険者 テイル』という文字が彫り込まれている。


 冒険者証についたチェーンに首を通し、タグを上着の下へとしまう。服の下でかちゃりと金属がこすれる音が鳴った。


 ――木等級、鉄等級ときて、とうとう僕は銅等級冒険者になったらしい。これで晴れて中堅冒険者の仲間入りというわけだ。……通常の昇格依頼を受けずになので、何だか実感は湧かないけれど。


 どちらかといえばまだ困惑の思いが強い僕に、周囲から声がかけられる。


「銅等級昇格おめでとう、テイル」


「これでテイルも私たちと同じだね」


「よかったね! テイルくんずっと自分だけ鉄等級って気にしてたもん!」


 アンリ、ウル、リエッタの三人から祝福の言葉をもらう。みんなの言う通り、これで『麦穂の剣』のメンバー全員が銅等級冒険者となった。等級の面でみんなに並ぶことができたことは、確かに喜ばしい限りである。


 しかし、話はこれで終わりではなかった。


 賑やかに祝われる様子を見ていた職員は、次いでもう一枚書類を差し出し僕たちの前へ置く。そして、今度は僕ではなくアンリへ視線を合わせる。


「――最後にいいでしょうか、銅等級冒険者パーティ『麦穂の剣』のリーダー、アンリさん。あなたのパーティには今回テイルさんが挙げた功績をもって――」


 そして、告げた。


「――銀等級の冒険者パーティへ、昇格していただきたい」


 ――その言葉に、僕たちはもう何度目かの驚きに目を見開いた。


 冒険者パーティの等級――それは冒険者個人の等級と近い意味を持つ概念だ。冒険者等級が個人の戦闘能力や依頼遂行能力を示すとすれば、パーティ等級はパーティを総合的に見て判断した能力ということになる。


 なので、僕たちのようにメンバー全員が銅等級であるパーティでも、そのチームワークによって個人の等級以上の働きができる場合、銀等級に昇格できる可能性はある。


 ――しかし、さすがに今回のこれは自然な話ではない。銀等級の壁・・・・・をこうもやすやすと乗り越えられるなど。


 冒険者の間では常識ともいえることだ。銅等級から銀等級へ昇格できる冒険者やパーティは本当に数が少ない。


 一般的に、銅等級は才能のない冒険者が辿り着ける最高の等級と言われていて、ベテランとして扱われる最低限の能力を備えている証だ。ではその次の銀等級はというと――等級が一つしか変わらないにも関わらず、もはや一流の冒険者として名を知られるレベルなのである。


 決して冒険者になって一、二年の若手が至れる等級ではないはずなのだが。


「――ふうん。それも『竜殺し』が所属するパーティとしてふさわしい等級に、ってこと?」


「……はい、その通りです。テイルさんの功績はパーティの功績という論理ですが、すこし理由が苦しいところは目をつぶっていただければと。ただ付け加えるなら、あなたたちはもともと将来を嘱望されているパーティで、そう遠くないうちに銀等級に昇格すると見込まれていましたよ」


「へえ、そうなんだ」


 アンリが満更でもなさそうに呟いていると、興奮した様子のリエッタが声を上げる。


「――す、すごいよ、わたしたち! おなじくらいの歳で銀等級なんて聞いたことないかも!」


「確かに、相当なスピード出世なのは間違いないよね。それなりの特権もあるだろうから美味しい話なんじゃない?」


 ウルはそう言って、判断を促すようにアンリへと視線を向けた。そして、僕も含めてこの場のみんながアンリへと目を向ける。


「――それじゃ、まあ。その昇格、ありがたく受け入れちゃおうかな。これで『麦穂の剣』の名声も上がるわけだし」


 アンリは僕たちに異議がないことを確認し、目の前の書類に手を伸ばす。それから、さっさとサインを書いて職員へと手渡す。


 受け取った職員は内容に不備がないことを確かめ、ゆっくりと頷いて見せた。


 ――こうして、僕たち『麦穂の剣』は高位の冒険者パーティ――銀等級への昇格を果たした。メンバーの年齢と冒険者歴を鑑みても異例のスピード昇格であった。




 満足げな様子で書類を机に置いた職員が、僕たちに視線を向ける。


「それでは、これにて書類の受理を完了とさせていただきます。あなた方は今を持って、全員が銅等級冒険者で構成された銀等級冒険者パーティです。……さて、それではパーティの等級昇格に伴う説明に入らせてもらいましょうか。銀等級からは考慮事項が増えてくるので、ギルド職員が直接説明することになっているんです。だいたいのパーティはリーダーのみ残って他の方は帰られてしまいますが、あなた方はどうしますか?」


 この問いかけに僕たちは顔を見合わせる。


 確かに細かい話が嫌いな冒険者というのは多く、たいていの場合はリーダーが話を聞いていれば問題ないのでそうなってしまうのだろう。


 普段であればこういう類の話を僕が聞かないことはないのだが、しかし今この時に限っては……。


 ――……これは、アンリ抜きで話をするチャンスか。アンリには悪いけど、僕たちだけ先に抜けさせてもらおう……。


 僕は少し考えてそう決めると、早速とばかりにアンリに了解を取ることにする。ちょうど今日は四人での活動再開の肩慣らしに軽い依頼でもと話していたので、それを言い訳に使おう。


「アンリ。僕たちは先に出て午後の依頼を見繕っておこうと思うんだけど、問題ないかな」


「あれ、テイル聞いてかないの? 珍しいね。まあ、別に構わないよ」


 そうして特に反対もされず、僕はウル、リエッタと連れたって席を立つ。この場に残るアンリたちに見送られ、応接室を出た。ウルとリエッタは僕の言い訳を疑うことなく、どんな依頼がいいかと後ろで話しながらついてくる。


 ――さて。等級昇格というめでたい話題の後に待っているのは、アンリの異変と僕の犯した過ちの話、か。どちらも重たい話題だけど、僕たちがまた四人で活動していくために避けては通れない。


 僕は表情も明るくついてくるウルとリエッタを見ながら、なんと話し始めたものかと頭を悩ませ始める。



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