第11話 腕試し、燐気

11.


 おそらく戦闘などからきしであろうギルド職員は、ギリアンさんの隣で顔を青ざめさせている。アンリ、ウル、リエッタの三人も程度の差こそあれ、ギリアンさんに脅威を感じて気圧されながら身構えていた。


 この応接室で平時と様子を変えずにいるのは、気迫の源であるギリアンさん本人と、谷底の生活で魔物たちが放つ強い魔力への耐性を身に着け、自身の魔力もずいぶん増強させた僕だけである。


 体表に圧縮した自身の魔力を薄く張り巡らせ威圧をレジストする僕を見て、ギリアンさんは意外そうに片方の眉を上げる。


「――中々やるじゃねえか。……俺みたいな高位の戦士は身体能力だけじゃなく魔力も鍛えてる。それを、俺の三分の一も生きてねえような小僧が完全に防ぎやがるとは」


「褒めてもらえて光栄です。……この威圧、解除してもらっても?」


「ふん、いいだろう。お前らの実力もなんとなく分かったしな」


 ギリアンさんは鷹揚に頷くと、体から放出していた魔力を止める。同時に応接室に満ちていた重苦しい空気が消え去り、みながほっと息を吐くのが聞こえた。


「し、支部長、やるなら一言でも言ってからにしてください。私戦闘職じゃないんですからいつか心臓が止まりますよ」


「うるせえな、止まってねえじゃねえか。なら問題ないってこった。……あー、ところでお前、テイルつったか?」


 職員へおざなり対応したのち、ギリアンさんが問いかけてくる。


「かなり魔力がありそうだが、武器も持ってねえし魔法職か?」


「いえ。魔法は使いますが剣士も兼ねてるので、純粋な魔法職ではなくて魔法剣士です」


「お、近接も行けるクチか。じゃあ、とりあえずお試し――――だなッ!」


「な」


 突如、眼前で凄まじく強烈な存在感が立ち昇った。その出所は全身に薄赤い魔光を纏ったギリアンさんだ。


 ギリアンさんはにやりと野性的な笑みを浮かべると、僕の前でおもむろにソファから立ち上がる。そして軽く腰を落とし、ぐぐと膝をたわめる。


 そして、わずかな間を経て――――足に貯めた力を解放したギリアンさんは、驚異的な瞬発力で突如僕に向かって飛び出した。


 丸太のように太い足は僕たちの間に置かれた高そうなテーブルを踏みつけ、少しも耐えることなく真っ二つに割ってしまう。そして踏み出しの勢いを余すことなく、そのごつごつとした岩のような拳が僕目掛けて振りぬかれた。


 ――速い……! 避けようにも左右のアンリやリエッタが邪魔で間に合わない。なら――


 僕は身体強化を使ったギリアンさんに対抗するように、反射で魔力を全身に巡らせ、ソファから離れて中腰で立つ。刹那、白光を纏った僕が、迫りくる拳を構えた手のひらで受け止めた。


 ――バシイッ! と、人の手同士がぶつかったとは思えないような音が響き渡る。


 遅れて、衝撃が風となって応接室の中を荒れ回った。並みいる面子は吹き寄せる風に顔を手で覆っている。


 お互い力を込めても腕が動かないことを確認し、僕とギリアンさんは互いを見合う。何をするのかと非難を乗せた視線を飛ばせば、おもむろに身体強化を解いたギリアンさんがその腕を引く。


 ――そして、次の瞬間。ギリアンさんは大口を開けて呵呵と大笑した。


 僕たちが呆気に取られていると、ギリアンさんは足元に転がる割れたテーブルを蹴とばし、対面のソファーにどかっと腰を下ろす。なんてことをと言いたげな職員を無視したギリアンさんは、部屋に入ってきた時が嘘のように上機嫌で笑った。


「がはははは! テイルお前、やるじゃねえか。まさか燐気まで使えるとはな! こりゃあ地竜を倒したってのも案外ほんとの話か?」


「……燐気?」


「おうよ。なんだ、知らずに使ってたのか? 俺もお前も、全力で身体強化すると魔力の光が体を覆うだろ? それが燐気だ」


 そう言ってギリアンさんは身体強化を発動する。途端に全身を覆う赤光が部屋の中を照らした。自分の光を眺めるように腕を体の前で持ち上げ、彼は言った。


「こいつは、常人を超える練度で身体強化できてる証だな。普通の身体強化は体内で魔力を循環させて身体能力を上げるが、こいつは体の外部にも循環させることで強化の度合いを跳ね上げるんだ。体の外に出した魔力を巡らせ、また中に戻してと、魔力制御に熟練した者しか扱えねえ身体強化の奥義みてえなもんだな」


「体表を循環する身体強化の魔力、それが燐気……」


「ま、すでにできてるお前にいまさら講釈垂れることじゃねえが」


 強化倍率を上げるために谷底で試行錯誤を繰り返し、感覚的にギリアンさんの言う方法へと辿り着いたのだが、まさかこれが身体強化の奥義として扱われている技術だとは。


「へえ、そんな技術があるんだ。テイルがそんな凄いの使えるようになってるなんて……。私もやってみたいから今度教えてよ」


「私も一緒にお願い」


 アンリとウルの二人は前衛として身体強化を使っているので、燐気を扱えるようになれば確かにその恩恵は計り知れない。まさかこんなことで二人の役に立てるとは、この三か月の思わぬ成果だ。


 僕は二人に頷いて見せ、そしてギリアンさんとの会話に戻るべく視線を戻す。


「それで、さっきのが腕試しのつもりだったのかもしれないですけど、これで認めてくれたんでしょうか? ……僕が、地竜を討ったということを」


「まあ……さすがに燐気だけで高位の竜をやれるとは思えねえな。ただ、お前から嘘吐いてるような雰囲気は感じねえし、そんな器でもねえようだ。おそらく燐気以外にもなんか手札があるんだろうよ」


「支部長、それはつまり……!」


「ああ。この俺、冒険者ギルドのブレン支部長たるギリアンが認めよう。――鉄等級冒険者のテイルは、確かに『竜殺し』たる器を持っている」


 ギリアンさんの言葉に、僕を含めすべての者が息を呑む。


 ギリアンさんが言った、僕を『竜殺し』として認めるという言葉。それはつまり、冒険者ギルド・ブレン支部としての公的な解釈ということだ。すなわち、地竜を自身の力で討伐したという扱いで、その栄誉も報酬もすべて正当に支払われることになるとギリアンさんは言ったのだ。


 僕はギリアンさんではなくギルド職員の男に向けてたずねた。


「ギリアンさんはこんなこと言っていますが、いいんですか? 確証があるわけじゃないですけど」


「……支部長が決められたのだから、それがブレン支部としての最終判断ですよ。この人、いくら言っても聞きやしないですからね。ただ、その判断の正しさには私も信用を置いています」


「おうよ! 俺の言うことはそうそうハズレねえぞ。さて……そうと決まりゃあ話を進めようぜ」


 ギリアンさんは職員へと視線を向け何事か促す。職員はため息を吐いて頷くと、ソファから立ちあがり部屋の隅から折りたたみ式のテーブルを持ってくる。そしてそれを手際よく設置すると、先ほど持ってきていた布袋を手に取り、口を開けて中身を取り出した。


「こちらは、テイルさんがギルド買取を希望した素材の代金――その前金になります」


「……えええ! こっ、これで前金なの!?」


 テーブルに積まれた金貨を見て、リエッタが大きな声を上げた。僕もアンリもウルも、みなが一様に驚きの表情を浮かべている。


 ――前金だけで金貨が……二十枚。これだけで小さな家なら建てられるじゃないか。


 高額で売れるだろうと思ってはいたが、僕の想像を超えた金額には驚きを禁じ得ない。


「買取希望の素材は地竜の鱗が二十枚と爪が三本でしたので、ひとまずこれだけお渡しします。残りはより正確な査定後、各所と連携を取ったうえで価値を算定し、前金との差額をお渡しさせてもらいます」


 「最低でも金貨四十枚にはなる想定です」と、職員はそう締めくくる。机に並べた金貨を僕たちの前で数えて見せ、確かに二十枚あることを確認して袋に戻すと、そのまま僕たちへ手渡してくる。


 手に取った袋にずっしりとした重さを感じる。僕はさすがに多少顔を引きつらせながら、パーティリーダーであるアンリへと金貨の入った袋を渡した。


「……これ、ひとまずアンリに預けるね。あとで分配しよう」


「テイルがひとりでやったんだからテイルのでいいんじゃない?」


「僕はこれでも『麦穂の剣』の一員だから。みんなと過ごした冒険の日々がなかったら地竜も倒せてないし、これはパーティで分け合おう」


「まあ、テイルがいいって言うならそれでいいけどね。どうせ私のお金もテイルのお金みたいなものだし」


「……」


 アンリの発言に引っかかるものを感じつつも、僕たちは複雑な表情をするにとどめる。


 改めて前に向きなおった僕は、詳細な話を聞こうと職員へ問いかける。


「素材買取の前金、金貨二十枚。確かに受け取りました。それで、残りのお金の受け取りはいつになりそうですか?」


「そうですね……確約はできませんが、だいたい一週間から二週間ほどを見ていただければ。決まり次第、またギルド内で声を掛けさせてもらいます」


「分かりました、お願いします」


「はい。……他にお金の話と言えば、地竜の死骸の取り扱い、ですね」


 職員は視線でたずねるようにギリアンさんの顔をうかがい、頷きが返されたことを確認して言った。


「テイルさんに聞いた谷に残されている地竜の死骸、その所有権をどうするかという話です。現在ギルドからの依頼で複数の冒険者が偵察と、死骸が残っていれば回収を行う任務についています。無事地竜の死骸が街に運び込まれた暁には、回収にかかった費用を差し引いた残りはテイルさんのものとなります。その後、できるだけ多くの素材はギルドにて買取させていただければこちらとしては嬉しい限りですけどね」


「……! 置いてきた死骸まで、僕たちのものになるんですね」


「はい。通常の魔物なら、持ち帰ることができなかった分は他の者に持っていかれても文句を言えないのは周知のことですが、今回に限っては話が変わってきます。というのも、竜というのはその素材の貴重さもさることながら、冒険者にとって大きな意味を持っています。――それはずばり、『竜殺し』としての栄誉です」


 職員は丁寧に教え聞かせるように話を続ける。


「竜というのは魔物の頂点に立つ存在――それを討伐するというのは、単に強い魔物を倒したというだけでなく、冒険者として頂点に近い力を持っている証明になります。この栄誉を騙ること、そして横から関係ない者がかっさらおうとすることは、我々ギルドが全力で阻止します」


「――ま、要するにだ。お前らをこの都市きっての冒険者――『竜殺し』として売り出していくにあたって、外から余計な手出しをするやつは許さねえと、そういうこったな」



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