第8話 宿、夜中
8.
暗くなった通りを、僕たち『麦穂の剣』の四人が歩いている。
すでに人通りは減ってきていて、魔法灯が照らす道を行く人影はあまりない。
僕はギルド近くの出店で買った肉を挟んだパンを頬張りながら、隣を跳ねるように歩くリエッタを見た。彼女の強い希望もあって繋いだ手が、楽し気にゆらゆらと揺られている。
「――だから、今日はあたらしく部屋を借りないとね!」
「……ん、ごめん。何の話だっけ?」
「宿のお部屋のはなし! もう、テイルくん聞いてなかったの? テイルくんの部屋は引き払ってるから、もう一度借りなおさなきゃって言ったの!」
「ごめんごめん、今夜僕が寝るところを心配してくれてたんだね」
ぷんぷんと膨れて見せるリエッタに僕は口元をほころばせる。こんな何でもないやり取りですら、三か月も人と離れていた僕には楽しい。相手が誰よりも互いを知る彼女たちであればなおさらだ。
僕はすぐ機嫌を直して話しかけてくるリエッタとの賑やかな会話を楽しむ。
――でも、唯一気になることがあるとすれば、なんというか……やけにべったりしてくるな……。
僕はもはや腕をとって抱き着くように歩いているリエッタに苦笑する。以前からどこか甘えたなところのあったリエッタだが、再会してからはエスカレートしている気がする。長い間会えずにいた寂しさゆえだろうか。
まあ少しすれば落ち着くだろうと、僕はあまり気にしないようにする。それに、こういう時はだいたい大人な彼女が――
「――リエッタ、べたべたしすぎ。私たちもう十七歳だよ。はしたない」
「え~、でも」
「まだ周りに人もいるんだから。もうギルドで十分くっついたでしょ」
「はあい」
後ろから声をたしなめるウルに、リエッタは僕の腕から離れる。まだ手は繋いだままだが、これくらいなら許容範囲だろう。
僕は肩越しにウルを見て、視線で感謝を伝えた。
「テイルも、あんまりリエッタを甘やかしすぎないこと。もう小さい子どもじゃないんだから」
「おっと、僕にも……。分かった、気を付けるよ」
「うん」
やはりウルはしっかりしている。以前と同じ大人な態度は、パーティを引き締める意味でとても頼りになる。
そして、規律を正してくれるウルに感謝して前に向きなおったその時。くいっと服の上着が後ろから引っ張られる感覚に、僕は思わず視線を向ける。
目に映る上着の裾は、背後から伸びた手に遠慮がちに掴まれていた。その手の元を辿って視線を移動させると、先ほど僕たちに節度を語って聞かせたウルその人が、少し頬を赤くしてそっぽを向いている。頭上に生えた三角の耳がぴくぴくと動いている。
僕は思わずふふっと笑って前を向いた。口ではああ言っていたが、ウルもきっと寂しかったのだ。僕もそうだったのだから気持ちはよくわかる。
照れ屋な彼女には何も言わずに、僕はリエッタと会話を続けながら宿への道を進んだ。黙り込むウルとは違い、その隣のアンリも一緒になってお喋りする。
そうして久しぶりの会話を心から楽しんでいるうちに、気づけば僕たちは一軒の宿屋の前に着く。この街で冒険者を始めてからずっと使っている良心的な値段の宿だ。
ギルドからは少し離れているが、きれいな部屋のわりに新人でも払えるくらい料金が安く、おまけに美味しいご飯が食べられる酒場兼食堂が併設されている。
三か月前と変わらぬ佇まいに感慨を覚えながら、入口の扉を開けて中に入る。それから、受付にいる女将に久しぶりだと驚かれながらも会話して、無事に今日泊まれる部屋を手配してもらった。
僕たちは階段を上って階を移動し、それぞれの部屋の前で分かれる。部屋割りはこれまでと同じく、僕で一部屋、他三人で一部屋だ。リエッタからは「今日くらいいっしょに寝ようよ」とねだられるが、またウルに叱られて諦めていた。
そうして、僕は三人との交流を思い返して温かな気持ちになりながら、自分の部屋に入ってベッドに腰かける。ちょうど三か月前に使っていたのと同じ部屋が空いていたようで、この光景とも久方ぶりの再開だった。
――それにしても、今日はずいぶん疲れた。地竜との戦闘に街までの移動、ギルドでもいろいろ手続きがあったし……。
たまった疲労が眠気を誘発する。僕はあくびをして出た涙を手で拭った。
明日もギルドに行って残りの手続きを行わないといけないので、今日は少し早いが寝てしまうのがいいだろう。
そうと決まればと、僕は水魔法で手早く体を清め、女将にお願いして借りた服にそでを通す。身ぎれいになったら、あとは眠りにつくだけだ。
僕はベッドに乗って横たわり、久しぶりのまともな寝床に感謝しながら目を閉じた。
そうして、僕の意識はやがて心地よい眠りの底へと落ちていく。
半分眠った頭の中で、三か月の辛い生活が今日という素晴らしい一日の記憶で上書きされていく。それに、魔物の襲撃を警戒せず安心して眠れるのはいったいいつぶりだろう。
温かい湯に全身を揺蕩わせるような心地がする。そして、時間の感覚もあいまいに無防備な眠りへと落ちてからしばらく。
――ほとんど沈んだ意識の端で、僕は部屋の扉が開く音を捉える。
わずかに意識が浮上する。かつかつと床板を叩く音はベッド脇まで寄ってきて、僕の頭の横辺りで止まった。敵意は感じない。いったい何だろうか。
僕は半分寝た状態のままほとんど無意識に目を開け、そこにあったものを視認した。――そして、一気に意識が覚醒する。
僕は驚きに支配されたまま口を開き、視線の先にいた少女へ言った。
「――アンリ? どうしたの、こんな夜中に……」
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