第7話 再会、抱擁

7.


 ――僕たち四人は、子どものころからいつも一緒だった。


 僕たちが育ったのは、この国にいくつもある小さな村の一つだ。村人たちはみな農作業や猟で生活の糧を得る平和で退屈な村だった。


 そんな場所で暮らしていた僕たち四人は、同世代の子どもということで気づけば自然と一緒に過ごすようになった。自然にあふれたところだったので、村の中はもちろん、山に川にとみんなで冒険したものだ。


 そして、そんな僕たちが好んでいたことが他にもある。昔冒険者をやっていたらしい僕の父から現役時代の冒険話を聞くことだ。


 僕たちはよく父に話をねだっては、手に汗握るような冒険の話に瞳を輝かせた。


 そして父の影響か、自分たちも冒険者になろうと言い始めたのは、たしか幼いころから才能の片鱗を見せていたアンリだったろうか。


 アンリは小さなころから村で一番の力持ちだった。大人も含めて単純な力比べで敵う者はおらず、そのために周りから避けられていたように思う。実の両親からも良く思われていなかったようで、特に偏見なく接する僕や僕の父によくなついていた。


 ウルとリエッタもすこし変わった境遇の子で、親が元冒険者という村では珍しい子どもだった僕含め、自然と変わり者四人で一緒にいることが当然になっていった。


 そうして、僕たち四人はなにをするにも一緒で、むつまじく楽しい日々を過ごし、互いのことを親よりもよく知るようになったのだ。


 ――アンリはその人並み外れた能力も含め、どこか掴みどころのない、一見するとミステリアスな少女だ。しかしその実、よく感情を昂らせる激情家で、見た目に反しておおざっぱな一面も持つ。


 ウルは獣人種の特徴として成長が早く、歳のわりに態度も容姿も大人っぽくて物静かな少女だった。クールで近寄りがたく見えるかもしれないが、話をすれば素直ないい子だ。


 そしてリエッタはその振る舞いの通り元気いっぱいで、ウルとは対照的に幼いところが目立つ。しかしそのはつらつさや人好きのする性格には、気分が落ち込んでいるとき何度も助けられた。


 そんな、小さなころからよく知っているかけがえのない仲間たち。一度は己の力不足から身を引こうとし、誤って崖下に落ちてからは二度と会えないことを覚悟もしたが。


 僕は『麦穂の剣』のメンバーたちがこちらに向かってくるさまに視線が釘付けになる。冒険者たちの間を縫って、時には乱暴に隙間をこじ開けてやってきた彼女たちが、そのままの勢いで僕に飛びついた。


「――テイル」


「テイル――!」


「テイルくん!」


 噛みしめるように呟くアンリ。ウルはかなり珍しいことに大声を上げ、そしてリエッタが一番激しく感情をあらわにする。


 微笑みながらそばに立って僕を見るアンリをよそに、ウルとリエッタはぎゅうっと体を抱きしめてくる。おもわず僕も両腕に力を込め、子どものときのように強く抱き返した。


 僕の胸の中でウルが呟く。


「――私、あのときテイルが落ちるのを見てもうダメだと思った。探しに行っても服の切れ端しか見つからないし…………でも、あれから三か月も経った無事に帰ってきてくれた」


「僕もあのときは終わりだと思ったよ。すぐ帰ってこれなかったのは、谷から出るのに強い魔物を倒さなきゃいけなくてさ。あそこで修行してたんだ」


「テイル、馬鹿。……でも、帰ってきてくれてうれしい」


 ウルの声が湿り気を帯びている。僕の胸に顔を押しつけ離そうとしない。いつもクールで何事にも動じないウルがこれほど感情を動かしているところは初めて見たかもしれない。よほど心配をかけてしまったようで胸が痛むが、これだけ思われていることを不謹慎にもうれしく思った。


 そして、ウルより極端なのはリエッタだ。彼女はウルと話している間もずっと強い力で僕を押さえこみ、ずびずびと鼻を鳴らしながら僕のお腹に顔をぐりぐり突っ込んでいる。


「テイルくんテイルくんテイルくん……!」


「……もう、リエッタは相変わらず甘えん坊だ。……心配かけてごめんね」


「テイルくんがいなくなって、わたしもうどうしていいかわからなかったよ……! やさしくて、いつも後ろからわたしたちを見てくれてたのに……なのにあのとき、わたしたちはテイルくんのこと見てなかった! ごめんねテイルくん、ごめんなさい……!」


 泣きながら謝るリエッタに胸が痛む。


 あれは僕が自分からやったことでリエッタたちに責任などないのに、彼女は自分を責めている。僕がいなくなってからずっと、こうして思い悩んでいたのだろうか。


 僕は思わずリエッタの肩を掴み、続けられる謝罪の言葉を制止する。


「あれはただ、僕が不注意だっただけなんだ。みんなにはなんの責任もないんだよ。リエッタたちは気にしないでいいんだ」


「で、でも………………うん、わかった……。テイルくんが帰ってきてくれた……いまはもう、そのことしか考えられないかも………………よかったよぉ」


 そんな健気な言葉をこぼして、リエッタが一層強く僕を抱きしめた。その体の震えや温もりから、僕の無事だったことに心底安堵しているのが伝わってくる。


 ……それにしても、リエッタがあの時のことをそんなに気に病んでいたなんて。まさか事故を装っていたなど彼女たちは思ってもみなかったのだろう。もう少し落ち着いたら、どかかできちんと謝らなければならない。


 しがみつくリエッタの頭を撫でてなだめ、そうして僕は最後にアンリへと視線を向けた。


 アンリは一人だけ僕に飛びついては来ず、しかし僕の帰還をたしかに喜んでいるようで、そばに立って機嫌よさげに笑みを浮かべている。他の二人と若干温度差を感じるものの、再会の喜び方など人それぞれだ。


 僕はパーティ『麦穂の剣』のリーダーたるアンリに頭を下げる。


「長い間留守にしててごめん。でも、やっと帰ってこれた。……それに、前よりずいぶん強くなったんだ。これからはちゃんとみんなの役に立てるから」


「うん。首を長くして待ってたよ、テイル。――おかえりなさい」


「――……ただいま、アンリ」


 暖かく迎えてくれたアンリに、僕はただいまを告げる。


 これでやっと仲間たちのもとへの帰還を果たしたのだと、僕はそう強く実感することができた。三か月にわたる一人きりのサバイバルがやっと終わり、ほっと体の力を抜いてアンリの温かい眼差しと腕の中の温もりを全身で受ける。


 こうして僕たちは再び『麦穂の剣』として集まり、すべては収まるべきところへと収まったのであった。




 …………しかし、なぜだろうか。一連のやり取りには一見おかしなところなど何もないように思えるが、なぜか拭えない違和感がある。アンリのリーダーが板についたような態度がしっくりこないのか、それともなんとなくその雰囲気が――


「あのー……そろそろよろしいでしょうか?」


 唐突に、声を掛けられる。二人の少女にしがみつかれたまま視線を向けると、そこには先ほど守護兵とともにいたギルド職員がいた。


 職員はどこか気まずそうにしながら、しかし己の職務に忠実に僕へと告げた。


「高位の竜種を討伐したというテイルさんですね? ……詳しくお話を伺っても?」


 職員はそう告げて、おもむろに僕の足元へと視線を向ける。それを追って僕も視線を下げると、仲間たちに抱き着かれて取り落とした地竜の素材が転がっている。


 僕はもう一度職員に視線を直し、お互いどこか居心地の悪さを感じながらもはっきりと頷いて見せた。




 そうして、地竜を討伐し街に戻った僕は帰還早々仲間との再会を果たし、ここに至るまでの経緯を詳しく語ることとなる。


 体に残る疲労は大きく、取り調べのような細かいやり取りには思わず閉口しそうにもなったが。


 ――しかしそれでも。アンリ、ウル、リエッタの三人と再び生きて出会えたことが僕の心を何よりも癒し、この面倒な後始末も何とか乗り切ることができたのである。



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