第6話 帰還、仲間の姿

6.


 すでに傾き始めた太陽が草原を通る街道に光を落とす。石畳が敷かれた白い道に、疎らに生える木や空に浮かぶ雲の影が伸びている。


 そして、長く引き伸ばされた人の形の影も一つ――。


 僕は疲労で重たい体に喝を入れながら、陽が落ちる前にと、拠点であるブレンの街へ向かって街道を進む。このままのペースで行けば、そろそろ街を囲う外壁が見えてきそうな頃だが……。


 僕は手に持つツタで編んだ簡単な籠を見て、なんとか己を鼓舞して足を動かし続ける。中に入っている白い牙や爪、鱗、そして特大の魔石は、きっとかなりの高値で換金できることだろう。


 一部を手元に残して街にいる三人へプレゼントするのもいい。牙や爪を金属に混ぜ込めば強力な武器を作ることができるし、鱗は頑丈な防具の材料となる。


 長くパーティの席を空けてしまった詫びではないが、それぐらいのことはしなくては申し訳がたたない。冒険者とは、えてして強力な武具を好むもの。地竜の素材で作成したそれらを渡して喜んでもらうところを想像すれば、自然と足も早まるというものだ。


 そうして、ときおり荷馬車とすれ違いながら街道を進むことしばらく。


 とうとう地平線の下から頑丈そうな城壁が現れるさまを見て、僕は三か月ぶりの帰還を実感する。一度は本当に死を覚悟したが、諦めず己の力を磨き、最後には強大な敵を打ち倒すことでここまで帰ってくることができた。


 また三人に会えること、そして冒険者として一皮剥けたことでパーティの役に立てるようになったことをうれしく思いながら、僕は街へ続く道を急いだ。


 そして、視界に入る城壁はどんどんその大きさを増していき、ついに街へ入る門の目前まで辿り着く。前回ここを通ったのがはるか昔に思えるほど大変な三か月間だった。


 僕は深く感慨に浸りながら、門の脇に立つブレンの守護兵の男へ声を掛けた。


「――お疲れさまです。しばらく前に依頼で外に出ていたんですが戻ってきました。中に入ってもいいですか?」


「ああ、お疲れさま。じゃあ冒険者証を見せてくれ」


「はい」


 僕は首から下げていた鈍色の金属プレートを取り出すと、刻印された文字を兵に提示する。


「ふむ、鉄等級のテイルか。たしかに冒険者であることを確認した。中に入っても大丈夫だ」


「ありがとうございます」


「……ん? お前、その手に持ってるのは……ずいぶん大きい牙のように見えるがなんだ? 依頼で倒した魔物の素材か?」


「これは……」


 門をくぐろうとしたところ呼び止められ、僕は一瞬考え込む。


 自分で言うのもなんだが、属性竜を討伐したというのは相当な偉業だ。地竜の強さは本来金等級など高位の冒険者パーティで挑むべきものであり、下から二番目の等級である鉄等級がどうにかできるものではない。


 それに竜種は魔物の中でも極めて数が少なく、それが高位の属性竜ともなればなおさらだ。倒すのにかなりの実力が必要で、加えて遭遇するにも幸運が必要とあれば、その討伐を為したことをみだりに口にするのは憚られた。


 だから、始めは適当なことを言ってけむに巻こうかと思ったのだが……。


 ――それはなんだか、地獄のような三か月を乗り越えた自分に嘘を吐くみたいで、街で待つ仲間たちにふさわしくあるためにやってはいけないことのような、そんな気がする。だから。


 僕は素材を持つ手元に落としていた視線を上げ、怪訝そうな視線を向けてくる守護兵へなんでもない調子で告げた。


「――これは、地竜の素材です」


「…………は?」


「これが牙と爪、これが鱗。そして、最後がこの魔石です。強力な地属性の魔力がこもっていて、大きさと純度は僕が今まで見た中でも一番です」


「な……」


 すらすらと説明する僕に、守護兵は呆気にとられたように固まる。突然耳に入った衝撃的な内容に頭がついていかないのか、僕の語る内容が真実か疑っているのか。


 しかし現物を見ればわかるが、地竜の素材は一目でそうと分かる格のようなものがある。強力な魔物はその身に多大な魔力を秘めており、雑に言えば体の一部であろうと雰囲気があるのだ。こうして直接目にすれば僕が嘘を言っていないことは彼にも分かるはず。


 そうして、守護兵は僕が見せた素材と僕の顔を交互に見ると、やがて目と口を大きく開けて僕の肩をつかんだ。


「――一大事だ!」


「――ッ」


「属性竜の討伐……『竜殺し』……! このブレンでも長らく出ていなかったことだぞ……! こんな若い青年がなんて信じられない。これは大変だ、大変だぞ……まずは領内の魔物討伐を管轄するギルドへの報告だな……。その後は領主館への報告も必要だ……急がねば!」


 守護兵は興奮したように叫ぶ。周囲にいた門番の審査待ちの者たちも、事情は分からないながら何か大変なことがあったのかと浮足立っている。


 そして、僕が話しかけた守護兵は門番を反対側の守護兵に任せ、慌てて街の中へ駆けて行こうとした。しかし何かを思い出したように立ち止まってこちらを振り返る。


「お前、テイルといったな! 俺はギルドへの先駆けとして急ぐが、お前もすぐ後から来ると思っていいか!?」


「もうずいぶん疲れてるので今日は宿に向かって、ギルドへは明日と思ってたんですが……」


「見たところ大した怪我はしてないな? なら、疲れているとこ悪いがギルドには今日向かってくれないか。お前も分かるとは思うが、属性竜の討伐はそれだけの大ごとだ。できれば今日のうちに上へ知らせた方がいい!」


「今日ですか」


 僕は守護兵の言葉に少し悩む。本当はすぐ宿に向かって仲間たちと合流しようと考えていた。そのために地竜まで討伐したのだ。


 しかし、守護兵の言い分も当然分かる。街を統括する側の思いとしては、大きな出来事はできるだけすぐ把握して行動したいだろう。


 ここで素直に頷かなければ守護兵と揉め事になるかもしれないし、無理やり立ち去れば責任問題として彼に何らかの罰が与えられることもあるかもしれない。


 仕方がない。僕の気持ちはすでにアンリ、ウル、リエッタの三人へと向いてしまっているが、まずは面倒ごとを済ませるしかないようだ。


 僕は返答を待つ守護兵に向かって言った。


「分かりました。じゃあ、僕もこれからギルドに向かいます」


「そうか! 疲れているところ悪いな。じゃあ、俺は先に行って受け入れの準備を整えてもらう。お前も寄り道せず来るんだぞ!」


 守護兵はそれだけ言うと、前に向きなおり走り去っていった。


 その慌ただしさには少し面食らったが、自分はそれだけのことをしたのかもしれないと遅れて実感が湧いてくる。


 僕はもう一人残った守護兵から熱い視線を向けられつつ、走っていった守護兵の後を追って街に入った。道行く人々の中に混ざって、門から伸びる大通りを進んでいく。


 ここに戻って来るのも随分と久しぶりだ。


 冒険者の街だけあって、道行く人は武器と防具を身に着けた冒険者が多い。そして任務帰りの冒険者たちをターゲットに、美味しそうな香りを漂わせるたくさんの出店が脇に並んでいる。僕たちのパーティもよく依頼帰りに立ち食いしながらここを通ったものだ。


 懐かしい感慨で胸を満たしながら通りを足早に上っていく。


 そうして歩くこと少し。やがて大通りの脇に立つひと際大きな建物が見えてくる。このレンガ造りの建物が冒険者ギルドのブレン支部だ。


 ブレンにおける重要な機関は他にもいくつかあるが、その中でも冒険者ギルドは街の門からそれほど離れていない場所に建っている。ギルドを利用する冒険者は依頼で外に出ることが多く、その方が移動も簡単で都合が良いのだ。昔は街の中心地にあったらしいが、冒険者の街というだけあって、冒険者たちへの配慮から一度場所を移転した経緯があるらしい。


 僕は以前から何度も利用して慣れたものと、通りを進んで冒険者ギルドへと近づく。そして、入口にあたる両開きの扉の前に立つと、取っ手を引いて扉を開き、建物の中へと足を踏み入れ――


「――!」


 ――そして、全周囲から向けられる視線に足を止めた。


 この時間の冒険者ギルドには、一日の終わりに依頼の完了報告を行う冒険者が多くいる。常駐するギルド職員の数もかなりのものだ。


 そして、それら多くの人たちが僕のことを一様に見つめている。おまけに視線には例外なく凄まじい熱量がこもっていて、僕が思わず気圧されるのも仕方がない話だった。


 入口から進んだところに門で話した守護兵と男性のギルド職員が立っているので、おそらく守護兵が事情を話してこの場のみながそれを知り、その後中に入ってきた僕へ注目したのだろう。


 僕は職員に話をつけようと二人のそばまで寄ろうとする。


 そして、その時だった。


 ――思わず背筋がぞくりとするような、強烈な感情の奔流がぶつけられた。


 これはいったい、どう表現すればいいのか。強い親愛、友情、恋慕、執着――――そんな多様な感情がぐちゃぐちゃに混ざりあって、塊ごとぶつけられたような、そんな感覚。


 僕は出所はどこかと視線を巡らせ、そしてそれを見つける。僕の向く先にいるのは三人の少女。金と黒と亜麻色、慣れ親しんだ三色の髪色。


 ――ああ、あれは。僕が見間違えるはずがない。あれは間違いなく……アンリ、ウル、リエッタ……。


 谷の底で何度も焦がれたかけがえのない仲間の姿に、僕は先ほど覚えた感覚などすぐに忘れてしまった。代わりに、胸が詰まるような強い思いがあふれ出す。


 僕はすぐに声を上げようとして、その前に――――


「テイル――――!」


「テイルくん――ッ!」


 人込みを飛び越え駆けてくる、大切な幼馴染たちの姿が視界に映った。



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