閑話2 三ヶ月後の『麦穂の剣』
閑話2.
中規模都市ブレンの冒険者ギルドに、今日も喧騒が満ちている。
あわただしく行き来するギルド職員や、掲示板で依頼を見繕う冒険者パーティ。倒した魔物の討伐証明部位を鑑定カウンターで提示する冒険者は、査定がおかしいのではと職員に詰め寄っている。
冒険者の街ブレンと呼ばれるだけあって、建物の中はどこもかしこも活気が溢れていた。
しかし、そんな生気に満ちた冒険者ギルドにあって、唯一どんよりとした陰気を放つ場所がある。休憩スペースとして用意された椅子やテーブルが並ぶ一角にある、誰もが触れないよう気を付けるテーブルが一つ。
そこに座る二人の少女はどちらも特級の美少女だ。荒事を生業にする者が集う場で可憐な少女が無防備に座っていれば、本来なら荒くれどもからかけられるちょっかいは止まらないだろう。
しかし、現にいまそのような状況は生じておらず、みながそのテーブルは遠巻きにしている。そんな状況にあるのは、かつて過ちを犯した先人たちの教えの賜物だった。
見た目が良い女だけで固まっているからと、気を大きくした半端な男たちが声を掛け、手痛い反撃を食らったことは数知れず。そうしていつか少女たちに声をかける者は現れなくなり、今やこうして平穏な時が流れるようになっている。
ギルド内の男たちからどこか恐れを含んだ目で見られていることも気にせず、二人の少女――ウルとリエッタは、奥にある依頼関係のカウンターから歩いてきたアンリを見て顔を上げた。
「報酬貰って来たよ。これ、二人の分ね」
ウルとリエッタはテーブルに置かれた硬貨を一瞥し、金額を数えることもなくのろのろと懐へしまう。それからまた陰鬱な雰囲気でどこを見るでもなく佇む二人に、アンリは思わずをため息を吐いた。
「あのさ、二人とも。もうちょっと覇気出して行こうよ。テイルがいなくて寂しい気持ちは分かるけど」
口にした名前に、二人の肩がびくりと跳ねる。そして、それからの変化は劇的だった。
「テイル……」
ウルはその黒曜石のような瞳をひどく濁らせ、下を向いたままうわごとのようにテイルの名を呟く。
そして、もっとひどいのはリエッタだ。歳より幼く見える顔が歪んだかと思うと、瞳から一筋の涙がぽろりと零れる。
「あ、はは。あれ、おかしいな……。かってに涙が出ちゃう……」
誤魔化すように掠れた笑い声をあげたリエッタは、ごしごしと服の袖で目を拭う。まるで悲しい記憶を振り払おうというように、何度も何度も。
アンリはそんな二人の様子を見て、最近の二人はずっとこの調子だと大きなため息を吐いた。パーティリーダーとして喝を入れるとばかりに両手を腰に当てて言った。
「二人とも、いい加減にしたら? テイルがここにいなくて不満なのは仕方ないけど、仕事中もその調子じゃ面倒見きれないよ。私、この中で一番強いからリーダーやってるってだけで、テイルみたいに全部フォローできるわけじゃないからね」
言い聞かせるように言ったアンリは、ウルやリエッタと比べて悲壮感がない。テイルがその命を失ったと思って沈む二人と比べ、いつも通りに振る舞うアンリはどこか異様な雰囲気を感じさせる。
三人の周囲の冒険者たちも、良くない空気になってきたことを察して次第に浮き足立つ。
ウルとリエッタは、顔を上げてアンリを睨みつける。それに対して、アンリが何ともない調子で言った。
「――そんなんじゃ、テイルが帰ってきたときに怒られるけど、いいの?」
「――――!」
その言葉に、ウルがぎり、と歯を噛みしめる。思わず噛みつくように声を上げた。
「アンリ、いい加減、あんたがちゃんとすれば……!? テイルはもう……て、テイルは……死ん――」
その、瞬間だった。
「――おい! お前ら、大変だ!」
勢いよくギルド内に入る扉が開かれたかと思うと、簡単な装備を身に着けた都市の守護兵が叫びを上げて中に入ってくる。いったいどうしたのかとギルド内は騒然とした。アンリ、ウル、リエッタの三人も、その騒ぎに思わず注意を向ける。
やがて数人のギルド職員が守護兵へと駆け寄ると、息を切らした兵に問いかける。
「な、なにがあったんですか? 何か大ごとが――まさか、スタンピードの発生でも起きたのですか!?」
職員の言葉に冒険者たちは一層ざわめく。
スタンピードといえば、近隣の森や山、草原にいる魔物たちが、何かの原因によって一斉に都市へと押し寄せる事象だ。周囲に魔物が多いこの都市は外周を囲うように城壁を備えているが、一度スタンピードが起これば大変なことになると多くのベテラン冒険者たちは理解している。
そうそう起こることでもないのだが、冒険者や一般人でなく都市の正規兵がやってきている事実は、職員の言う通りかなりの大事を予感させた。
そして、何とか息を整えた兵がとうとう口を開こうとする様子を、周囲の職員や冒険者たちが固唾を飲んで見守る。
守護兵は大きく目を見開き、まだ事態が信じられないといった様子で叫んだ。
「――属性持ちの高位竜が討伐された! 冒険者の街ブレンから、久方ぶりに『竜殺し』が出たぞ!」
ギルド内が、しーんと静まり返る。しかしそれも一瞬のことで、次の瞬間にはそれぞれの叫びがまるで爆発のように建物内で響き渡った。
「嘘だろ!? かの勇者と同じ、属性竜の討伐!?」
「いつ、どのパーティがやったんだ! いまうちにいる強豪つったら『
「おいおい、祭りだぜ祭り! 新たな『竜殺し』誕生の祭りだ!」
ギルド内では好き勝手にあらゆる声が飛び交い、もはや収拾がつかない。信じられないと首を振る冒険者もいれば、偉業の達成だと騒ぎ始める者、いったい誰がそれを成したのか情報収集しようとする者と、それぞれがてんでバラバラに動き始める。
そんな中、守護兵という信ぴょう性が置ける情報源の言葉に、これから起こることを予期して業務遂行に動き始めたギルド職員は、周りに当てられ興奮した様子の兵へと問いかける。
「今言った情報はたしかなことですね? では竜の死体、その現物を見たということと理解しました。誰が倒したかも気になりますが、これからギルドに運び込まれると思ってよろしいですか?」
「あ、ああいや、そうだ。竜の死体というか、一人で運べるだけの素材を持って街に帰ってきた冒険者がいたんだ。かなり疲弊した様子だが大きな怪我もないようだったから、一度宿に帰りたいというところを無理言ってギルドに向かうよう指示した。それで、俺だけ先駆けとして報告に来た」
「一人? ……討伐に当たった他のパーティメンバーは戦闘で亡くなってしまったのでしょうね。しかし、そういう事情ならまだ倒した竜の素材が現地に残っているはずですから、すぐギルドに来るよう言ってもらえて良かったです。その冒険者には辛いことかもしれませんが…………それで、その方の名前はいったい?」
職員の問いかけに、ざわざわと騒いでいた周囲が一瞬で静かになる。みなが息を呑んで守護兵の言葉を聞き逃すまいとしていた。今この場で大した興味を持っていなさそうなのは、『麦穂の剣』の三人くらいだ。
多数の視線を浴びて少し気圧された様子の守護兵は、しかし気を取り直して呼吸を整える。
そして、誰もが気になる『竜殺し』の名が、その口から語られる――
「――竜の素材を持ち帰ったのは『麦穂の剣』の一員で、テイルという鉄等級冒険者だ」
――――瞬間、反応を見せる少女が三人。
アンリは目を見開き守護兵に視線を向ける。ウルは力なく垂れていた耳をぴんと立て、勢いよくテーブルに手をつく。そしてリエッタが思わず立ちあがり、それを起点に他二人も席から立ってギルド支部の扉へと目を向けた。
それから時を経ず、ギ、と音を立てて両開きの扉がゆっくりと開く――――
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