恋は無情。

天皇は俺

恋は無情。

つくづく恋とは無情である。


溜め息を吐きながら、拓実は思った。

人っ子一人いない駅のホームに、干からびた風が過ぎる。あぁ、こんな気持ちにならなければこんな事にはならなかったのに。


あの子に、茜に恋をしたのはいつからだっただろう。


初めて、あの子と会った時から心臓が日焼けしたみたいにチリチリしたんだった。

色んな所に行ったなぁ。拓実は思惟にふける。イオン。仙台。さんかく公園のブランコ。

一つ一つ、情景が鮮明にフラッシュバックする。それは彼女が隣にいたからだ、と定義するのは少々気持ち悪いだろうか。


そういえば、彼女の力強さに僕は惹かれたんだった。内気で他者の目を怖がっていた僕に、外の世界を教えてくれたのは彼女だった。

勿論、最初は強情でおせっかいな女だと思ったさ。でも、彼女と過ごす何気ない時間は何となく居心地が良くて、段々僕も人間が好きになっていった。

無論、彼女の事はもっと。


彼女、朝焼けみたいに笑うんだ!彼女が笑うと、周りも暖かくなったみたいになって僕も不思議と笑う。

その笑顔が好きになったんだ。

その笑顔に助けられたんだ。

でも、いつからか彼女の顔を直視できなくなった。

彼女の頬に大きな青痣ができたから。

まるで、誰かに殴られたみたいな。

最初、彼女は「転んだの。」ってはぐらかしたけど、痣は日が沈むごとに増えていった。 「どうしたの」って僕が聴くと、「大丈夫」って彼女は珍しく不器用に笑う。


その時、初めて気づいた。僕は今まで彼女の強い部分しか見てこなかったんだな、って。見せられてなかった、とも言える。

彼女は僕に余計な心配をかけたく無いからって、ずっと自分の弱さを誤魔化して『強くておせっかいで何の苦労もない女』を演じてたんだって。

僕は彼女の優しさに感服すると同時に、自らの無力を呪った。自分が存在している事にとてつもない違和感を覚えた。


どうしてそこにいるんだよ!人に迷惑ばっか掛けるなら消えちまえよ!茜に何にもできないなら...って。結局、僕は変わった気になってただけなんだ。彼女に引っ張られてただけで、自分が成長したかの様に錯覚しただけだったんだ...。


...。


でも、今は違う。強くなる。

彼女に会いに行く。

彼女の顔をちゃんと見る。

彼女に笑いかける。

彼女をちゃんと抱きしめてあげる。

...それは少し気持ち悪いだろうか。

でも、決めたんだ!彼女とちゃんと向き合うって。

それで彼女の痣が消える訳でもないし、僕が立派な人間になる訳でもない。でも、やる。今度は僕が演じるんだ。「絶対に負けない強い男」を。


自分の気持ちを整理しきった時、ちょうどアナウンスが流れて電車がホームに止まった。

...。

彼女の家行きの電車だ。


僕は拳をギュッと握りしめる。

ドアが開いた。

中には、男が1人。格好や顔は良く見えなかった。

僕が下を向いたからだ。靴紐を固く結ぶみたいに僕は決心をつける。

思い浮かぶ彼女の笑顔。

取り戻す。絶対に。

全身の筋肉が一気に固まる。

よし、やるぞ!僕は拳を握りしめながら、キッと前を向く。


全身全霊を込めた第一歩を踏み出そうとしたその時、さっきの男が電車から降りてきたのを見て、驚愕した。



Wow!!!!!!!!前方を見よ!!!!!!

見るも悍ましい装束!!!!!!

殺人的面頬!!!!!!

この世のものとは思えない頭巾!!!!!!

おぉ忍者!!!!忍者である!!!!

その姿を捉えた拓実は、恐怖のあまり思わず失禁!!!!!!!!

BUZAMA!!!!!!!!



「アイエェェェェェェェ!!ニンジャ!?ニンジャナンデ!!?」

彼はそう叫ぼうとした。

しかし、声が全く出ないのだ。

What on earth happened!??

それもそのはず、一瞬にして拓実の懐に潜り込んだ忍者が、舌を顎ごと切り落としたのだ!!

なんという、驚異的なスピード!!!!!!!


忍者は懐から取り出したクナイを、続け様に拓実の胸に突き刺す!!!!!!!!


刺された心臓が日焼けしたみたいにチリチリする。拓実は叫ぼうにも叫べず、代わりに5回ほど失禁した。

無力!!!!!!!!

拓実の意識は一瞬で朦朧とし始め、うつ伏せになってホームの床に倒れる。

なんたる、忍者殺人能力!!!!!!

超人!!!!!!!!!!


「茜は私が手に入れる...」

そう言うと、忍者は踵を返して電車に再び乗り込む。


そう、この見るも無残な殺人は電車がホームに着いてから発車するまでの僅か十数秒で行われたのだ!!!!!!!!!!!!

恐怖!!!恐怖!!!また来て恐怖!!!!!

電車のドアが拓実を嘲笑うかの様に閉まり、彼から離れていく。

彼の視界も徐々に、徐々に暗くなっていく。

着々と死神が近づいてきているのだ。


あぁ、こんな気持ちにならなければこんな事にはならなかったのに。人っ子一人いない駅のホームに、干からびた風が過ぎる。

夥しい量の血と嘔吐物を吐きながら、拓実思った。


嗚呼、つくづく恋とは無情である。

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