第12話

「山伏であろうが、落ち武者だろうが、太明殿がむやみに人や物を斬り壊す輩か否かくらいは判別できるつもりです!」


まっすぐに突き抜けるような声が太明に向かい、朗々と発せられる。悲しく苦しそうではあるが、日向の双眸には、最初に見た時のように迷いは一切ない真っ直ぐな光が戻ってきていた。


危ないとは思わなかった、と日向は確かにそう答えた。

しかし、今のこの状況…太明が、剣気を隠しもせずに自分へ切っ先を向けているこの状況ですらそう思うというのか。


「自分の状況が間違えているとわかっているが、この社を手放さなかった事も間違いとは思わない!」


日向の声に、わずかに震えが混じっている。怯えはある…。日向にも確かに怯えはある。

しかし…自分の中にある大切な「何か」を守り通そうという姿勢…それが今、まっすぐに太明と向かい合わせていた。


その目を見て、太明は刀を手にする。

かちゃり、と鍔がかすかな音を立てたかと思うと、闇が風をともなって動いた。

日向はとっさに目をつぶり、同時に自分の頭上に竹箒を持ってきて身を守ろうとした。

そのような物で防ぎきれるはずはない、とわかっていながらも…。


ガッ!


という軽い音と共に、少々重い振動が竹箒に伝わってきた。

しかし、日向自身に痛みは微塵も無い。

自分は一刀両断にされると思っていた日向は恐る恐る目を開けた。


闇にも美しく煌く白刃は、確かに竹箒にぶつかっている。

しかも峰ではなく間違いなく刃が。

竹箒も切れぬような、なまくら刀ではない…そのことは、その煌きをみれば一目瞭然であった。


……何故……


白刃の更に向こう側にある太明の目は、思いのほか優しく笑っていた。


……わざと…か…


刀のことや、剣の道のことは日向は知らない。

だが、扱いによっては、このように斬らない太刀筋という術もあるのだろう、と理解した。

そう理解すると、日向の膝が今更のように笑い出し、まっすぐに立っていられなくなった。

醜態を見せまい、という思いからなのか、かろうじて崩れ倒れることは回避している。

そんな日向を見、太明はふっと笑った。


何事もなかったように刀を鞘に収める太明に日向は

「何故…斬らなかったのですか」

と問うてきた。

「……斬りましたよ」

その答えに日向は、そうか…と、可笑しそうに…。


さも可笑しいというがごとく、破顔した。


そして、竹箒を支えにしながら穏やかに

「もう夜も遅い。傷にも悪かろう…。

私は…もう一度、社へ寄って行きます」

そう言うと、傷一つついていない竹箒を手に、社へと向かった。

膝の震えは、ようやく治まろうとしていた。


太明は日向の家の方へ向かい歩き出した。

その背に一言。

「ありがとう」

と微笑みながら日向は声をかける。

太明は軽く首を振り、心の内で、こちらこそ、ありがとう、と答えた。


斬ったのは、いつもまでも間違いをわかっていながら正そうとしない

己に甘えるその態度。

家族に甘えるその姿勢。

ただ、何も考えず逃げ続けるだけの己。


未だ明けぬ闇の中、日向は和らいだ目で社のある方向を見上げていた。

その日向の背を太明は穏やかに見やった。






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次回で終わりです。

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