第11話
武家の三男である太明は、父や兄たちと共に、つい先日まで刀を持ち、馬に乗り、
元来、太明は刀を振るうことに、あまり気乗りのしない性質であったが、それでも、家が家のため、それなりに形になるくらいには武芸をたしなんでいた。
そして、戦に出陣した。
しかし、戦がはじまり幾許もしないいうち、太明のいた軍は崩れていった。
あまりにも分かりやすい、そして見事なまでの負け戦だった。
総崩れになった軍の混乱の中、父や兄たちの姿を見失った。
自分の方に矢が飛んで来て、避けきれず、体のあちこちに傷を…とりわけ、足に酷い怪我を負った。
喧騒の向こうの遠くの方で、父の仕えていた主君の首級が掲げられたのがわかった。
それに続く、相手軍の雄たけび。
懸命に逃げながらも、太明はどこか醒めた思いでその混乱する軍の中にいた。
父も兄も、おそらくは生きているまい。
いや、生きていたとしても、主君に殉じるだろう。彼らは武人であったから。
しかし、太明は父や兄のように、主君に殉じて自ら命を絶とうとは思えなかったのだ。それほどの感情は押し寄せてこなかった。
ほんのわずか、家にいる母のことが頭に浮かんだが、それも刹那のことであった。
逃げまどう味方の兵たちと走りながら、山を見やった。
山へ…逃げるか…。
敵方に命乞いをしたところで、生きていられる保証はない。
ならば逃げよう、と山を越えることを選んだ。
戦場での醒めた思いとは別に、山へ逃げこんだ途端に、気が急いた。
山道を歩いている最中は気が気ではなくなり、幾度も背後を振り返った。
戦場から逃げては来たが、敵の武将や武士ではなく、農民たちの落ち武者狩りに会わぬとは限らない。むしろその方が心配だった。
何故、そうまでして生き延びようとするのか、己でわからなかった。わからないながらも、逃げた。
父や兄のようにはなれなかった自分の姿を母に見せたくない気持ちもあった。
いや、帰ったところで、家の者たちが無事である保障はまったくないのだ。それを見捨て、自分だけ逃げる。
そのような己の姿から逃げようと必死だった。
だから、自分を知る者のいない遠くへ行こうとした。
山を越え遠くへ行くことを選んだ。
山一つ超え、他国へ入ったならば、何とかなるのではなかろうか、という思いがあるだけだった。
山頂付近まで来た時だった。
崖で足を滑らせて亡くなったらしい山伏の亡骸を見つけた。
山伏は亡くなってから、さほどの日数は経過していないようで、腐敗はしていなかった。装束も多少泥がついているだけであった。
今の姿で居るよりは、と太明は軽く手を合わせ、その亡骸から、山伏の服と錫杖をはぎ取った。
これで落ち武者狩りの目は、若干なりともごまかせるであろう。
そんな思いを抱きながら、死人からはいだ山伏の装束を身にまとう。気持ち悪いとは思わなかった。
ただ、山伏が背負う笈は見当たらず、厨子が転がっていた。
崖から落ちたにしては、運が良かったのだろうか、厨子はほとんど無傷であった。
太明は、おそらく、山伏の使うイラタカの数珠や、加持祈祷に使う物の類でも入っているのだろう、と考え、別段不思議にも思わず、また、その厨子を開けて見ることもせず、そのまま背負って来たのだ。
山を越え、村に着いたら、それらしい祭文と数珠で、それらしい呪法を行えば、それらしく見えるだろう、と思っていた。
再び、何故、そうまでして生き延びる、と自分に問うた。
わからない。
わからないまま、漠然と何かに怯えながら山道を歩いていた。
……曖昧なのは、自分も同じだ。
無意識の中で太明は日向に自分と同じ曖昧さを感じていた。
太明は日向に自分を重ねたのかもしれない。
それが奇妙なずれとして感じられたのだ。
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