第7話
出された夕飯は、一汁一菜と家と同様、質素であった。さしたる会話も無く静かに食事が進む。
「隠居をしている、と先ほど申されたが…」
太明が、探るように言うと、日向は、ああ、と頷いた。
「もう何年も前になりますが、戦の余波が付近の村にもやってきました。
村にはさほどの被害はなかったらしいが、村はずれにいた祖父たちが斬られ、家にあった食料や金子を持って行かれました」
日向は、事も無げにそう答えた。
もののふに、か?
太明は、用心深く日向を見た。
「さあ…正規のもののふではなく、野伏せりの類であったのだろう、と思うております。
もののふならばそのような真似はせぬだろう、と。」
「そう、だな…」
太明は、足の傷が痛むのか、わずかに眉をゆがめた。そして、
「もし、親を殺したのがもののふだったとして…そうすると彼らは嫌いか」
と尋ねると
「好きか嫌いか、どちらか片方を絶対に選べと言われたら、好きではない、と答えるしかありませぬ。
家族を殺した者は憎いが、だからと言ってもののふ全てが嫌いだ、憎い、と言う理由には至りませぬ。
彼らとて、生きるのに必死で殺す場合もある。
それに…」
それに。
今の時代、忌み嫌うものが多すぎる。
と日向は若干、目を伏せ気味にしながら小声で結んだ。
その声の調子や様子に、太明は、日向の心情を垣間見た気がした。
……愁いている…。何をだ…?
日向は自分の言葉に、言うべきではないことを言ってしまったと感じたのか、それとも、別の理由があるのか、話しを変え、訊ねてきた。
「先ほど、神仏と言うものを信じておらぬ、と言われたが…」
太明は、自分の服装へ目をやり、笑った。
「このような姿をしているのに、それはおかしい、と?」
「否、私も、神は祈るものではない、と思っております」
およそ社にいる者とは思えない言葉だった。
太明は言葉の真意をはかりかね、黙って日向の白い顔を見た。
「何故、神は祈るものではない、と?」
「祈って何かが起こるわけではありますまい」
太明の問いに日向はサラリと答えた。
日向は、神…と一度呟いて、独り言のように始めた。
「社におわす神というのは、絶対唯一のものではない。
長所もあるし、短所もある。
しかも、常にここ…社にいるわけではない、と考えられております。
それに」
と、夕刻に自分が手にしていた竹箒に目をやり
「古くなると、あのようなものにすら、神がいるという考えすらございます。
そこかしこに神が溢れている、という考えでありますな。
それらは、何をしてくれましょう…?
その物の持つ本来の働きをするだけでございましょう。竹箒であれば、掃除を行う」
そして、また、くつくつと笑った。
「祈れば勝手に掃除をしてくれましょうか?
否。そんなことはありますまい。
太明殿は刀を持っておられましたな。
その刀、手入れをしたからと言って、勝手に出歩いて、刀自身が何かを斬るわけではありますまい…。
それは、扱う貴殿の行いからではないか?
大事に手入れをし、大事に扱うがゆえ、それに答えてくれるかのごとくの切れ味…。
そして、長く使うとわいてくる愛着や、ただの“物”ではないような存在感…。
それをも、私は“神”と呼ぶのだと思う」
そう一気に語ってから、土器の酒をくいっと一気に呑んだ。
そして、口元をほころばせ。
静かに哂った……
「つまらぬことを申してしまった」
日向はそれきり口をつぐんだ。
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一番書きたい部分はここでした。
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