第5話

「ここには、日向殿お一人で住んでいるのか?」

そう尋ねると、はい、という答えが返ってきた。

「もとは祖父と親父殿とが仕切っていたお社なのですが。

…祖父も両親も、そして兄弟も亡くなり、それ以来、私が務めております」

「一人で、か」

呟いた太明のその言葉に、日向は、一人で、と頷いた。

「隠居…、いや、世捨て人のようにではありますが」


世捨て人。

太明がそう繰り返し、自分も似たようなものだ、と呟いた。

自分は、神仏を信じられぬ…かと言って、俗世と密に関わろうとも思えぬ…。

それを聞いて日向は頷いた。

「そうですか」

神社の管理をしている者の前で、山伏の格好した者がそんな事をいうなどと…と言う言葉を半ば予想していたのだが…。

日向の言葉を聞き、太明はここでも、何か押したものへ手ごたえのなさのような、そんな違和感を覚えた。


「一人で住んでいるというのに、私のようなものを泊めて、危ないと思わないのですか?」

と尋ねると、日向は、ついっと首をかしげ、太明を見た。

「太明殿は山伏でありましょう?

なぜ危ないと? 

山伏のふりをした落ち武者や野伏りかもしれぬ、という意味か?」


真顔で、しかも、凛とした口調で問うてくる。

太明は苦笑した。

「その通り」

そう言うと、日向は表情を変えずに答える。


「だとすると、出会い頭、もしくはここへ案内し、社に掃除へ戻ると背を向けた時に斬っておられるだろう。

私の姿や言葉から、お社に務めていることは瞭然。

ならば、私を斬り、お社と家から取るものを取って行けば良いだけの話。

わざわざ家の中に入り、薦めた薬湯を呑み、そうして言葉を交わし、それから斬るという理由がない」


そうであろう? と太明へ問いかけるように首をかしげた。

そうして、妙なことを言うお方だ、と言うような視線で太明を見てから、再び夕餉の支度をし始めた。


……妙と言うならば、日向も十分に妙だ…


太明は、苦笑したままそう思っていた。

男なのか、女なのか未だにわからない。

着ている物は男の物だが、社を管理する職業を生業としている家柄ならば、女子でもこのような格好をするものかもしれない。

いや、そもそも、女子はそのような管理職にはつかず、巫女となるものなのだろうか?


知識がない分、太明には、日向の格好からは判別ができなかった。

そして、日向の持つ、何ともいいがたい雰囲気。

先ほどの、ほんのわずかな微笑をみなかったら、日向という人物の顔立ちは霧に包まれたように、おぼろげなものにしか見えなかったであろうと思われた。


何かが、ずれている気がする。

この闇と灯の境界が曖昧になっている空間。

そして、この空間に良く似た日向の雰囲気。

そして、それらにそぐわない、鄙びた風のない日向と、そのよく通る声…

切り取られたように、それだけはっきりと見える装束の色。

何かがずれている気がしてならない。


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