第3話

「峠を越え、村に御用がおありだったのか」

先を歩く人物は、前を向いたまま、そう尋ねてきた。

「用は…ないのだが…」

一言、そう答えると

「なるほど、客僧きゃくそうで立ち寄ろうとしたのか」

と、一人で頷いていた。


修行を終えた山伏は、絶えず寝ぐらを変え移動し、祭文さいもんなどを唱えて歩いていた。

各地方の山々を巡り歩くことなど珍しくもなかったため、客僧と呼ばれていた。

その客層であるならば、山を一人で歩いていてもおかしくはない。


「……うむ……」

太明は、やや歯切れの悪い声で唸るように返事をした。

だが、先導する人物はそれに気をとめた風もなかった。

世は未だ泰平には程遠いゆえに民には祭文も必要でしょう、と一言、言っただけで、それきり何も言わず、先導して歩いた。

何か、わずかに肩透かしを食らったような、そんな感じだった。


社の脇にある小道を幾分か進んだところにある小さな小屋のような家があった。

そこに住んでいるのだという。

「大した薬はないのですが、足の怪我の手当てを」

と言うその人物に、太明は手で止めた。

「いや、自分でやりますゆえ」

そうですか、と気遣わしげな目を見せたが、薬と傷口を巻く布を用意し、薬湯を一服入れ、太明に勧めた後、

「では、客人を放りおいて申し訳ないのだが、掃除を済ませ、お社を閉めて参りますゆえ、しばらくお待ちを」

と、すうっと頭を下げ、再び、竹箒を手にし、外へと出て行った。

太明はありがたく出してもらった薬を傷に塗り、布でしばる。

大きな怪我ではあるが、足が使いものにならなくなるような酷いものではない。現にここまで歩いてこられたのだ。


……大丈夫だ。


そう一息つき、家の中をぐるりと見渡した。

今、太明がいる一部屋だけの家。

余分なものは一切ない。

簡素とも質素とも言える家だった。

地方の社を守る家、しかもこのような人里から離れた所にあるのだから、当然とも言える有様なのかもしれない。


……それにしては。


太明は先ほどの人物の物腰を思い出した。

言葉には訛がほとんどなく、動作にも、それほど鄙びた様子が見られなかった。

着ている物も随分とくたびれてはいたが、それなりに良い物のようであった。


……何者なのだろう。


燭台のろうそくの火が届かない隅に下りている夜の帳。明と暗の区別が、なんとも曖昧である。

出された薬湯をすすりながら、しばらくぼんやりとその曖昧な部分を見つめ、そして、家の様子を眺めた。

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