第2話

茂みの向こうには小さなやしろがあった。

小さな鳥居と祠があるだけの、質素な作りの社。

参拝に来る者はほとんどいないのであろう、寂れている。

だがしかし、最低限の手入れだけはされてあった。

先ほどの人影は、ここへ来たのであろうか。

それとも、あれは人などではなく、妖しのものがここへ導いてくれたのか…。


……いずれにせよ、ありがたい、今夜はあそこへ泊まらせてもらおう。野宿よりはよほど良い。

と、男…太明たいめいが息をついた時だった。


カサリ。

と、草を踏む音がし、社の後ろから、一つの影がすうっと現れた。

白のひとえに無紋の袴をはいた人物。

抜けるように白い顔色だが……。


……女か…? 男か……?


どちらとも見て取れる顔立ちをしている、その人物の面立ちは、何とも言えぬ雰囲気をまとっている。

例えるならば、目を閉じ、その容姿を思い出そうとしても、思い出せないような、そんな曖昧模糊あいまいもことした空気がある人物だった。

年はどことなく太明と同じようにも見え、そうかと思うと年下のようにも見る。

いわば年齢不祥。

背の中ほどまである黒髪を、こよりで一つに束ねていた。

手には竹箒。


……この社の管理、か?


おそらく、この小さな社の掃除をしに来たのだろう。

着ている物の所為か、その人物の姿だけが、周囲のぼんやりとしたほの暗さから切り取られたように浮かんで見えた。

その人物の目が、ひた、と太明に合わされた。


「どうなされた?」


その容姿からは想像もしていなかったほどよく通る声が向けられる。

若干高い男性の声とも、低い女性の声ともとれた。

「峠を……峠を越え、村か集落まで出ようとしたのだが、不慣れな道ゆえ、ここで日が暮れてしまいまして。

申し訳ないとは思ったが、その社の軒下を一晩お借りしようかと思っていた次第です」

太明はよどみなく、そう告げた。

嘘ではない。全て本当のことだからだ。


太明の答えに、そうですか、とその人物は頷き、自分の背後の社を示した。

「村まではここを下りきってしまえば、さほど遠くはないのだが、もう日も暮れてしまっております。

ごらんの通りの小さなお社ゆえ、泊まる分にも私の家の方が、まだましでありましょう。

独り身ゆえ大したもてなしもできませぬが、それで宜しければ」

どうぞ。

と、滑らかな動きで太明を案内した。

歩いている、というよりも、緩やかに車輪で進んでいるような、そのような印象を一瞬持たせるような動きだった。


先ほどの草を踏んだ音が幻でもあったかのように、足音は一切しない。

日の暮れた仄かな闇の中でもはっきりと見えるひとえの白色。

その背に、山伏姿をしている太明は黙ってついて行く。


数歩歩いた後、

「肩をお貸ししますか」

と尋ねてくる。足の怪我を見越したのだろう。

太明は、大丈夫だ、と錫杖しゃくじょうをついて歩いてみせた。

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