第4話

 一枚の紙きれがある。

 由比はそれをじっと睨んでから署名をした。半分の血の申請書類だ。更新の時期なので面倒でも書かなくてはいけない。両親は人間で、自分だけ半妖精だ。周囲に書き方を聞くわけにもいかず、一人で黙々と書類を読む。

 ややこしい身の上に納得できるのは、親友がたまたま半妖精だった、この一点に尽きる。

 自分のほかにもいるのだな、とか。別に差別されているわけではないし、とか。悪いことばかりじゃないのも経験上知っていて、中学生であっても能力を使ったアルバイトが許可されている。運営元は神門グループで、最近仲良くなった帆足も神門家の一員だ。

 紙には半妖精、種族はジャスト・ハルヴァーの文字。英語ではなかった気がするが自分のことなのによくわからない。書くだけ書いてもすぐに忘れてしまう。来年もまた自分で書いたメモを見直すのだろう。語学は苦手だ。

 お相伴妖精とも言われ、食欲旺盛でいくら食べてもふとれない。成長期なのに背も伸びないくらいだ。付け加えて、ほかにできることもないので、アルバイトには向いていない。せめて靴でも作れればよかったと心底思っている。

「書き終わった?」

「うん」由比はペンを置いた。

「今年は帆足さんも来るって言ってたんだけど、遅いね」

「神門だから、やっぱり半神なのかなあ」

「本人に聞けば?」

「ごめん。その通りだよねえ」

「私から言っても意味がないと思うよ」

「うん。わかってる」

「というわけで、私は先に提出しに行ってきます」

「え」

 由比は、広いオフィスに一人で残された。申請期間の終了間際で、駆け込みは他にいない。毎回遅くまで書くのを嫌がる由比に、灯理は付き合ってくれていた。その灯理が先に行ってしまう。

「あら、ちゃんと書いてあるじゃない」帆足の声が後ろから聞こえた。

「この距離で見えるの?」

「わたし、視力はいいのよ。なんてね。冗談よ。毎年そうだって灯理から聞いていただけ。書類はできても提出が最後なんですってね」

「帆足ちゃんは半神?」

「どうかしら。秘密にしておくわ」

「内緒かあ」

「がっかりした?」

「ううん。いつか話してもらえるように頑張る」

「私には不思議なんだけど、どうして知りたいと思うの?」

「誕生日を知ったらお祝いができるでしょ。住所がわかれば遊びに行けるし、手紙だって送れる。そんな感じだと思うよ。人となりがわかる気がするし、一緒に頑張ろうって思える、のかなあ。仲良くなりたいのかも」

「あら、それなら雅臣の書類は見てみたいわね」

 不意に名前を呼ばれると、どきりとする。自分から呼んでほしいと言ったのにも関わらず不思議なものだ。由比は似合わない咳払いをして自分を誤魔化した。

「帆足ちゃんはもう書けてるでしょ」

「ええ」

「たぶん提出も終わってるでしょ」

「そうね」

「なのに来てくれたのはどうして?」

「あら」

 帆足は微笑んで、それからしばらく黙っていた。由比も言葉を探せずにいる。

「きっと、たぶん、そうね」帆足にしては珍しい、言葉を濁した言い方だった。

 由比はこのまま待とうと思った。彼女の言いたいことを途中で止めたくないからだ。

「あなたのことが好きだから」

「そっか。じゃあ両想いだね」由比には勇気のいる言葉だった。自分が言うと冗談に見えるかもしれない。そう不安に思う。

「それは大変ね」

「え」

 由比は振られたのかと思った。そのくらい淡々と彼女が言うので、覚悟を決める。

「私、赤飯は炊いたことがないの」

「……ぼくもないなあ」

「だからこれでいいことにしましょう」帆足は微笑む。

「たい焼き?」由比は呆気にとられた。

「ひとつは灯理にあげてしまったから、もうひとつは半分ずつになるけれど」

「ぼくとはんぶんこ?」

 甘い香りがする。

「はんぶんこ。そうね、そういう言い方もあるわね」

 半分に分けたたい焼きの頭を受け取る。餡の多いほうをもらってしまい、由比は不思議に思った。

 ただ、伝える言葉は変わらない。

「ありがとう。帆足ちゃん、大好き」

 勢いついでに帆足を抱きしめる。

 身長は同じくらい。足は君のほうが少し長い。同じ色の制服を着て、同じ味の菓子を食べた。あんなに嫌だった紙切れが百点の答案に見えるくらい輝いている。なんでも食べられるけど、好きな食べ物はたい焼きです、とそう書こう。

 これが君に溺れていたと知った日。

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はんぶんこ ことぼし圭 @kotoboshi21kei

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