第2話

 それなりに彼女との関係に進展はあった。

 まず、挨拶をする機会が増えた。元々灯理と一緒に行動しているため、友人である帆足に会うことも多い。以前は二人で話したいだろうと少し距離を置く気遣いをしていたが、由比は遠慮するのが苦手なほうだ。お世辞でも言われたら信じてしまう。そんなところも含めて、クラスメイトからはマスコット扱いされることも多かった。

 自覚はあるものの性格は直せない。女子に頭を撫でられることだってあるくらいだ。中学二年生にもなって、である。少し恥ずかしいが嫌ではない。本当だ。なんだか今日も良い日だったな、くらいにしか思わない。

 平穏な学校生活だ。

 ただ、今日は少し問題があった。

「由比、どうしたの?」

「灯理ちゃん、ぼくお腹すいたよ。死にそう」

 この言葉も半分くらい冗談ではない。由比は特異体質のため人の何倍も食事をする必要がある。体の半分がとある妖精の血でできているのだ。半分の血と呼ばれる人たちがこの中学校には多く在籍している。教師にもいるらしいが公表はされていなかった。

「今日、お弁当持ってくるの忘れちゃって、どうしよう」由比はうろたえている。勉強せずに期末試験を迎えた朝くらいに大ごとだ。

「私の弁当は役に立たないけど、お菓子でも良い?」

「もちろん!」

「今日帆足さんのクラスが調理実習なの。本当は他のクラスにあげるのダメらしいんだけど、なんとかしてみる」灯理の声が力強い。

「灯理ちゃん、大好き」

「はいはい。そんなこととっくに知ってます」

 由比が空腹を堪えていると、午前中の授業は終わった。明るいチャイムが鳴って、教室が話し声でいっぱいになる。

「灯理ちゃんさっきなにしてたの?」

「帆足さんに連絡とってたに決まってるでしょう」

「ありがとう」

「だって親友の一大事でしょう」

 灯理は由比の事情を知っている数少ない一人だ。彼女も半分の血で妖精だが、性質は大きく異なる。友人に打ち明けられないことが多いが、教師陣はすべてを把握しているので、この中学校ではただの学生らしく過ごせる。

 そろそろ動きが鈍くなってきたな、と由比が自覚したところで帆足が現れた。片手に紙袋を下げて、もう一方の手は風呂敷包みで塞がっている。

「お待たせしました」帆足はにっこりと微笑んだ。

「僕が今見てるのは、天使か女神様だよね」

「否定しないほうが良さそうね」帆足は紙袋と風呂敷を両方ベンチに置いた。

 三人が集まった中庭は人通りが少ない。人の形の石像が何個か置いてあり落ち着かないし、日当たりが悪いせいだろう。傍に見える噴水も心なしか濁っている。

 今の由比には世界が輝いて見えるので些末なことだ。

 中に入っているのは大量のクッキーと重箱だった。

「弁当に持たされたのだけど食べきれないからどうぞ。苦手なものはある?」

「嫌いな食べ物はないよ」由比は即答する。

 灯理が苦笑いをした。

「あら、とても良いことね。私も好き嫌いはないの」帆足はまた笑う。

「私は見ているだけでお腹いっぱいだから、図書室でも行ってくるよ」

 小食な灯理にはつらいのだろう。あるいは気を利かせてくれたのかもしれない。

 隣には帆足。二人きりでベンチに座っている。

「帆足ちゃん、ありがとう」

 いつもだったら簡単に言える大好き、が喉から出てこない。灯理にはさっきも言えたのに不思議だ。

「気にしないでちょうだい。弁当をこのまま持って帰るとうちの者が悲しむの。私を助けたと思ってくれればいいわ」

 制服に綺麗なハンカチを広げると帆足はいただきます、と手を合わせた。由比もならって同じことをする。食べ物はおいしいし、一緒にいるのが嬉しい。日陰なので、少し赤くなった顔を気づかれないで済む。良いこと尽くしだ。

 これがきみと一緒にごはんを食べた日。

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