はんぶんこ

ことぼし圭

第1話

 快晴だった。

 空はどこまでも続いていていたが、ちょうど由比が見上げたガラス窓の形に途切れている。勿体ないのですぐに外へ出ようと席を立つ。昼休憩のため先生に怒られることもない。

「そうだ、忘れてた。ごちそうさまでした!」

「由比、そんなに慌ててどうしたの?」

「ちょっとそこまで行ってくるね」

 大きな弁当箱を慌ててしまうと、幼馴染に一言伝えて教室を出る。どこへ行くのが良いだろうか、と一瞬悩んで階段を上った。高いところは好きだし、体を動かすのも得意だ。ひとつずつ飛ばして階段を進む。あっという間に屋上の入り口まで来た。自主性を重んじる中学校は、屋上に鍵をかけていない。昼ごはんを食べる先客に迷惑が掛からないよう、そっとドアを開ける。

「あ」そうつぶやいたのは、慎重に開けたのに音が大きかったからだ。

「錆びたのかなあ」独り言を言いながら由比はまた大きな音を立てる羽目になった。調子の悪いラジオみたいだ。森の廃屋のドアだってもう少しましに動くはず。何度かドアを押したり引いたりしていると少女の声がした。

「雨除けもないし仕方ないわ」聞き覚えのある声だ。幼馴染の友達で、挨拶したことはあった。

「こんにちは、神門さん」

「三度は会ってるし、帆足でいいわ。苗字は好きじゃないの」

「じゃあ帆足ちゃん」

「すごく仲良しみたいに聞こえるわね」帆足は少し驚いている。大きな瞳がもっと大きく見えた。

「だって灯理ちゃんの友達でしょう? 好きになる理由はたくさんあるけど、嫌う理由は何もないよ」

「あら、ずいぶんね」

 由比が首を傾げていると、帆足は可笑しそうに笑った。

 ずいぶんの続きが気になって由比は帆足の声を待つ。

 よく見ると帆足は手にスプレー缶を持っていた。似合わないと断言できるが、以前会ったときに白衣を羽織っていたのを思い出して由比は言葉を絞り出した。

「珍しいもの持ってるねえ」

「貸してあげましょうか」

「タダより高いものがないって言葉があるのは、ぼくでも知ってるよ」

 冗談めかして由比が言うと帆足はまた笑った。灯理の言いそうな言葉だ。きっと帆足も聞いたことがあるだろう。

「らくがきでもするの?」

「その反対。掃除をするのよ」

 缶の上部には細長い管のパーツがついていて、そこから空気が抜けるような音が鳴った。

「初めて見た」

「私も使うのは初めてよ」

「使い方、知ってるの?」

「説明書は読んだわ」

「帆足ちゃんって偉いんだねえ」

 気の抜けた由比の声に帆足はまた笑った。

「あなた、可笑しな人ね」

「それはよく言われる。あとね」へらりと笑う由比は言いたいことを一つだけ言った。「僕の名前は雅臣だよ。よかったらそう呼んで?」

「ほんとうに不思議な人ね」

「ぼくもなんでこんなこと言ってるか不思議だなあ」

 自分でもよくわからないけれど、今ここで言わなくてはと感じたのだ。こういう時の直感には従うことにしている。由比は精一杯まじめな顔をした。

 その日は屋上のドアに油をさしてから別れた。休み時間より遅くなったのは内緒だ。次が自習の時間で本当に良かった。

 これがきみに自己紹介をした日。

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