information:25 ティーパーティーを始めようか!

 前面部がウサギの顔に改造されているボディが真っ白な車――ハクトシンタクシーを走らせること数分、ネーヴェルの位置情報が指し示す場所の手前へと到着する。


「車で走れるのはここまでですぜ。ここからは歩いて向かいましょう」


 ネーヴェルがいるのは森の中。車で走れるのは森へと入る入り口の手前まで。ここからは徒歩でネーヴェルの元へと向かわなくてはならない。

 と言ってもネーヴェルのいる場所はそんなに奥ではない。むしろ中央よりもやや近い場所にいる。

 その結果、思ったよりも早く銀髪幼女の姿を――額から大量に血を流し大樹にもたれかかる姿を発見することになった。


「ネーヴェルさん!」


「ンッンッ! ンッンッ!」


 セリシールとクロロはネーヴェルの姿を見るや否や駆け寄った。駆け寄らせざるを得なかったのだ。


「ネーヴェルの姉貴!」


 一拍遅れてボブも駆け寄った。

 セリシール、クロロ、ボブがネーヴェルを囲う。


「ボクは大丈夫だよ。ちょっと血を流し過ぎただけ。みんなには心配をかけたね」


「ンッンッ!」


「ネーヴェルさん! ネーヴェルさ〜ん!」


 セリシールは抱きつき頬を擦り付ける。クロロは膝の上に乗り体を擦り付ける。

 額から血を流しているものの、ネーヴェルが無事だったことに二人は安堵しているのだ。

 そんな感じで抱きついてくるセリシールから気になる臭いが、ネーヴェルの鼻腔を刺激した。


「それよりも焦げ臭いのはどうしたのかな? ついさっき大きな音もしてたけど……キミたちの方こそ大丈夫だったのかい?」


「あっ、そ、それなんですけどね……」


 セリシールは俯きながら小さな声で呟く。

 その姿は悪さをした子供がそれを自白して親に怒られる前の姿と酷似している。


「爆弾の処理が出来なくて、教会を吹き飛ばしてしまいました……」


「え?」


 さすがのネーヴェルも信じられないと言った表情を浮かべた。

 その姿にセリシールは焦りを見せ、体の動きがうるさくなる。


「で、でもですね! 死者数ゼロです! 負傷者は……まあ、多少はいましたが、軽傷くらいで済んでます。洗脳されてしまっている人たちもいっぱいいます。と、とにかくこっちは教会が吹っ飛んだだけで大きな問題はありません!」


「いや、教会が吹き飛んだことが一番大きな問題なんだけど……制御室を見つけられなかったのかい?」


 ネーヴェルはセリシールのメガネを通して視界を共有することが可能だ。

 しかしセリシールが制御室へ足を踏み入れた時、ネーヴェルはレジーナと絶賛戦闘中だったのである。

 だからセリシールの行動を一切確認していない。


「制御室は見つけましたよ!」


 と、なぜか自身げに答えるセリシール。


「そらなら爆弾を停止するレバーがあったはずだけど? 起動と停止の両方が書かれたレバーが」


 ネーヴェルの言葉を聞いて記憶を辿るセリシール。


「あっ……」


 声を漏らしてしまうほど思い当たる節があったらしい。


「まあいいさ。シールくん、キミのことだから一番大きなボタンを押してしまったんだろ。緊急設定に切り替わるボタンを……」


「さ、さすがネーヴェルさんですね。なんでもお見通ですか」


「さすがなのはシールくんの方だよ。キミのポンコツぶりはボクの想像をいつも超えてくる。これで洗脳された人たちを留めておく都合の良い施設がなくなってしまったってことか」


 ネーヴェルは洗脳された約350人の人間を洗脳が解けるまで教会に留めておくつもりだったのだ。


「そこまで考えてたんですね。でもなんで教会に留めておく必要があるんですか? 早く病院に連れて行ってあげましょうよ」


「いや、病院は今は受け入れてくれないよ。キミもやられただろ。花の香りを嗅いで病院送りになった事件を。あの被害者たちがまだたくさんいてね」


「そ、そうだったんですね。そ、そしたら洗脳された人たちはどこに……病院もダメ、教会は吹き飛んで……あっ、エメラルド湖畔はどうですか? あそこなら広いですし、ヴァンさんたちに頼めばなんとかしてくれると思いますよ」


 教会の爆発阻止を失敗してしまった責任からか、セリシールは必死に提案をする。

 とっさに思いついたもののその提案も悪くはないものだった。しかし、ネーヴェルは首を横に振る。


「どんなホームレス集団だよ。公衆のための区域を利用するのはあまりよろしくないとボクは思うよ」


「な、なら、どうしたら……」


「こうなってしまったからには仕方ないね。国家アホ安局に任せるとするよ。ちょうどマヌケくんも解放のタイミングだしね。国家アホ安局なら広い敷地を所有しているからね」


 広い敷地とは国家保安局が所有している監獄のことである。使われていない監獄があることをネーヴェルは知っているのだ。

 そこなら大人数を収容することが可能なのである。

 ちなみに監獄という言葉はわざと伏せている。セリシールに勘違いされて騒がれたら面倒だからである。


「ふぅ〜。よかったです。一安心ですね。なんだかこうなることを最初から予想して、マヌーケさんを閉じ込めてたりして……」


「そこまでボクは予想してなかったよ。でもいくつも策は用意してた。その中の策がたまたま今回の件と嵌っただけさ」


 これで洗脳された約350人の人間の収容場所が仮ではあるものの確保できたことになる。

 これもネーヴェルが念のために用意していた策のおかげである。それなのにネーヴェルは謙遜する。

 そして謙遜した空気の中、静かに口を開く。


「……みんなすまない」


 最初に謝罪の言葉が出た。

 それに驚いたセリシールとボブは耳を傾ける。


「レジーナ・ルビーに逃げられてしまったよ」


 ここまで話題に上がらなかった人物の名がネーヴェルの口から発せられた。

 気になること、むしろ重要なことではあったものの、ネーヴェルの安否やセリシールのやらかしたことによって後回しにされていた話題だ。

 俯くネーヴェルの瞳は悲しみの色に染まっていた。

 そんなネーヴェルにどんな声をかけるべきなのか、終始話を聞いていたボブは思考する。

 しかしその答えが出る前にセリシールが動いた。


「ネーヴェルさん!」


 ネーヴェルに思いっきり抱きついたのだ。

 安否を確認した時よりもさらに強く。そして小柄なネーヴェルを優しく包み込むように。主に豊満な胸が包み込むように。


「ち、窒息死する……」


 豊満な胸が押しつけられているため、窒息しそうになっていた。


「ご、ごめんなさい!」


 セリシールは抱きしめたまま慌てて体勢を変える。ネーヴェルが呼吸しやすいような体勢に。

 結果的にネーヴェルの後頭部を豊満な胸が挟むような体勢となる。膝枕ならぬ胸枕だ。


「ネーヴェルさんが無事ならそれでいいですよ。謝ることなんてなんにもないです」


「普通なら感動する場面なんだろうが、教会が吹き飛んだ話の後だからな。全く感動できん」


 ネーヴェルはすっぽりと谷間に挟まりながら辛辣に返した。彼女なりの照れ隠しだ。

 セリシールは「あはは」と頭を掻く。反論する言葉が見つからないからである。


「でもありがとう。ボク一人だったら無理だったよ。みんながいたからこそ明日の、17日の計画を阻止することができた。本当にありがとう」


 ネーヴェルは膝の上に乗っているクロロを優しく撫でながら、素直に感謝の気持ちを告げた。


「素直なネーヴェルさんも私は大好きですよ! だからもっと素直になってくださーい!」


 ネーヴェルの素直な一面が見れたことによりセリシールは気分が上々する。

 そして嬉しさのあまり胸でネーヴェルの頭をぐりぐりとする。

 その行為には流石のネーヴェルも驚き、足をジタバタとさせた。


「こ、断る……く、苦しい……」


「ンッ! ンッンッ!」


 足をジタバタさせたため、クロロも驚いてしまいネーヴェルの膝の上から飛び降りた。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 17日の計画を未然に阻止することができたとネーヴェルは言っていた。そしてレジーナ本人もそのようなことも言っていた。

 しかし実際のところ不安要素は多く半信半疑な状態だった。

 なので17日はいつも以上に警戒しながら過ごした。体を休めることよりも優先に。

 そして何事もなく18日を迎えることとなり、そこでようやく安堵の息を吐いたのである。

 本来なら18日も同じように警戒すべきなのだろうが、17日にしか犯行しないという一種の信頼的要素があったのである。それだけ17という数字にこだわりがあるのだ。

 だからこそ安堵の息を吐き警戒を緩めることができたのだ。

 しかしまた一つやらなければいけないことが増えたのも事実だ。


 ネーヴェルとセリシールとクロロは、いつものように情報屋バニー・ラビットに集まっていた。

 そこにはネーヴェルとセリシールとクロロの他に、ハクトシンタクシーのボブ・ダイヤモンド、ウサギ専門ブリーダーのレオン・トパーズ、大手電機メーカー部長のヴァン・E・クロワッサン、そして国家保安局副長のマヌーバ・Q・スピカがいた。

 今回の件で各々活躍を見せた面々だ。


「今回のレジーナ・ルビーの計画はみんなの活躍のおかげで未然に防ぐことができたよ。本当にありがとう。しかしだ。17日という日は、来月も再来月もその次もまたその次もある。レジーナ・ルビーは来月の17日に何か仕掛けてくるだろう。実際本人もそう言ってた。そこでボクたちは今回のように未然に防ぎたい。いや、今回とは少し違うな。未然に防ぐだけじゃない。完璧に叩きのめす」


 ネーヴェルは話し合いに参加している面々をクリスタル色の瞳に映した。。

 ネーヴェルの視線を感じた全員は、覚悟の表情を浮かべながらゆっくりと頷く。

 それを見たネーヴェルは、コーヒーを一口飲んで乾いた喉を潤わせた後に口を開いた。


「そして17年前に起きた事件の情報を、ボクたちが知りたい情報を全て吐かせよう。レジーナ・ルビーの計画に、この17という不吉な数字にピリオドを打とうじゃないか」


 ネーヴェルはいつもの不適な笑みを浮かべながら言った。幼女の顔にあるまじき表情だ。


「これでボクの話は終わり。他に何か話したい人はいる?」


 挙手するものは現れなかった。しかしセリシールだけはそわそわとしている。

 それは挙手したくても恥ずかしくてできないという可愛らしい理由ではない。

 もっと別の理由。もっと人間の欲望にまみれた理由だ。

 それは――


「ではティーパーティーを始めようか!」


 その掛け声に合わせてボブとレオンがテーブルの上に敷かれた布を引っ張って取った。

 その瞬間、テーブルの上に色鮮やかなオードブルや料理の数々が現れる。

 テーブルに並んだ食事が張り詰めた空気を一瞬で色鮮やかなものへと変えた。


「うぉおおおおおー!! ティーパーティーです!!」


 セリシールの気合の入り用は異常である。それほどこの瞬間を楽しみにしていたのだ。

 そのままティーパーティーと称した事件阻止した祝いのパーティーが開催された。


 各々が各々の好きな食材に手を伸ばす。

 それを見てネーヴェルはニヤッと笑う。

 誰もネーヴェルの表情に気付くことなく、手に取った食材を咀嚼。しっかりと味わってから飲み込んだ。


 ネーヴェルがニヤッと笑った理由は、予想が的中していたからである。

 その予想とは、誰が何を取るのか、というものだ。

 各々の好物の情報や食材の位置から、誰が何を取るのかを予想していてそれが見事に的中したのである。

 この予想はネーヴェルが個人的に行っているもので他の者たちは知らない。そして食べ物に夢中で気付いていないし、今後も気付くことはない。


 こうして楽しいティーパーティーが始まったのだが、ネーヴェルが途中で何かを思い出す。


「あっ、そうだ、マヌケくん。キミの名前を勝手に改名させてもらったよ。マヌーバ・Q・スピカのミドルネーム“クイーン”の部分をクォーツにね。突然ミドルネームが消えるのは不自然だからね。Qをそのまま残しての改名さ」


「い、いつの間に……というか情報屋の域を超えてますよ。勝手に改名されていいんですかマヌーケさん?」


 マヌーバの気持ちを汲んでか、セリシールが呆気に取られた様子で言った。


「ネーヴェル様に頂いた名前に恥じぬように精進させていただきます」


 マヌーバは平伏せ、嬉しさのあまり滝のように涙を流していた。


「洗脳されていた時よりも洗脳されている気が……」


 唖然とするセリシール。開いた口が塞がらない。

 そんな光景をクリスタル色の瞳に映しながらネーヴェルは、少しだけ冷めたコーヒーを一口飲んだ。直後、満足そうな表情を浮かべる。


「賑やかなのもたまにはいいかもしれないね」


 誰にも聞こえないように小さな声で囁いた。

 しかしその声は聴力に優れた者の耳にだけには届いていた。

 その者は元気に返事をする。


「ンッンッ!」


 可愛らしく癒される極上の鳴き声が情報屋バニー・ラビットに響き渡った。

 そして銀髪幼女に笑顔の花が咲いた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

情報屋バニー・ラビット 〜ウサ耳カチューシャをつけた本名・年齢・国籍不明の世界一の情報屋幼女と超絶有能を自称するポンコツ助手〜 アイリスラーメン @irisramen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ