information:22 一触即発

 一触即発の場面。

 レジーナの表情が不適な笑みから妖艶な笑みへと変わった。


「あなたを探す手間が省けたわ」


 ――バンッ!!!!


 銃声が響いた。火薬の臭いも冷たい空気も。この空間を包み込む。

 直後、セリシールが叫ぶ。


「ネーヴェルさん!!!!」


 悲鳴とも呼べる叫びが銃声を掻き消した。

 それほどのことがセリシールの目の前で起きたのだ。

 そう。レジーナが躊躇うことなく引き金を引いたのである。


「あら?」


 引き金を引いたはずの張本人は驚いた様子でいた。


「ちゃんと狙わないと弾がもったいないよ」


 頭を撃ち抜かれたはずの銀髪幼女が何事もなかったかのように喋っているからだ。

 否、頭は撃ち抜かれていない。30センチにも満たない距離からの射撃をネーヴェルは、いとも容易く躱してみせたのである。

 それはまるで未来を予知していたかのように。否、未来を予知していなければ無理な動きだ。


「それに後ろのモニターも使い物にならなくなったよ。まあ、ボクからしたらこれでよかったんだけどね」


「どうしてかしら?」


「だって、ホールにいる連中が洗脳されているかどうかの確認をする手段がなくなったんだからね。キミには――」


 ――バンッ!!!!


 再び銃声が鳴り響く。

 ネーヴェルが喋っている最中を――躱す余裕などないタイミングを狙っての犯行だ。

 しかしその声がかき消されることがあっても途切れることはなかった。


「――キミには不都合で、ボクには好都合なんだよ」


 かき消された部分からもう一度言葉を発するネーヴェル。


「今ので他の機器も壊れたね。そもそも電子機器は教会に相応しくない。後で頂戴しようと思ってたからとっても残念だよ」


「あら? あなたは泥棒か何かなのかしら?」


「ボクはただの情報屋だよ」


「嘘ね。ただの情報屋ならこの距離からの射撃を躱せるはずがないもの」


 レジーナは三度、ネーヴェルの額に銃の標準を定めるが、三度目の射撃を行うことはなかった。

 まぐれで躱したのではないのだと二度の射撃で思い知らされたからだ。だから無駄撃ちはしないのである。

 それなら銃を構える必要はないのだが、形だけでもそうしていなければ完全に負けた気になってしまう。

 それ以前に自分自身が麻酔銃を向けられているのだ。形だけでも構えるのが当然だ。


「射撃を躱すなんて誰でもできるよ。筋肉の動きと呼吸の変化、あと視線とか……他にもあるけどそれを見る洞察力さえあれば誰にでもできるよ。試してみるかい?」


 そう言いながらネーヴェルは引き金を引こうと指を動かした。

 その動きを見たレジーナは反射的に頭を射程範囲外へとズラした。

 しかしネーヴェルは撃たなかった。その代わりに口撃を仕掛けた。


「指の動きだけ見たでしょ? あと直前のボクの話も信じた。だから頭をズラした。キミはボクに誘導されたってことだね。キミ頭悪いでしょ?」


「うふふ。そうね。今のは頭の悪い動きだったわ。惑わされちゃったわ」


 レジーナは辛辣な言葉を軽く受け流した。それどころか妖艶に微笑み、追い詰められているこの状況を楽しんでるまでもある。

 そして乾いた唇を妖艶にペロリと舐めた。

 直後、セリシールの体がネーヴェルに向かって飛んだ。


「――ぬぁあああああ!」


 レジーナがセリシールを投げたのである。

 ネーヴェルはセリシールを受け止めることはしなかった。それどころかセリシールを躱してレジーナに射撃する。


 ビリィイイイイイ


 麻酔銃の針は電気を帯びながら真っ直ぐにレジーナの首元へと向かった。

 しかし麻酔針はレジーナに刺さることなく、銃を盾にして防いだ。幅10センチほどの銃の腹で数ミリの麻酔針を防ぐ神業だ。


「あら? 受け止めてあげないなんて優しくないのね」


「シールくんはいつも転んでいるからね。平常運転さ」


 その会話を最後にレジーナは背後へと飛び、扉を蹴って閉めた。ネーヴェルとセリシールをモニター室に閉じ込めたのだ。

 すぐさま扉を開けるネーヴェル。そして左右に分かれている通路の左だけを見ながら麻酔銃を構えた。

 人は追い込まれると左に曲がる特徴がある。そして左へと走っていく音もネーヴェルは拾っていた。さらに言うと逃げ道は左にあるのだ。

 ここまでの条件が揃っているのだから右を向くという無駄な動きを省いたのである。

 実際にレジーナが曲がったのは左だ。けれどその姿はどこにもなかった。


「逃げ足だけは早いみたいだね。レジーナ・ルビー。モニターも自分が逃げるために撃ったのかな?」


 誰もいない通路に向かって静かに声をかけるネーヴェル。

 そんな彼女の耳に「いたたたた」と、痛みを感じているセリシールの声が届く。


「シールくん。大丈夫?」


「だ、大丈夫です。それよりもを追いかけましょう。逃すわけにはいきませんよ」


「変態さん?」


 珍しくネーヴェルが小首を傾げる。しかしそこまでだ。深く追求することはなく、立ち上がったセリシールに合わせて足を動かした。

 と、思ったらセリシールがネーヴェルを呼び止める。


「待ってください! 洗脳されそうになってる人たちも放っておけません! きっと苦しい思いをしているはずです! 私なんとかしてみます!」


 セリシールの懸念は洗脳された人たちだ。洗脳を解いてあげたいという優しい気持ちが足を止めたのである。

 そして踵を返そうとしたセリシールに今度はネーヴェルが声をかける。


「ああ、それなら心配いらないよ。クロロたちに任せてあるからね」


「え? クロロちゃんたちにですか?」


 ウサギに任せるとは何事だと常人なら思うだろう。しかしクロロはただのウサギではない。知能は人並みの天才ウサギだ。

 だからセリシールは踵を返さずに銀髪幼女の小さな体へと一歩近く。


「なら安心ですね!」


 セリシールの懸念はただの杞憂となって終わったのだ。そして安堵の表情を浮かべたのだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 一方その頃、クロロは洗脳されている人たちの洗脳を解くために動いていた。

 ハクトシンタクシーのボブと共に。


「ではネーヴェルの姉貴の指示通り突っ込みますぜぇ。クロロの姉貴!」


 運転席にはボブ。助手席には後ろ足だけで立ち前足をフロントエアバックに乗せているクロロがいる。

 車はいつものハクトシンタクシーの車ではなく、真っ黒のポルシェだ。

 このポルシェもネーヴェルの指示で奪ったもので、鍵を開けたのはクロロである。


「ンッンッ!」


「では、シートベルトをしっかりと閉めてくだせぇ」


 ボブはクロロからの返事を受けてアクセルを目一杯踏んだ。

 そしてクラクションを鳴らしながら、扉の閉まった教会へと真っ直ぐに突っ込んだ。


 ――バゴォォォォォゴッンッ!!!


 黒のポルシェが教会の扉を破壊。

 隔離空間に穴が開き、そこから紫紺色の煙が空へと向かって上がっていった。

 クラクションを鳴らしていたのは、洗脳されていない人たちに車で突っ込むということを知らせるためだ。

 そのおかげで車に轢かれる人という悲劇を生んだものは一人も現れなかった。


「大丈夫ですかい? クロロの姉貴」


「ンッンッ!」


 想像以上に激しく衝突したため、ウサギであるクロロの心配をするボブ。

 クロロからの元気いっぱいの声が返ってきてホッとするのであった。

 そのままギアをリバースに変えて入ってきた時と同じくらいのスピードでバックする。

 そうしなければ車内に洗脳薬が含まれている紫紺色の煙が入り込んでしまうからである。


 洗脳されなかった者たちも外の空気を求めて外へと出ていく。その姿はまるで月の明かりへ向かっていく羽が生えた虫だ。


「あとは愛車のハクトシン号に戻ってネーヴェルの姉貴たちを待つだけですぜぇ!」


「ンッンッ!」


 ボブとクロロは無残な形へと化したポルシェを乗り捨てて、いつものハクトシンタクシーへと向かった。



◆◇◆◇◆◇◆◇



 一方その頃レジーナは、駐車場へまで逃げてきていた。

 車に乗り込もうとはせず、その場に立ち尽くしたままだ。


「あら? 私の車がないわね。うふふ」


 レジーナの愛車は黒のポルシェ。先ほどボブが教会に突っ込んで車体をボロボロにしたあのポルシェだ。

 ここに駐車されていなくて当然である。

 しかしレジーナは盗難にあったときに見せる当たり前の表情を一切していない。妖艶に微笑み恋する乙女のようにうっとりとしていた。

 彼女の脳裏には銀髪幼女の姿が映っているのだ。そしてそれが幻覚となって目の前に現れている。


「さすがね。子ウサギさん。でもいいのよ。私は歩いてここから消えるわ。あなたとはもっと遊びたかったのだけれども、計画の方が大事なのだからね。明日の計画は潰れちゃったのだけれども、来月も再来月もその次も17日があるのを忘れないでね。その時まであなたとの遊びはお預け。うふふ。あ、そうだわ。伝え忘れてた。あの教会にはまだ仕掛けがあるってことを」


 そう呟きながら幻覚のネーヴェルに別れを告げた。

 そして右腕を庇うようにしながら歩き出した。

 彼女の右腕はネーヴェルが撃った麻酔針を防いだ際に電流だけを受けてしまい、麻痺してしまっていたのであった。

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