information:21 不適な笑みを浮かべるウサギとハイエナ

 ネーヴェルが薬品が装着された機械の解除を試みている中、レジーナの演説は始まり中盤にまで差し掛かっていた。


『――明日は17日です。ルフモ連合国にとっては”不吉な日”という認識が強いでしょう。今の子供たちでも17という数字がどんなに不吉かを知ってます。だからこそ、そのような日だからこそ、力を合わせて歴史的な一日にしていきましょう。未来の子供たちに不吉な日だと、17が不吉な数字だと、思われないためにも、私たちで変えていくのです! 明日を! 未来を!』


 演説中でもレジーナはフードを外さない。深く被り素顔を見せてはいない。

 それが逆に神秘的に思えてしまうのは、彼女の声が聖女のように優しく未来に明るさをもたらすものだからだ。

 しかし、それは表の姿――壇上に上がるレジーナの姿だ。

 演説を聞いている者たちの死角ではレジーナの裏の姿が、否、本当の姿があった。


 カチッ


 スイッチが押される音だ。

 レジーナは死角を利用して演説中に何かのスイッチを押したのである。

 その何かとは、ネーヴェルが解除を試みている機械。薬品が入った筒が17本設置されている機械のスイッチである。


 カチッ

 カチッ

 カチカチッ


 レジーナの指に何度も力が入る。


『あ、明日は――』


 想定外のことが起きてしまい、声が一瞬裏返った。


『ルフモ連合国に加盟する四つの国を回り祝杯をしましょう。子供たちにはお菓子をプレゼントし、大人には花をプレゼントしましょう』


 一瞬だけ声が裏返ったものの、焦りの色を隠せているは彼女が演じるのが上手いからであろう。

 今まで表の顔と裏の顔を演じてきたのだから当然だ。

 演説の勢いが戻ってきたところで、レジーナは別のスイッチを手に持った。


(ネズミを始末できなかったのね。挙げ句の果てには機械までも壊されてしまって。うふふ……まあいいわ。だってこっちがメインですもの。うふふ)


 カチッ


 新たに手に持ったスイッチを押した瞬間、レジーナがいる壇上の演台がパカッと開いた。

 開いたのは傍聴者側の方だ。そこに扇風機のプロペラのようなものが四体現れた。

 傍聴者たちは当然、トラブルの類だと思っているだろう。

 扇風機のようなものも、さほど違和感がないからだ。

 そのまま何事もなかったかのようにレジーナは演説を続ける。


『鳥が自由に空を飛ぶように、魚が素早く海を泳ぐように、それが当たり前だと、当然のことなんだと、不思議に思わないように私たちには魔法がかけられているのです。そんな魔法を私がかけます。今までの当たり前を変えて新たな当たり前を作りましょう! あなたたちは新たな世界の目撃者となるのです! うふふ。では明日は最高の日にしましょうね。うふふ……歴史的な、最高の17日に、未来永劫一番に語られる17日にね』


 不適な笑みを浮かべながら砕けた口調で発言した直後、扇風機のプロペラが回転した。

 そこから紫紺色の煙がもくもくと風に乗り傍聴者たちのもとへと流れていった。

 さすがの傍聴者たちも異常事態だと気付き、誰かが叫ぶ。煙に触れまいと慌てて席を立つ。

 連鎖が連鎖を生んで混乱が起きる。

 負の感情の伝染も恐ろしく早い。最初に危険を察した誰かが叫んだ瞬間から僅か二秒だ。

 たった二秒で全員に負の感情が伝染したのである。


 逃げ遅れた者たちは人形のように動かなくなった。

 それを見てさらに恐怖が人々の心に伝染する。


「……ん? なんだか……騒がしいですね……もしかしてもう終わっちゃいましたか?」


 さすがのセリシールも意識が覚醒した。

 寝ぼけながら辺りを見渡していると――


『やっと起きたかい。シールくん』


 セリシールの鼓膜をネーヴェルの声が振動させた。

 最先端技術が備わった黒色のローブ、そのフードからの通信である。


「ネ、ネーヴェルさん!? い、今どこですか? なんか大変な事になってますよ! 紫色の煙がもくもくーって!」


『そうだね。まさか二重に仕掛けていたとはね。やられたよ。あ、そうだシールくん。そのフードは絶対に外さないようにね。そのフードには微生物やウイルス、細菌などを通さない特殊なフィルターのようなものが張られているからね。触っても感じないし見ることもできないけど。ああ、もちろん今ホールに充満している薬品も通さないよ。だから焦らず慎重に、そして混乱に乗じてレジーナ・ルビーのことを監視してくれ』


「レジーナ・ルビーがどの人かわからないんですけど! どうしたらいいですか? 何か特徴とかはありませんか?」


『高みの見物を決め込むガスマスクを付けてる人がレジーナ・ルビーだよ』


「いました! いました!」


『ではよろしく頼む。ちなみにボクはシールくんのメガネからそっちの状況を見てるから安心してくれ』


「あいあいさー! 超絶有能な助手である私にドンッと、任せてください!」


 ポンコツらしい挨拶を返すセリシールは、ネーヴェルに言われた通り混乱に乗じながらレジーナの監視を始めた。

 洗脳されて人形のようにただそこに立っている者たち、洗脳される前にこの場から逃げ出そうとするが扉が閉じてしまい逃げ出せずに混乱している者たち。

 この条件ならフードを深く被って身を潜めているセリシールをレジーナが見つけられるはずがない。

 見つけられたとしても時間がかかるであろう。


『あなたたちへ最初の命令よ。今からフレミスへ攻め込み国取合戦を行うわよ。その次はホランド、その次は、イングリス。最後にここネザランド。4つの国全てを支配して明日の17日を記念すべき日にするの。ルフモ連合国が一つの国に……私の国になる記念すべき日にね。うふふ』


 両腕をいっぱいに広げるレジーナ。その姿は革命というテーマの絵画にありそうなほど迫力があり芸術的だ。

 そんな姿もほんの数秒のみ。煙が充満する前にレジーナは壇上から降りた。

 ガスマスクだけでは防ぎ切れないと判断したのだろう。あらかじめ用意していた逃げ道へゆっくりと向かって行った。その姿は思い描いている明るい未来を噛みしめているような姿、勝利を確信しているような歩みだ。


 レジーナの監視を任されているセリシールは、当然ながらレジーナの後を追う。

 混乱している人の数よりも洗脳された人の数の方が多くなってきている状況だ。


「す、すいません! 通ります! すいません! あっ、すいません!」


 多少なりとも人と衝突しても人混みに流されてしまうことはなかった。

 しかし瞬きの刹那、目を離した瞬間にレジーナの姿を見失ってしまう。


「あ、あれ? いない……」


 ただ見失っただけならいいのだが、あまりにも不自然な消失だったため、セリシールは戸惑い焦る。


「たしかこっちに向かっていって……それで、この窓に、いいえ、扉だったような」


 レジーナを最後に見た場所は壁に設置されている窓と扉のちょうど間。

 そのどちらかから避難したのだと考えるのが妥当だ。

 だからこそセリシールは窓と扉に手をかける。


「開かないです。もしかして私閉じ込められちゃいましたか?」


 監視していることがバレてしまったのではないかと疑うしかない。

 外側から鍵をかけられてしまったというのなら、鍵を持たないセリシールにはもう追いかける術は残されていない。

 それでもセリシールは諦めようとはしなかった。本当に扉か窓から避難したのかを記憶を辿り思い出そうとする。


「皆さんを閉じ込めるなら最初から鍵をかけておきますよね……私が目を離した一瞬で鍵を開けて扉を開くなんて早技、多分できないですよ。それならテレビとかでよく見る隠し扉とかがあったりして? いやいやいや、まさかねぇ〜」


 推理しているかのように一人でボソボソと喋りながら、扉と窓の間に位置する壁を触り始めた。

 セリシールが見たレジーナの最後の姿が、この扉と窓の間にいるところだったからだ。仕掛けがあるとしたらここしかないと踏んだのである。

 そして何か踏んだのである。


「ん? 何か踏んだような?」


 そのまま壁に手を当てた瞬間――


「――ぬぁああああ!!!」


 扉と窓の間に位置する壁と地面が同時に回転して、壁の外側へと移動した。


「び、びっくりしま――」


 しました、と言おうとしたセリシールのこめかみに何かが突きつけられ言葉が止まった。

 そして静寂の中、自分の声や通信からのネーヴェルの声ではない別の声がセリシールの鼓膜を振動させる。


「うふふ。やっぱりたどり着いたわね。あなたとっても優秀ね」


 声をかけてきたのはレジーナだ。セリシールが追ってくると予想して待ち構えていたのである。


「超絶有能な助手ですからね……ところで、頭に何かが当たってるみたいなのですが……」


「銃よ。状況からしてわからない? それとも隙でも探っているのかしら?」


「じゅ、銃!?」


 隙など探ってはいない。純粋に銃だと思わなかったのだ。

 そして銃を突きつけられているという危機的状況にセリシールは狼狽する。


「ぎゃぁぁぁあー!! ネーヴェルさん! 私捕まっちゃいましたー! いやぁああああー!!! 助けてー! 助けてネーヴェルさーん!!! いやだぁああああああ! 死にたくないですー!!!!」


 慌てふためきながらもこの場から離れようと動いているが、レジーナが銃を突き付けていない方の手で首根っこを掴んでいるためセリシールは一歩も逃げることができずにいた。

 そのまま大人しくしていればいいものの手足をばたつかせている。銃を突きつけられている者としては、非常に危ない行動を取っているのだ。


「うふふ。元気ね。安心して。すぐには殺さないから」


「す、すぐには、って! あとで殺すんだ! いやだぁあああああ! ネーヴェルさん! 助けてくださーい!! クロロちゃーん! 助けてくださいー! 死にたくないですよぉおおおー!!」


 パニック状態に陥っているセリシール。もしも相手が残虐な殺人鬼なら今すぐ殺して黙らせるだろう。

 そうしないのはセリシールに価値があるからだ。


「うふふ。あなたを薬品から守ったのはこのフードかしら? 見たことないとっても素材で作られている良いフードね。どこで入手したのかしら?」


 レジーナはセリシールのフードを外した。


「あなたを壁の内側に戻して洗脳することなんて容易いのだけれども、このまま人質にした方が価値がありそうね。それにあなたの悲鳴を聞いてるとなんだか胸がゾクゾクするの。だからもう少しだけこのまま。ねっ?」


 レジーナは妖艶に微笑んだ。

 その笑顔を見たセリシールにさらなる恐怖が襲い掛かる。


「いやぁあああああああああー!!!!!!」


 生殺与奪の権はレジーナにある。まるで自然界におけるハイエナとウサギだ。

 死を待つだけのウサギは悲鳴を上げることだけが許される。

 その命が尽きるまで。体力が尽きるまで。悲鳴を上げることだけが許されるのだ。


 ウサギとハイエナが戦ってウサギが勝つなど万が一、億が一にあり得ない。

 様々な条件を加えたとしても、やはりウサギがハイエナに勝つなど奇跡に等しいのだ。


「ネーヴェルさーん!!!! 助けてくださーい!!!!」


 しかしそんな奇跡をいとも容易く起こしてしまうウサギがいたとしたら。


「ネーヴェルさーん!!!!!!」


「うふふ。叫んでも無駄よ。でももっと叫んでほしいわ。聞いていて心地良いもの」


「いやぁあああああー!! 変態ですー! この人変態でーす!!!!!」


 ウサギがいくら叫んでだところで、奇跡を起こすようなウサギは現れない。

 それどころかハイエナは悦ぶばかりだ。

 もしもハイエナと戦って勝つことができるウサギがいたとしても、そのウサギは今日この瞬間ここには現れない。もっと別の場所。あるいは別の世界だ。


「さて、モニター室へと向かいましょうか。洗脳されたかどうか見ておきたきたいわ。それにあなたの仲間の行動も気になるからね」


 レジーナは銃を突き付けたままセリシールの首根っこを引っ張り移動を始めた。モニター室へと移動する気だ。

 セリシールは手足をバタつかせて抵抗するものの、突き付けられている銃をさらに強く突き付けられてしまい抵抗をやめた。それと同時に叫ぶのもやめた。

 セリシールはレジーナにただただ引きづられていく。その姿はまるで母親に引っ張られる駄々を捏ねていた子供のようだ。

 実際にはそんな可愛い状況ではないのだが、先ほどまでのセリシールの人質としてのポンコツ具合がそう思わせたのである。


 しばらく歩くとレジーナの瞳に目的の場所が――モニター室の扉が映る。

 そして何か閃いたかのように口を開く。


「そうね。最初の命令を変更しなくちゃならないわね……」


「命令を変更?」


 セリシールは純粋な少女だ。人質である状況にも関わらず気になることがあれば小首をかしげて質問するのである。


「ええ。最初の命令はあなたの仲間の抹殺ね。うふふ。さすがのでもあの数を相手にできないでしょう。そのためにも全員がちゃんと洗脳させれているか確認しないと」


 そう言いながらセリシールに突き付けている銃を下ろして扉に手をかけた。

 そして銃を持ちながら器用に扉を開けた。

 扉が半分開いた時、レジーナは危険を察知し真っ先に銃を構えた。


「あら? いたのね」


 レジーナの瞳には、銃を向けているウサ耳カチューシャを付けた銀髪の幼女が映っている。


「やあ。キミがレジーナ・ルビーだね」


 ご近所への挨拶かと思うほどの柔らかい感じで言葉を発する銀髪幼女。

 しかし状況はそんな日常的なものではない。銀髪幼女が小さな手で握る麻酔銃はしっかりとレジーナの額を捉えていた。


「うふふ。そうよ。私がレジーナ・ルビーよ。ところで子ウサギさん。あなたの名前は?」


 レジーナの銃もしっかりと銀髪幼女の額を捉えている。

 そんな死と隣り合わせの状況で銀髪幼女は自己紹介を始める。


「ボクの名前はネーヴェル・クリスタル。ウサギ好きのただの情報屋さ」


「ネーヴェルさん!」


 ウサギがハイエナに勝つなど奇跡に等しいと前述した。

 しかしそこに登場している動物は比喩表現だ。

 ネーヴェルとセリシールはウサギではない。レジーナもハイエナではない。人間だ。

 今ここにいるのはウサギでもハイエナでもなく人間なのだ。

 人間同士の戦いなら勝敗が着くまで勝者はわからない。

 全ては彼女らの行動次第で変わるからだ。


「ふんっ」


「うふふ」


 銃を突き付け合う二人は不適な笑みを浮かべた。

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