information:20 二兎追い二兎得れる者だけが生き残れる世界

 クロロから通信を受けたネーヴェルは、警備員や教会関係者を掻い潜り、立ち入り禁止区域への潜入に成功していた。

 そこは大人一人楽々通れるほどの広さを持つ隠し部屋のようなところ。もう少し簡単に説明すると教会の屋根裏部屋だ。


「ここだね」


「ンッンッ」


「それと……」


 ネーヴェルとクロロの瞳には謎の機械が映っている。

 その謎の機械は軽量的かつ手作り感満載の正方形の箱だ。その中央に何かしらの液体が入った透明の筒が設置されている。

 ――その数17本。

 そして正方形の機械にはくだが無数に繋がれている。その管はどこまでも伸びていて、ネーヴェルたちの視界では終点を把握できないほどだ。

 しかしどこに伸びているかのおおよその見当は付いていた。なぜならこの屋根裏部屋の真下――2つ下の階では、今もなお演説が行われているホールだからである。


「液体は十中八九薬品だろうね。マヌケくんを洗脳した薬品かな? マヌケくんは言葉を聞いてそれに従っていたと言っていたよね。だとしたら演説中に撒く気だろうね」


「ンッンッ」


「それによって儀式の参加者全員を洗脳」


「ンッンッ?」


「殺しはしないはずだよ。殺すよりもこの人数を一気に洗脳した方が明らかに有益だろうからね」


 殺人と洗脳。その両方を天秤にかけた結果、圧倒的に洗脳した方が犯人にもたらす有益があると判断。

 事実、マヌーバがそうだったのだから、今回もそのように行動するだろうとネーヴェルは考えている。


「レジーナ・ルビー。会ったことはないし、情報が不十分だが、17の数字にこだわりすぎてるところを見ると、17年前の事件に関係がある人物で間違い無いだろうね。ただの信者の可能性はあるけど、信者なら信者しか知り得ない有力な情報を得ることも可能だ。事件を未然に防いで情報を聞き出そうか」


「ンッンッ!!!」


 元気よくクロロが返事をした。

 その返事を聞いたネーヴェルは作業に取り掛かる。


「事前情報はないがこの機械を止めるしか方法はなさそうだね」


「ンッンッ」


「大丈夫だよ。このタイプの機械は見たことあるからね。それにしても17年前を彷彿とさせる雑な作りの機械だな」


 ネーヴェルが機械に触れて止める方法を調べている時、屋根裏部屋の床の軋む音がネーヴェルたちの鼓膜を振動させた。

 誰かが歩いた時に生じる軋んだ音ではない。誰かが屋根裏部屋に入るため床を開けたのだ。

 その床の扉が開いた音が鳴った方へ吸い込まれるかのうようにネーヴェルたちの視界が動く。


からネズミが入ったって報告があったがよォ。ネズミじゃなくてガキとウサギじゃねーかァ」


 屋根裏部屋に入ってきたのは、ボブよりも一回り堅いの良い筋肉質で黒髪の大男。

 顔や腕には火傷の跡や傷の縫い目などが複数ある。その中でも一番目立つのは両手の甲に彫られた砂時計のような形をしたタトゥーだ。

 大男の存在よりも手の甲のタトゥーに気を取られていたネーヴェルは、大男の侵入を許してしまう。


「いや、でもやっぱり、お前たちはネズミだなァ。袋のなァ!」


 大男はいつ襲ってきてもおかしくない形相でネーヴェルを睨みつけた。

 ネーヴェルはそれに怯むことなくローブの内側に手を伸ばした。

 それを見た大男は口を開く。


でも出すつもりかァ? 俺には麻酔は効かねェよ」


 明らかにネーヴェルを知っているかのような口ぶり。もしくは麻酔銃でチンピラたちがやられたという報告を受けていたのか。

 どちらにしても大男の言うことが正しいのならば、大男に麻酔は効かない。ネーヴェルの唯一の護身用具が効かないという事になる。

 それはネーヴェルにとって危機的局面のはずなのだが、ネーヴェルは涼しげな顔でローブの内側から――


「残念。ウサ耳だよ」


「……ウ、ウサ耳?」


 ネーヴェルは愛用するウサ耳のカチューシャを取り出した。

 麻酔銃を取り出すのだと予想していた大男の顔が少しだけ赤らむ。耳はトマトのように真っ赤だ。

 そんな羞恥に感じている大男を瞳に映しながらフードを外す。そして今取り出したばかりのウサ耳カチューシャを付けた。


「視界がスッキリしたしたよ。フードが少しぶかぶかだったんでね」


「お、お前は……そうか。くっくっく……お前がが言ってたウサ耳の悪魔かァ」


「悪党は笑い方も悪党なんだね。いかにもボクがウサ耳の悪魔だよ。それでとは誰のこと?」


 ネーヴェルはウサ耳をくいくい動かしながら答えた。その動きを可愛いと捉えるのが一般的だろう。

 しかし状況によっては違う。大男に対する明らかな挑発だ。表情も不適な笑みを浮かべている。


「くっくっく……お前の首を持っていけばきっとボスは喜ぶだろうなァ。そしたらオレは大出世。くっくっく……」


 大男は挑発に乗ることなく、訪れることのない未来に胸を踊らせていた。

 そしてその未来を実現させるために大男は一歩踏み出す。


「クロロ」


「ンッンッ!」


 静かにクロロの名を呼んだネーヴェル。

 その声を聞いたクロロは駆けた。大男の背後へと回り込むような走りだ。


「二兎を追う者は一兎をも得ずって言葉があるんだよォ! ウサギは無視だァ! 悪魔を潰す!」


 大男も駆けた。真っ直ぐ銀髪の幼女に向かって。

 それでもネーヴェルは一切怖気ない。それどころか余裕の笑みすらも浮かべている。

 両手はフリー。格闘技で対抗するのにも体格差がある。算段は何もなさそうに見えるが、算段がないものにあの笑みは浮かばない。


「――なッ!?」


 大男の足が止まった。否、何かが足に絡まり止められてしまったのだ。

 駆けた勢いが急停止した事によって顔面から倒れていく。いくら筋肉質だからと言っても踏ん張りが効かなければ簡単に倒れるものなのだ。

 しかし大男は倒れなかった。再び何かが絡まってきたからだ。今度は足ではなく上半身。腕や胸の辺りだ。


「なんだこれはァ!?」


 困惑の色を見せる大男。体の自由が効かなくなりその場で暴れ出すが、暴れれば暴れるほど体が締め付けられて動きが鈍くなっていく。

 まるで蜘蛛の巣にかかった獲物だ。

 大男の体を締め付けて縛り上げているものは、ネーヴェルとクロロがこうなることを想定して予め設置していた即席の罠である。

 クロロが走り出したのも、罠に引っかかった獲物の動きをさらに鈍くさせるために、壁にかけてあったゴム状の紐やワイヤーなどを壁から離してさらに巻きつかせたのである。

 それがうまくいったのだ。


「二兎を追う者は一兎をも得ず、って言ったか?」


 ゆっくりと歩くネーヴェル。その一歩一歩は実に短いが、その短さが大男の恐怖心を煽る。

 ネーヴェルの質問に対して沈黙を選んだ大男。冷や汗を大量にかき、生唾を飲んだ。

 そんな大男の正面、短い幼女の手が届く範囲でネーヴェルは足を止める。

 大男にとってその距離感は首元にナイフを突きつけられているのと同じだ。


「二兎追って両方得なきゃダメだろ?」


 もっともだ。

 二兎を追う者は一兎をも得ずとは、 二つのことを同時に成し遂げようとしても、結局どちらも失敗に終わるということのことわざである。

 ことわざは一つの教訓であり、それをそのまま鵜呑みにしてしまうとよくない方向へと進むこともある。

 それが今まさに大男に襲いかかる不幸だ。

 現実では二つのことを同時に成し遂げられる実力者が勝利するのである。


「……それでとは誰のこと?」


 先ほど答えてもらえなかった質問だ。

 先ほどとは真逆と言っていいほど全く違う状況だ。大男の出方も変わる可能性がある。


「……言わねよォ。ガキがァ!」


 暴言を吐きながら拒んだ。

 だからこそネーヴェルは容赦しない。



 バリィイイイイイ――



 懐から出した愛用の麻酔銃で大男を撃つ。

 麻酔が効かないと言う情報を予め教えてもらっているため、電流の出力を上げての射撃である。

 麻酔針に纏う電流が視覚で確認できるほど。それどころか残像が残るほど。

 さすがの大男も耐えることができず、声を出す前に気絶した。

 悲鳴を上げなかったのは好都合である。


「キミが言うボスとは誰のことかわからないけど、キミはさっきレジーナ・ルビーに通信してた人物で間違い無いよね? 語尾や喋り方、声が一致してるから……」


「…………」


「って、聞いてないか」


 意識を失っている大男から返事は返ってこない。

 そんな大男の気になる部分をクリスタル色の瞳に映しながら、今度は独り言ととしてネーヴェルの口から発せられる。


「手の甲のタトゥーは砂時計だと思っていたけど、これはオリオン座だね。たしかオリオン座は88ある星座の中で17番目に数えられる星座だったような……まあ、今そんなことはいいか。ボクは作業に戻らせてもらうよ」


 ネーヴェルは踵を返して正方形の機械の元へと戻る。


「おいでクロロ」


 その際、ネーヴェルの愛兎であるクロロを呼んだ。


「ンッンッ! ンッンッ!」


 クロロは元気よくかけていき、ネーヴェルのもとへ。

 もふもふボディを擦りつけるクロロ。すぐにその綺麗な黒色の体毛が付着する。

 その体毛に気にすることなく、むしろ喜びを覚えながら、ネーヴェルはクロロのお尻から背中にかけてをわしゃわしゃと撫でた。

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