information:19 教会へ潜入して核心となる情報を入手せよ
XX年X月16日――この日、ルフモ連合国ネザランド中央区のネザランド教会で儀式という名の教会会議と入信が行われていた。
教会員並びにその関係者406名、入信者並びに見学者72名、合計478名による大規模な儀式だ。
入信はともかく教会会議までも儀式として一括りにしているのは、神の御加護や御言葉をもらうからである。神が関わる全ての行事は儀式として呼ぶのが、ネザランド教会の決まりなのだ。
そんな478名が参加する儀式に2人の
その賊とは情報屋バニー・ラビットの二人――ネーヴェル・クリスタルとセリシール・S・パールだ。
二人は教会員と同じ黒色ローブ服を身に纏いフードを深く被っている。素顔を見られないようにフードを被っているのだろうが、そのフードには獣耳もといウサ耳が付いておりかなり目立つ。
目立つのだが、それを気にする者はいない。
それもそのはず。ここは教会だ。
人と違うところを気にして差別や区別をするような人は、教会員の中にはいない。それが教会の方針、それぞれが持つ心得なのだから。
無論、入信者や見学者もそのことは周知である。故にフードにウサ耳が付いていようが気にする者はいないのだ。
だからこそ見学者として侵入するのではなく、教会員として侵入しているのである。黒色のローブを身に纏っている人物の方が多いため溶け込みやすいのだ。
実はこのローブ、大手電機メーカーの部長であるヴァン・E・クロワッサンに特注で用意してもらったものである。
なので他の教会員と異なる部分はフードに付いているウサ耳だけではなく、最先端技術が備わっているという部分もある。
その最先端技術を披露せず平和的に時間が過ぎていくのが一番なのだが、後ほど披露することになるかもしれない。
そんな最先端技術が備わったローブを身に纏っている二人は、どのようにしてここまでやって来たのかと言うと、毎度お馴染みのハクトシンタクシーだ。
運転手も毎度お馴染みのボブ・ダイヤモンドである。彼に運転してもらいネザランドの教会にまでやって来たのである。
そしてハクトシンタクシーには近くの駐車場で待機してもらっている。帰りの足もそうだが、何かあったときのために近くにいてもらえると助かるのである。
いつもネーヴェルに抱き抱えられているミニウサギのクロロは、教会内のさらに内側、関係者しか立ち入れる事ができない場所に潜伏している。
ネーヴェルは教会内の人が一番集まるホール内で。クロロは関係者しか立ち入れることができない場所で。
二手に分かれて情報収集を行なっているのである。
時同じくして情報屋バニー・ラビットの隠し扉の奥にある拷問部屋ではウサギのブリーダーであるレオン・トパーズの指導の元、クイーンに洗脳されていたマヌーバの更生作戦、もとい十種類十匹のウサギたちのお世話が行われているが、それはまた別の話……。
「クイーンさんの演説はまだですかね?」
そわそわとしながら小声で話すのはセリシールだ。
「入信式が終わってからだろうね。教会員の挨拶を兼ねての演説の時だと思うよ」
「まだまだ時間がかかりそうですね……もう眠くなってきましたよ……」
セリシールはじっとしていられないタイプだ。興味のない話には集中することができないのである。お堅い系の話なら尚更だ。
大きな欠伸が止まらない。
「それなら眠っててもいいよ。そわそわされるよりはマシだからね」
「いいえ。超絶有能な助手である私が眠るわけにはいきませんから!! 集中して情報収集です!」
と、言ったのも束の間、セリシールはよだれを垂らしながら深い眠りの中へと誘われた。
「――ぐがぁー、るがぁー、すはー、ぬはー、ほぐー……」
ネーヴェルの耳元でバリエーション豊富な寝息が奏でられている。
幸いにも小さな音であるため、近くの人間以外からの視線を感じずに済んでいる。逆に言えば近くの人間の視線は痛い。
「肩を貸すつもりはなかったんだけどね……」
この時ネーヴェルは、そわそわしてくれていた方がマシだった、と思っていた。そして眠ってもいいよと言った自分を呪いたくなっていた。
それでもセリシールを起こさないのはネーヴェルなりの優しさだ。
「こんなところ、こんな状況で、ぐっすり眠れる度胸だけは一人前だね。ボクには真似できないよ」
「――ぐがぁー、るがぁー、すはー、ぬはー、ほぐー……」
バリエーション豊富な寝息のみが返ってくる。
そんな集中できなさそうな環境の中、ネーヴェルは視界に映る一人一人を細かく観察する。
クリスタル色の眼光は観察対象の視線、所作、呼吸数、服の汚れやシワ、靴底の汚れや減り具合、頭の先から爪先まで視界から入手することができる情報を集めていた。
(左手の薬指に指輪の跡がある女。交際相手と縁を切ったばかりなのだろう。日焼けの具合から見て恐らく四日か五日か。あっちの男はズボンの右ポケットに何か入ってるな。何かのスイッチにしては小さすぎるな。形からしてタバコの箱か。こっちの男は顔の右側だけシミが多く荒れている。仕事は運送関係か。それも紫外線を防ぐ窓ガラスを使用していない小さな企業の。今度はこっちの奇抜な女だ。靴は新品だけど靴底に白い汚れが。これはイングリスの特徴だね。あそこは金持ちが多いから靴も黒いローブも全部新品か。前日は美容室にも行っただろうな。髪がすごく綺麗だ。他にもあっちの女は手が異常に荒れてる。皮膚病の症状というよりも水洗いでの荒れだろうね。だとしたらどこかの使用人か飲食店のスタッフ。それか家族が多い主婦か)
ただそのどれもが今回のレジーナ・ルビーが暗躍する事件には関与していない可能性がある人物ばかり。
ネーヴェルが欲している核心的な情報は得られていない。
では嗅覚からの情報はどうだろうか?
ネーヴェルは嗅覚の情報に意識を集中させた。
(微かに感じる薬品の匂い。どこからか漏れていると言うよりは、誰かの体や衣服に付着した感じの匂い……残り香だな。それが誰なのかがわかればいいのだけど、さすがにこの人数じゃ厳しい。動いていればすれ違いざまに嗅ぎ分けることが可能だけど、まだまだ儀式は続くからね)
嗅覚からの情報ではこれが限界。今ひとつ核心には迫れない。
次にネーヴェルが行った情報収集は聴覚によるものだった。
耳を澄ませ神経を研ぎ澄ませる。そうしなければセリシールの寝息に全てがかき消されてしまうからだ。
(さすがに儀式中に喋る人はいないか。貧乏ゆすりもない。呼吸音も服が擦れる音も姿勢を直す音も不自然なものはないな)
もしもネーヴェルにウサギほどの聴力があれば、もう少し情報を集めることが可能だっただろう。
そう。ウサギほどの聴力があれば……
ネーヴェルは黒色のローブのウサ耳の付け根の部分に手を添えた。直後、四回タップした。
それはまるでリモコンでも操作するかのような動き。慣れた手付きで操作しているのは、機能を全て理解しているからだ。
ネーヴェルが今必要としている機能。それがこの最先端技術が搭載されたローブの中にある。
(これは驚いた。ウサギとはこんなにも耳がいいのか)
今のネーヴェルは人間の3倍の聴覚を持つウサギと同じ聴覚になっている。
フードに付いているウサ耳が音を集めるアンテナのような役割をしているのだ。さらには意識を集中させると聞きたい場所の音だけを集めてくれる。雑音やセリシールの寝息を意識の外側へと誘導してくれるのだ。
(男の息遣い。女の息遣い。老人の息遣い。子供の息遣い。頭を掻く音、鼻をすする音、唾を飲む音、心臓の音。鍵同士が擦れ合う音、姿勢を変える音、関節が鳴る音――)
『……ナさん、準備が整いましたァ――』
(――通信音!?)
まるで自分に通信が入ったかのような音声で音を拾った。
通信機器の音を拾う事に関してはウサギの聴覚を遥かに超える能力だ。これぞ最先端技術。
ネーヴェルが通信を受け取ったであろう人物の方へとゆっくり視線を向けた。
幸いにも演説をしている壇上に近い場所であったため不自然な動きにはなっていない。
(あいつか。あいつが……)
ネーヴェルは直前の記憶を呼び起こす。
『準備が整いましたァ』
通信音を拾った時の記憶。
否、重要なのはそれよりも少し前の記憶――
『
(あいつがレジーナ・ルビーか)
ネーヴェルのクリスタル色の瞳には、ネーヴェルと同じように黒色のローブに身を包み、フードを深く被っている人の姿が映っている。
その人物こそ通信を受け取った人物でネーヴェルが本物の黒幕だと称している人物――レジーナ・ルビーだ。
女性の名前通り、レジーナは女性のような体付きをしている。顔はフードを深くかぶっているため見ることは叶わないが、ちらりと見える紅色の妖艶な唇から女性であることは間違いないだろう。
標的を確認したところでネーヴェルはウサ耳の付け根を1回タップする。
直後、鼓膜を、心を、全てを癒す声がネーヴェルの耳元に囁かれた。
『ンッンッ』
クロロの声だ。
最先端技術が搭載された黒色のローブの通信機能を使ってクロロと通信しているのである。
先ほど盗聴のようにして聴いた通信とは違い、これは紛れもなく本物の通信だ。
クロロ側の通信機器は以前も使用していた首輪――カメラのレンズが付いた首輪である。
「こっちは標的を見つけたよ。そっちの状況は?」
ネーヴェルは小声で話す。
その声は通信先のクロロと肩に顔を乗せて眠っているセリシールにしか聞こえない。小声だからという理由ではなく、フードには防音機能が備わっているからだ。
と言ってもセリシールはぐっすりと眠っているため聞くことはできない。ネーヴェルの声を聞いているのはクロロのみだ。
ちなみにウサ耳の付け根を2回タップするとセリシールに通信が繋がる。3回タップするとハクトシンタクシーに繋がるように設定されているのである。そして先ほども行った4回タップは聴力強化の効果だ。
『ンッンッ! ンッンッ!』
「そうか。そっちも見つけたか。演説までまだ時間がありそうだからね。ボクもそっちに向かうとするよ」
『ンッンッ』
クロロの返事を聞いたネーヴェルはウサ耳の付け根を1回タップする。先ほどとは違う方のウサ耳だ。そうする事によって通信を切ることができるのである。
そしてクロロの元へと向かう事になったネーヴェルに一つの懸念があった。
それはもちろん眠っているセリシールのことだ。
「シールくんも一緒に――」
「――ぐがぁー、るがぁー、すはー、ぬはー、ほぐー……」
「いや、置いていこう」
ネーヴェルは肩に頭を乗せているセリシールの姿勢を正してから席を立った。
途中嫌がる素振りを見せたが、ぐっすりと眠ったまま落ち着いてくれた。
その寝顔を一度見てからネーヴェルはクロロの元へと向かったのだった。
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