information:18 10匹のもふもふは刺激が強すぎる

 本物の黒幕の居場所やその正体について考えていた時、情報屋バニー・ラビットの扉がトントトトン、とリズムよくノックされる。

 ウサギ専門のブリーダーがやってきたのである。


「どうぞぉ――ぉおうわぁああああああああ!!!!」


 招き入れながら驚きの声上げるセリシール。

 彼女の瞳には、リードに繋がれた十匹のウサギが「ンッンッ」と声を漏らしながらもふもふの体をぷりぷりと揺らしている姿が映ったのだ。

 しかもその十匹のウサギは全て種類が違う。十種類のウサギを同じ視界に映してしまえば、そのあまりの可愛さに声を上げてしまうのは当然だ。人間の摂理には誰も逆らえないのである。

 それだけウサギという生き物は魅力的なのである。


「お待たせしました。レオンです。セリシールさん、そしてネーヴェルのあねさん! 最高級の子を連れて来ました。へへへっ」


 ブリーダーの男が不敵な笑みを浮かべて言った。

 彼の名前はレオン・トパーズ。金髪と大量のピアスが特徴的な男。

 彼もまたハクトシンタクシーのボブと同じくマフィア顔負けの強面の男だ。


「……ってネーヴェルの姐さん!? 大丈夫ですか!?」


 驚愕するレオン。彼の視線の先をセリシールが辿る。


「えぇええ!? ネーヴェルさん!?」


 セリシールもまた視界に映った光景に驚愕した。


「……と、とうと……し……もふもふ……」


 ネーヴェルが口から血を吹いて倒れたのである。

 十種類のウサギのあまりの可愛さに耐えられなくなったのだ。

 至近距離からの銃弾を容易く躱せる彼女だが、ウサギの尊さを躱せる技量と精神力は持ち合わせていないのである。


 そして彼女は倒れながら『尊死』と言っている。この世界にない用語である。

 きっと彼女の情報網なら別の世界の言葉だろうとその脳内にインプットされているのだろう。


「ネーヴェルさんしっかりしてください! ネーヴェルさん!」


 倒れているネーヴェルに駆け寄ったセリシールは、ネーヴェルを軽く起こして己の膝の上に置いて休ませた。

 そのすぐ傍にはミニウサギのクロロがいる。漆黒の瞳は心配の眼差しとなって、ネーヴェルを映す。そしてもふもふボディを擦り付けて寄り添っている。


「あ、あまりにもウサギが可愛すぎて……す、すまない……」


「すまない、じゃないですよ。何ですか!? このギャグ漫画みたいな展開は!」


「ギャ、ギャグ漫画とは何だ……ウサギとは……それほどまでに魅力的で……神々しくて……もふもふで……お目目がくりくりで……もちもちで……もふもふで……ぷりぷりで……もふもふで……人が安易に踏み入れてはならない領域なのだ……」


「わ、わかりましたから、一旦落ち着いてください。というかネーヴェルさんのキャラが崩壊しちゃってますよ! 元に戻ってくださいよ! あともふもふ言い過ぎですって!」


 この時、セリシールは思った。マヌーケさんにウサギさんを見せるときも気を付けないと、と。

 そんなやりとりをしていると、ネーヴェルをここまで追い込んだ原因である生き物の声がだんだんと近づいて来た。


「ンッンッ!」

「ンッンッ。ンッンッ」

「ンッンッ! ンッ!」

「ンッンッ……ンッンッ」

「ンッンッ!」

「ンッンッ。ンッンッ」

「ンッンッ!」

「ンッンッ。ンッンッ!」

「ンッンッ!」

「ンッンッ、ンッ!」


 十種類十匹のウサギたちだ。

 鳴いた順でウサギたちを紹介すると、ホーランドロップイヤー、ネザーランドドワーフ、フレミッシュジャイアント、イングリッシュロップイヤー、ミニウサギ、レッキス、アメリカンファジーロップ、ジャージーウーリー、アンゴラウサギ、ライオンヘッドである。

 そんな十種類十匹のウサギたちが鳴くたびにネーヴェルは幸せそうな表情を浮かべながら弱々しくなっていく。

 ウサギに精気でも吸われているのかと思ってしまうほどの異常症状である。


「ネーヴェルの姐さんには刺激が強すぎましたか……」


「やっぱり、ってことは……思い当たる節があったりするんですか?」


「はい。何度かありました」


「詳しくお願いします!」


 セリシールは興味津々といった表情でその内容を訊こうとする。

 ネーヴェルの威厳に関わる内容ではあるものの、隠し事ではないためレオンはそれに答える。


「最初の頃はウサギ三匹でこんな状態になってましたよ。次は五匹、その次は八匹。だんだんと数を増やしていきました。そのおかげか耐性がついて来ましたが、まだ十匹に耐えられる程の精神力はなかったみたいですね……僕も不安だったんですが、ネーヴェルの姐さんが大丈夫って念を押すもんで……案の定いつものような状態に」


「そ、そうなんですね。今やっと完全無欠のネーヴェルさんの弱点がわかった気がします。というか冷静に考えたらずっと前からわかってたことなんですけどね……他のことが凄すぎて……」


「爆破テロを阻止したウサ耳の天使の弱点がウサギだなんて誰も思わないでしょうね。自分も最初は信じられませんでしたよ……」


 この日、セリシールはネーヴェルの弱点を理解したのだった。そしてレオンは改めて理解したのだった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 ウサギの魅力にやられて倒れてしまったネーヴェルの代わりに、セリシールがレオンをマヌーバが待つ拷問部屋へと案内した。

 リードに繋がれている十匹のウサギたちはレオンの言うことをちゃんと聞くお利口さんたちだ。お尻をぷりぷりと左右に揺らしながら一生懸命歩いている。

 たまに歩くのを辞めたり、眠ったり、引き返そうとする子も現れるが、その自由なところがまさにウサギらしい。そんな自由奔放なところがウサギの長所でもあるのである。

 ブリーダーであるレオンもその自由奔放なところを許しており、主導権はほぼウサギにあるような状態だ。

 だから二十秒も掛からない拷問部屋までの道のりを、十分もの時間をかけてようやく辿り着いたのであった。

 ちなみにセリシールは三匹分のリードを持たせてもらい散歩感覚で楽しんでいた。


「今度個人的に利用しますね」


「はい。よろしくお願いします。セリシールさんなら大好物のニンジンスティックをサービスしちゃいますよ」


「わー、嬉しいです! そ、それで、その時は、そのー、こ、この子がいいなって思ってます」


 セリシールはもじもじとしながら喋っている。まるで恋する乙女が好きな男子に緊張しながら話しかけているような仕草だ。


「この子? あー、アンゴラウサギですか。この中でも一番もふもふでふさふさですし、何といっても太々しい表情がたまりませんよね」


「そ、そうなんですよ! なんかおじいちゃんみたいな雰囲気でとっても可愛いんです! お手手とか見えないのズルくないですかー?」


「はっはっは。そうですね。この子はとくに毛が長くて手足が見えませんからね」


 マヌーバが待つ拷問部屋の扉の前で会話が弾む二人。

 ンッンッ、と鳴くウサギのBGMも相まってか、かなり会話が弾んでいる状態だ。

 そんなこんなで時間が過ぎていき……


「あっ! そうでした! マヌーケさん!」


 と、セリシールが本来の目的を思い出す。


「そうでしたね。すっかり話し込んでしまいました。ウサギというものは時間を忘れさせてくれます」


「仕事も忘れちゃいましたけどね! では、仕事に戻りますよ」


 セリシールは豊満な胸の前で小さくガッツポーズを取った。


「今のマヌーケさんならネーヴェルさんと同じように倒れるかもしれませんからね。慎重にいきますよ」


 セリシールはそーっと拷問部屋の扉を開けた。

 それと同時にこの瞬間を待ちわびていたマヌーバが声を上げる。


「つ、ついに! ウサギ様が来たのですか!?」


「ちょ、声が大きいですよ! ウサギさんが吃驚しちゃいますから!」


「す、すいません」


 嬉しさのあまり声が出てしまったのだ。仕方がない。

 それでもウサギに害を与えてしまったことを深く反省していた。


「それと今から一匹ずつそちらにウサギさんを送りますからね。心がきゅんきゅんしてドキドキして倒れそうになると思います。なのでそうなる前にすぐに教えてくださいよ」


 熱中症になる前に水分摂取を。それと同じような感覚でセリシールは注意を促す。


「は、はい。わかりました。こちらの準備は整ってます。いつでも大歓迎です」


 視線が交差する二人。そのまま同じタイミングで頷いた。


「まず一匹目……一羽目? 一頭目? あれ? ウサギさんの数え方ってどんな感じでしたっけ?」


 突然どうでもいいことに疑問を抱くセリシール。

 しかしすぐに頭を横にブンブンと振った。


「今はそんなこと考えてる場合じゃないです! 別の機会に教えてもらいましょう! では、一匹目のウサギさん! 中へどうぞ!」


 どうぞ、という合図に従い一匹目のウサギが拷問部屋へと入っていく。

 当然のことながらウサギの意思で入ったのではなく、ブリーダーのレオンがそうなるように仕向けたのだ。


「ンッンッ!」


 一匹目に入って来たのはクロロと同じ品種のミニウサギだ。

 クロロをすでに見ているため同じ品種なら刺激が少ないと考えての選出である。


「ど、どうですか? マヌーケさん」


 まだ大丈夫だとは思っているが、念のため確認を行う。


「胸はキュンキュンしますが……だ、大丈夫です。それよりも己の感情を、ウサギ様に対する欲求を抑えられるかどうかが心配ですね」


「それなら二匹目いきますよ! レオンさん! お願いします!」


 二匹目はミニウサギに最もフォルムが近いネザーランドドワーフが入って来た。


「ンッンッ! ンッンッ!」


 二匹のウサギが目の前に存在することにマヌーバは感銘を受けて泣き崩れる。

 その後、三匹、四匹とゆっくり数を増やしていくが、ネーヴェルのように血を吹き出して倒れ込んでしまうことはない。


「ンッ! ンッンッ」

「ンッンッ」

「ンッンッ。ンッ!」


 そのまま十匹全員が拷問部屋へと入ることに成功したのだ。

 順調に事が運んだことは良いことなのだが、セリシールだけは呆気に取られていた。


「あ、あれ? 倒れたりしないんですか?」


「ぅぐぅ……か、感動で……涙が……涙が止まりません……」


 泣き崩れているものの、ネーヴェルのように行動不能になるほどではない。

 セリシールの杞憂で終わってしまったのである。


 いつまでも呆気に取られ続けるセリシールの肩にレオンの手がそっと置かれる。


「セリシールさん。ネーヴェルの姐さんが異常なんです。彼の反応はウサギ好きとして一般的な反応ですよ。ちょっと大袈裟なところもありますけどね」


「そ、そんなんですか……なんか心配しすぎて損した気分ですよ。とほほ……」


 肩を落とすセリシール。その肩に付いて行けずにレオンの手が離れた。

 そして開いた手は吸い込まれるようにウサギたちに向かっていき、コンディションの確認を始めた。


「では荷物がこちらに揃ってから、手筈通りこの方――マヌーバさんにウサギの魅力全てを叩き込みますね」


「あっ、はい! よろしくお願いします! 私は荷物運びを手伝いますね! 荷物は外というか車の中ですよね?」


「はい。でも今回は自家用車ではなくハクトシンタクシーでここまで来たので、荷物はタクシーの中ですね。ボブさんが運んできてくれてると思いますよ」


 そう言った直後、ハクトシンタクシーのボブが荷物を拷問部屋にまで運んできてくれた。


「持って来ましたぜ。ここで良いですかい?」


「ボブさんありがとうございます。助かりました」


「いいえ。これもネーヴェルの姉貴の頼みですからね。それでセリシールさん、ネーヴェルの姉貴がお呼びですぜ。何か重要な情報を掴んだとか」


「え? もう起き上がって情報収集してたんですか!? やっぱりネーヴェルさんはネーヴェルさんです! さすがです!」


 こうしてネーヴェルたち情報屋によるクイーン捜索の裏側で、レオンと十匹のウサギによるマヌーバ更生作戦が幕を上げたのである。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



「三日後の十六日、ネザランドの教会で儀式が行われる。それがちょっと気になってね」


 それが拷問部屋から事務所に戻って来たセリシールの鼓膜を最初に振動させた言葉だった。


「儀式ですか。確か儀式って年間通していつでも行われてる行事みたいなやつですよね? 私はやったことがないので詳しくないですけど。それでそのちょっと気になる儀式とはなんですか?」


 セリシールの言う通り教会で行われる儀式には様々なものがある。

 入信はもちろんのこと、成人式、出産祝い、冠婚葬祭、厄払いなど本当に様々な儀式がある。

 行事ではなく儀式と称しているのは、神からの御加護や御言葉を頂戴するからだそうである。


「儀式の項目の一つに司教が演説をする時間が設けられている。まあ、それは普通なのだが、演説をする司教の一人が気になってね」


「まさか!? その演説する司教がクイーンですか?」


「ボクが調べた中では、この司教が一番クイーンの可能性が高いね。それに今月の17日に歴史的事件を起こそうと考えているのなら、前日である16日の演説で何かを仕掛けるに違いないよ。まあ、これは単なる予想でしかないんだけどね」


「ご、ごくり……」


 一気に緊迫した空気となり、セリシールは緊張で生唾を飲んだ。

 生唾を飲むだけならよかったのだが、それを声に出す辺りがポンコツのセリシールらしい。


「そ、それで……その司教の名前は?」


「ああ、司教の名前はレジーナ・ルビー」


 ネーヴェルは黒幕である可能性が高い司教の名前を淡々と告げた。


「レジーナ・ルビー……ですか。全然クイーン関連の名前ではなかったんですね。それでも可能性が高い人を見つけるだなんて、さすがネーヴェルさんです!」


「いや、レジーナはクイーン関連の名前だよ。わかるかい?」


 静かに告げるネーヴェルにセリシールは小首を傾げた。

 そして手に顎を乗せて考え始める。


「えーっと、レジーナ……レジーナ……クイーンとの関連は……レジーナだから、えーっと……その、あれですよね。えーっとですね……」


「ルフモ連合国以外の国でクイーンをレジーナと呼ぶ国があるんだよ」


 いつまでも答えが出なそうなセリシールにネーヴェルは構うことなく答えを教えた。


「そ、そうでした! 今ちょうど思い出したところでしたよー。もー、先に言わないでくださいよー! 超絶有能な助手である私には簡単な問題ですよー!」


 嘘である。セリシールにそこまでの頭脳はない。

 そのことを周知しているネーヴェルは受け流して話を続ける。


「彼女はこの教会で働いて四年目だそうだけれど、彼女の国籍と年齢、その他の個人情報がいくら調べても出てこなかったんだ。もしかしたらレジーナ・ルビーという名前も偽名の可能性があるね」


「国籍も年齢も不明で偽名の可能性があるって、ネーヴェルさんと同じですね」


「ボクはホランド出身のピチピチの10歳だよ」


 ネーヴェルは10歳の幼女相応の純粋無垢な表情をしながらで言った。声も少し高くなり、喋り方も辿々しい。

 その姿があまりにもわざとらしいが、わざとらしさが逆に可愛い。


「か、可愛い……」


 ここに一人ネーヴェルの可愛さにやられた人がいた。


「ンッ……ンッンッ」


 ネーヴェルの可愛さにやられたウサギもいた。

 ネーヴェルがらしくもない行動をとったのは、数分前にウサギに魅了されて倒れてしまった副作用かもしれない。

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