information:23 森の中の死闘

 レジーナを捕まえるために教会内を走っているネーヴェルとセリシール。

 二人の鼓膜を教会に相応しくない音が振動させた。


『ブゥーンブゥーン。爆破装置が作動しました。ブゥーンブゥーン。直ちに避難してくださいブゥーンブゥーン。ピーポーンピーポーン。ブゥーンブゥーン』


「な、なんですかこの声は!? もしかして神様の声!?」


 教会内に響く警報をセリシールは神様の声だと勘違いする。

 そんなセリシールにネーヴェルは呆れた表情を浮かべながら口を開く。


「神が話しかけてくるわけないだろ。これは警報だよ。爆破装置が作動したって言ってただろ?」


「ば、爆破装置!?」


「ああ。そう警報があっただろ。聞いてなかったのか?」


「は、はい! ブーンブーンって神様が言ってるのだけしか聞いてませんでした!」


「仮に神が喋っていたとしてもブーンブーンとかピーポーンピーポーン言わないだろ」


 警報音の方を神様の声だと勘違いしていたという新事実が判明し、ネーヴェルはさらに呆気に取られた。

 そして再び警報が鳴る。


『ブゥーンブゥーン。爆破装置が作動しました。ブゥーンブゥーン。直ちに避難してくださいブゥーンブゥーン。ピーポーンピーポーン。ブゥーンブゥーン』


 爆破装置の作動こそレジーナが仕掛けた最後の罠である。

 ネーヴェルたちの邪魔が入り洗脳作戦が失敗に終わった。だからこそ証拠の全てを抹消しようと考えたのである。


 繰り返し流れる警報にセリシールは不安な表情を浮かべ始めた。


「どうして……たくさんの人がいるのに……」


「犯罪者の考えなんて犯罪者にしかわからないよ。だから考えるだけ無駄だね。それよりもボクたちは爆発の阻止とレジーナ・ルビーの捕獲に集中しよう」


「そうですね! 爆発の阻止とレジーナさんの捕獲……って! えぇえええ! ネーヴェルさん分身できるんですか!?」


「どういう思考回路をしていればそうなるんだよ」


「だって、二つのことを同時にはできないですよ! できるとしたら二人いないと、分身しないと無理です! あっ、そうか! ネーヴェルさんは実は忍者だったということですね! だからいつまでも幼女の可愛い姿を保てるんですね」


 手をポンッと叩いてなるほどと言った表情を浮かべるセリシール。

 そんなポンコツ具合が酷い助手にため息を吐きたくなるネーヴェルだったが、そのため息を飲み込んでから口を開く。


「ボクは忍者じゃない。ただの情報屋だよ。それにボク一人で二つのことを解決しようとは思ってないよ。まあ、できないことはないけどね。でも成功確率を上げたい」


「それってつまり……」


「ああ、シールくん。キミには爆弾処理をお願いしたい。レジーナ・ルビーを追いかけるよりも生存確率がずっと高いだろうからね」


 セリシールを信頼しているからこそのネーヴェルの判断である。

 その判断にセリシールは戸惑いの色を見せた。

 レジーナの追跡よりも爆弾処理の方が生存確率が高いというのはあまりにも異常な判断だと、一瞬でも思ってしまったのだ。しかし良いように言ってしまえば、そう思ったのは一瞬のみ。

 信頼している人物が自分を信頼して言ってくれている。それだけで常識的判断は吹っ飛んでしまう。すぐに受け入れてしまう。

 だからこそセリシールは笑顔で答える。


「超絶有能な助手であるこの私! セリシール・S・パールに任せてください!」


 豊満な胸をポンッと叩いて自信満々に答えた。

 その姿を見たネーヴェルは釣られて笑顔になる。


「ああ、任せたよ。シールくん」


「あいあいさー!!!」


 ポンコツな返事が鳴り響く警報を一瞬だけかき消した。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇



 人気ひとけのない獣道を歩いているレジーナは不意に振り向いた。

 物音がしたからではない。視界の端に何かが映ったからではない。気配を感じからではない。

 野生の勘や第六感の類から不意に振り向いたのだ。


「あら? また幻覚かしら? いいえ。本物よね?」


 レジーナの視界にはウサ耳カチューシャを付けた銀髪幼女の姿が映っている。

 幻覚でもなんでもない。本物のネーヴェルだ。


「よく気付いたね」


「うふふ。私も驚いてるわ。それとこんなところまで追ってきてくれたことに感謝するわ。こんなにも早く遊べるだなんて嬉しい」


「追ってきたわけじゃない。ここに来ると予想していただけ。それが的中しただけだよ」


 そう言いながらネーヴェルは麻酔銃を撃った。


 ビリィイイイイイイ


 狙いは正確。レジーナの頭を完全に捉えている。予測していなければ躱すことのできない弾道だ。

 しかしレジーナは未来でも視ていたのかと思うような動きで、ネーヴェルが引き金を引いた直後に動いていた。

 この動きはネーヴェルのように相手の情報、周囲の情報から予測したものではない。野生の勘や第六感の類の動きである。

 レジーナは麻酔針を躱した勢いを利用して銃を構える。標準が定まると躊躇うことなく引き金を引いた。


 バンッ!!!


 弾丸はネーヴェルの顔から数センチ離れた場所で真っ直ぐに飛んでいった。

 レジーナが外したのではない。ネーヴェルが必要最低限の動きで躱したのだ。


「どうして左手で撃てるの?」


「あら? それは皮肉かしら? あなたから受けた電気がまだ残ってるのよ。うふふ」


「それはいい情報が聞けた」


 不適な笑みを浮かべたネーヴェルは麻酔銃の引き金を引く。動きが鈍い右半身を狙って。

 卑怯だと思うだろうか。命の奪い合いに卑怯など存在しない。生きるか死ぬか、ただそれだけだ。


「うふふ。そう来ると思っていたわ」


 レジーナは木の裏に隠れて麻酔針から身を守った。

 直後、銃声と共にレジーナが隠れている木に風穴が開いた。幹は木っ端微塵に舞っていく。

 ネーヴェルの麻酔銃による破壊ではなく、レジーナの銃による破壊だ。

 そう。レジーナは木の裏に隠れて身を守った後に攻撃を仕掛けたのである。


「――ッ!?」


 さすがのネーヴェルも木を貫通して飛んでくる銃弾を予測できなかったらしく、既所すんでのところで躱す事となった。

 体が小さい分、的は小さい。命中することはなかったけれど、額を掠めてしまった。

 予測ができなかった分、純粋に銃弾のスピードと反射神経のみの勝負となり、躱しきれずに傷を負ったのだ。

 一瞬でも動きが遅ければ確実に頭蓋骨に風穴が開いていたであろう。

 そんなことが起きたのにも関わらず、ネーヴェルは一切怖気ない。まるで死を恐れていないかのように。


「視界が赤いね」


「うふふ。似合っているわよ。子ウサギさん」


「それはどうも」


 ネーヴェルは駆けた。真っ赤な視界の中、向かってくる銃弾を全て躱しながら駆ける。

 そして突然軌道を変え木の裏に隠れた。小柄なネーヴェルの体が丸々隠れられるほど太い幹の大樹に隠れたのである。


「あら? 見てなかったのかしら? 私の銃は木をも貫通させるのよ」


 そう言いながらレジーナは引き金を引いた。

 ネーヴェルの身長などを考慮して標準は少し低め。動かない的なら利き手ではない左手でも正確に狙う腕を持っている。

 銃弾は真っ直ぐに木を貫通する。外すような場面ではないのにも関わらずネーヴェルに当たった様子はない。どのようにして躱したのかは不明。そもそもまだ木の裏にネーヴェルがいるのかも不明だ。

 瞬きの刹那、疑心暗鬼に陥った時、レジーナの瞳に光る何かが映った。

 光が反射したかのような、それでいて稲妻のような、そんな光だ。

 そんな不自然な光を見てすぐに気付く。この光はネーヴェルの麻酔銃から撃たれた電気を帯びた麻酔針だと。

 ではどこから撃ってきたのだろうか。それは銃弾の軌道を見れば分かる。

 そう。レジーナの銃が貫通させた木の穴からだ。つまりネーヴェルは木の裏にまだいる。そしてレジーナが貫通させた木の穴を利用して反撃をしてきたのである。


「――ッ!!」


 ネーヴェルの麻酔針はレジーナの左肩に当たる。

 レジーナは思わず銃を落とした。

 普通なら銃を反射的に拾う場面だ。しかしレジーナが取った行動は、麻酔で動きが鈍くなっている右腕で内ポケットから何かを探るということだった。

 そして内ポケットから素早く取り出したのはナイフだ。

 そのナイフを口に咥えた。


「右手が使えないなら左手で。左手が使えないなら口で。口が使えないなら骨で。骨が使えないなら命で……遊んであげるわ」


 ナイフを咥えながら妖艶に微笑むレジーナ。その異常な姿に常人なら恐怖を覚えるだろう。


「うふふ……」


 レジーナは駆けた。相手が麻酔銃を持っていても怖じけることなく向かっていく。

 ネーヴェルとレジーナは戦闘スタイルも感性も違うが、精神的な面では同じ。

 負けることなど一切考えていない。それどころかどうやって相手を倒すか。どうやったら勝てるか。その最善だけを考えている。だからこそ恐怖しないのだ。

 まさに獣。二人は獣だ。


「随分と早く動けるね」


「あら? 褒められちゃった? 万全な状態ならもっと動けるわよ」


「万全な状態じゃなくてよかったよ」


「うふふ。子ウサギさんも万全な状態じゃなくてよかったわ」


 会話をしながら麻酔銃とナイフでもやり取りを行う二人。

 一歩でもミスをしたら死に直結する。命がけのやり取りだ。


「キミの命を奪う嗅覚は鋭いね。正確に首元ばかりを狙ってくる」


「子ウサギさんもすごいわよ。どこを狙っているか予想できない動きですもの」


「それでもキミは容易く躱すよね。どうやってるの? それ」


「直感よ。体が教えてくれるの」


 レジーナは至近距離からの麻酔銃を躱しながら確実にネーヴェルの頸動脈を狙っている。

 人間としてかけ離れた動きを見せている。

 それについていくネーヴェルも人間離れしている。

 すでは五感から得た情報の元、予測して行動しているのだが、その行動に体が完璧についていっているのだ。


「ここまできたら体力勝負だね」


「ええ。我慢比べね」


 二人が言うようにこれは体力勝負であって我慢比べでもある。

 その時は着実に迫ってきているのだ。

 そしてその時は唐突に、予告なしに訪れるのである。


「うふふ。もらったわ」


 妖艶に微笑みながらネーヴェルの右腕を――麻酔銃を握る右腕をレジーナが掴んだ。

 どうやらレジーナの右腕の麻酔が回復してしまったらしい。

 そのままネーヴェルを引っ張った。

 ネーヴェルの首元はレジーナの口元へ――ナイフを咥えている口元へと近づく。


「あら?」


 ナイフはネーヴェルの首元に触れる直前、身を包んでいるローブに当たり静止した。

 このままローブごと切り裂く勢いだったのにも関わらず静止したのだ。まるで盾で防がれたかのように。


「このローブはキミが着ているものとは違って少しだけ特殊でね」


 淡々と喋りながら麻酔銃の引き金を引いた。体勢的に下向きになってしまったが、それで十分。

 麻酔針はレジーナの太ももに命中する。

 そのままレジーナの悲痛な表情には目もくれず、ネーヴェルは喋り続ける。


「このローブは防弾加工が施されている。ナイフなんて通らないよ。もちろんキミがさっきまで撃っていた銃もね。あ、これはすでに試したことだから本当だよ」


 レジーナはネーヴェルの言葉を聞きながら距離を取った。

 撃たれたのは片足のみ。まだ片足が動くため、片足だけを器用に使い距離をとることに成功したのである。


「試した? まさかとは思うけど……」


「ああ、そのまさかだよ。ついさっき試したよ」


 ネーヴェルが言うついさっきと、そしてレジーナが思い浮かんだものが一致する。

 そうそれは、木の裏に隠れたネーヴェルをレジーナが木を貫通させて撃った時だ。

 あの時の銃弾はネーヴェルに当たっていたのである。正確に言えば防弾加工が施されているローブにだ。

 ネーヴェルはローブの防弾性を信じて行動に出たのである。一か八かの賭けでもあったが、その賭けに見事勝利したのだ。


「そこで確信したよ。このローブだったらキミのナイフも通さないってね。その時この光景が浮かんだんだよ。キミに麻酔銃が当たる光景をね。でも本当は額に当たっていた光景だったんだけど、ボクも体力は無限じゃないからね。腕が上がらなかった」


「あらそう。それはとっても残念だったわね」


「いや、そんなことはないよ」


 ネーヴェルは腕を真っ直ぐに伸ばして構えた。会話をした数秒間で腕が上がるまで体力を回復させたのだ。もしくは残りの体力を使って無理やり上げているかだ。


「これで終われるんだからね」


「そうね。終わりね。うふふ」


 片足が麻痺して諦めたのか、レジーナはネーヴェルの言葉を肯定した。

 しかしそれは違う意味での肯定だった。



 そう言いながらレジーナは麻痺している足を無理やり動かして踵を返した。そしてそのまま全速力で駆けた。

 片足が麻痺しているとは思えないほどの走りだ。何度も述べているが人間離れしている。


 そんな逃げていくレジーナの背中を狙い撃ちするネーヴェルだったが、視界が真っ赤に染まり定まらない。さらには疲労困憊しているため、うまく射撃できずにいた。

 もちろん追いかけるような体力も残っていない。

 その結果、レジーナをまんまと逃す事となってしまう。

 ネーヴェルの耳に届いたレジーナの最後の言葉は「来月の17日にまた会いましょう」だった。


「くそ。逃げられてしまった……」


 レジーナの気配が完全に消えたのを確認したネーヴェルは、その場に座り込んだ。

 血だらけの幼女が一人、森の中で体を休めるのであった。

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