information:15 国家保安局副長拉致大作戦開始!

 ルフモ連合国・ホランド東区。国家保安局本部――


「ネーヴェルの姉貴。到着しましたぜぇ」


「ああ、ありがとう。太陽も沈んできていてちょうどいいね。では乗り込むとしようか」


「ほ、本当にやるんですね……」


 不安そうな表情を浮かべるセリシールにネーヴェルは「ああ」と一言水面に落ちる一雫のように静かに答えた。

 そのままネーヴェルとセリシールの情報屋バニー・ラビットの二人はハクトシンタクシーを降りた。

 正確に言えばウサギのクロロも一緒に降りている。ネーヴェルが大事そうに抱き抱えているのである。

 しかしそれはタクシーを降りてまでのこと。クロロはネーヴェルの元から離れて走り出した。


「ンッンッ!」


「クロロ任せたぞ」


「頑張ってくださいね。クロロちゃん!」


 元気よく鳴いたクロロに向かってネーヴェルとセリシールは優しく声をかけた。背中を押す言葉だ。

 クロロはネーヴェルたちよりも一足先にマヌーバ拉致作戦を決行したのである。


 クロロの黒いもふもふボディが暗闇の中へと消えた時、ネーヴェルたちも動き出す。


「ボクたちは正面からだ」


「き、緊張してきました。何もしてなくても国家保安局の前を歩くだけで緊張するのに……」


 何も悪いことをしていなくても国家保安局の前や保安局員の横を通ると緊張してしまうもの。

 世代問わずあるあるであろう。しかしこの現象に名前はない。もし名前があるのならば教えて欲しい。

 そんなことを緊張するたびに考えてしまうセリシールだが、ネーヴェルの小さな背中の後を付いて行きながら国家保安局本部の正面ゲートから堂々と中へと入っていった。


「あわわわわわわわわわ」


「緊張しすぎだぞ」


 緊張しているセリシールは常人ならあり得ない声を漏らしていた。たとえ緊張しているからと言って盛れるような声ではない。


「だ、だって今から、その、あの、あれ、あれですから!」


 内容は言わない。副長を拉致するだなんて言ってはいけない内容だからだ。


「まあ、大丈夫だよ」


 言い終えるのと同時にネーヴェルたちは受付横の待合席へと座った。

 その数分後、「そろそろだ」と言いながらネーヴェルは立ち上がる。それに釣られてセリシールも立ち上がるが終始そわそわしているため、いかにも怪しい。

 二人が立ち上がって五秒後、停電が起きた。


「な、なんだ!?」

「停電?」

「皆様落ち着いてください」

「その場から動かないでください」

「すぐに復旧します」


 などと慌てる人やそれを落ち着かせる保安局員たちが暗闇の中、声を出していた。

 そして電子機器のライトを点ける者も現れたが、暗闇の中の灯火程度にしかならない。

 そんな暗闇の中、躊躇なく進む影が二つ。


「こんな時のためにここの図面を頭の中に入れておいてよかったよ。それに皆、興奮混乱状態だ。声や息、服が擦れる音、足音、その音波の反響からどこに壁があってどこに人がいるのかも把握しやすい。暗闇の中でもぶつかることはないだろうね」


 などと混乱に乗じて静かに呟くネーヴェル。自分自身も声を出すことによって壁や人との距離を測っているのである。

 そんな天才的頭脳を持っているネーヴェルがこの状況で一番懸念する点は、やはりポンコツ助手のセリシールだ。


「シールくん。キミは大丈夫かい?」


 そう優しく声をかけたが時すでに遅し。返ってきた言葉は――


「あっ、痛て! ご、ごめんなさい! か、壁! 痛ーい! あ、足踏んでしまいました。ごめんなさいごめんなさい。痛い! 顔ぶつけました!」


 だった。

 挙げ句の果てには「動かない方がいいよ」と優しい声で心配される始末。

 前述で暗闇の中、躊躇なく進む影が二つ、と述べたがそれは間違いであった。この暗闇を難なく進んでいたのはネーヴェルだけであったのだ。


「そろそろ目が慣れてくる頃だろうけど、ボクたちは急がなきゃいけないからね。まあ、復旧するのに半日はかかるだろうけどね。でもマヌケくんはそんなには待ってくれないだろうからさ」


 そう呟きながら踵を返したネーヴェルが向かったのは暗闇に苦戦中のセリシールの元だ。


「ぴぎゃ!!」


 セリシールは服が何かに引っかかったような感覚を受けて変な声を上げた。

 彼女ならこの状況で服を何かに引っ掛けてもおかしくはないのだが、今のは違う。ネーヴェルが服を引っ張ったのである。


「ボクだよ」


「ネーヴェルさん! 見えないんですから脅かさないでくださいよー!」


「脅かすつもりはなかったんだけどね。ところでキミは本当にポンコツだな」


「こんな時に辛辣ですね! 超絶有能な助手であってもネーヴェルさんのようには上手く歩けませんよ!」


 反抗するセリシールにネーヴェルはため息を吐く。そのため息は周りの音にかき消されてセリシールの耳には届かなかった。

 その代わり、ため息直後に声を出したネーヴェルのいつもより少しだけ大きな声は届く。ため息が助走のような役目を果たしたおかげでいつもよりも大きな声が出せたのだ。


「ヴァン・クロワッサンからもらったキミのメガネには暗視機能が付いているはずだよ」


「え!? そんな機能が! さすが最先端メガネですね。でも全然暗視されてないですよ」


「暗視機能の場合は自動ではないみたいだね。ボクの記憶によるとレンズを三回タップすると暗視機能が作動すると思うよ」


「レンズを三回……」


 セリシールはネーヴェルの指示に従いレンズを三回タップした。その際、距離感覚がズレて己の額を一度だけタップしてしまったことはセリシールだけの秘密である。


「す、すごいです! 本当に見えます! ネーヴェルさんの可愛い顔もバッチリ見えますよ! これならぶつかることなく歩けそうです」


「それならよかった」


 返事をした直後、ネーヴェルはお構いなしに歩き出した。その後を追うセリシールだが、暗視機能の最先端メガネを使用していてもどこかぎこちない歩き方だ。

 慣れるのに時間がかかるのだろうが、それでもネーヴェルとの差は歴然。ネーヴェルの方が暗視機能を使っていそうな軽やかな動きをしている。

 階段を上り通路を歩き、そうやってしばらく進んでいくと二人の正面に扉が現れた。

 その扉のドアノブに手を触れようとした瞬間、ピンポンパンポーン、とアナウンスが施設内に響き渡った。


『突然の停電誠に申し訳ございません。現在復旧作業に取り組んでおります。同時に停電の原因を調べております。復旧にはもう少し時間がかかります。自動点灯ライトも作動しない状態です。ですのでお近くの係りの指示に従い焦らず施設の外へと移動をお願いします』


 そのアナウンスを全て聞くことなく――ネーヴェルは扉に手をかけた。

 そして――


「避難通路だ」


 施設内の避難通路へと足を踏み入れた。

 そこは窓がすぐそばに有り、停電中でも視界に困ることがないほど明るさだ。

 そしてすぐ近くに外階段へと繋がる扉も設置されている。この外階段こそがメインの避難通路である。



「停電前のマヌケくんは七階にいたはずだから、そろそろボクたちがいる三階のこの場所に現れると思うけど……」


「なんで七階にいるってわかるんですか?」


「チンピラたちの取り調べと称した逃す計画を立ててたと思うからさ。七階にはその取り調べ室がある。彼専用のね。マヌケくんにとってこの事件はどの事件よりも重要な事案だからね。だからこの停電に乗じて一緒に逃げてくると思うよ」


「そ、それじゃチンピラさんたちも一緒に降りてくるってことですよね!? やばいんじゃないんですか?」


「やばくなんてないよ。ボクたちのマヌケくん拉致のカモフラージュになってくれるだろうからね。防犯カメラの回線と直近のデータは全てクロロが抹消してくれているからボクたちの証拠なんて一つも残らない。そうなると必然的に逃げ出したチンピラたちに捜査の目が向くからね」


 淡々と喋るネーヴェルの表情は真剣そのもの。嘘を吐いているような表情ではない。

 だからこそセリシールは驚きのあまり絶句する。現実では有り得ないことが簡単に起きているからだ。

 そんな絶賛絶句中のセリシールの表情を見て、ネーヴェルは親切にも絶句した原因を解消させてあげるためにも口を開いた。


「クロロなら可能だよ。カノジョは天才ウサギだからね。それとこの計画は今朝思いついたものだよ。たっぷりと話し合う時間があったからね。クロロもスムーズに実行ができたんだと思うよ。まあ計画が完成したのはウサギダ珈琲店で防犯カメラの映像を確認した時だけどね」


「ウ、ウサギさんが国家保安局の防犯カメラをこんなにも簡単に……というか計画の話し合いをって……ほ、本当に規格外ですね……で、でもそんな規格外と肩を並べる私ってもしかして超絶ウルトラスーパー有能な助手なのでは!? ぐへへへへ。じゅるり」


 絶句していたと思ったら自画自賛をし始めるセリシール。

 その変な笑い方は女の子が絶対にしてはいけない笑い方である。ヨダレが垂れそうになっている。


「あ、ははは……」


 ネーヴェルは変な笑い方をするセリシールを見て呆れた表情を浮かべた。そして苦笑が溢れた。

 そんな苦笑の直後、扉が開く音が避難通路内に響き渡った。ネーヴェルたちが入ってきた下階に繋がる扉ではない。上階に繋がる扉からの音だ。


「きたよ」


 その静かな声に一気に緊張感が増す。

 そしてネーヴェルの言った通り、扉から姿を現したのは強面のチンピラ数人と――


「マヌーケさん」


 国家保安局副長のマヌーバ・Q・スピカが姿を現した。


「さて仕事の時間だ」


 そう言ったネーヴェルはその場に立ち止まったまま。

 今から彼を拉致するとは思えないほど堂々した佇まいだ。


「おや? こんなところに情報屋さんが。どうしたんですか? 彼らチンピラ集団から情報でも聞き出そうとしにいらしたんでしょうか? でも残念。今は停電やらなんやらで、皆てんやわんやですよ。まずはここから避難しましょう。私が案内いたしますよ」


 国家保安局の副長として優しく声をかけたマヌーバ。

 その笑顔も言葉も感情も全て偽りだというのに……


「ああ、心配しなくても目的を果たしたらここから出るつもりだよ」


「そうですか。でも施設内は暗闇です。復旧作業が終わってからの方が良い気がしますよ」


 そんな会話の最中にマヌーバが入って来た扉がバタンと音を立てながら閉まった。

 全員が避難通路に入ったということだ。

 その数、十八人。路地裏で会ったチンピラ集団十七人とマヌーバを含めた十八人だ。


「ほ、本当に……マヌーケさんが……」


 避難通路に入って来た十八人の面々を見たセリシールが驚愕する。

 マヌーバが黒幕だと言うことが証明されつつあったからだ。否、彼女の中ではこの瞬間に確定となった。だから驚愕しているだ。

 そんなセリシールの感情もつゆ知らずのマヌーバは、国家保安局の副長の仮面をまだ外そうとはしない。


「それに上階には誰もいませんよ。このまま降りて外に出ましょう。私が案内いたしますよ」


 再び避難するようにと呼びかけるマヌーバ。

 しかしその呼びかけに素直に応じないのがネーヴェルだ。

 彼女は淡々と独り言を呟き始める。


「そういえば、チンピラJまでしかやれてなかったな。いや、チンピラKまでだったか? まあ、どっちも一緒か……大事なのは全員を仕留めきれずに邪魔が入ったということ」


「ネーヴェルさん。一体何を言ってるんですか? 彼らは私がいますので大丈夫ですよ。逃げたら罪が重くなるだけですし。すぐに捕まるってことも叩き込みましたから。だから安心してください。それでも嫌でしたら先に情報屋のお二人を外まで案内しますよ。彼らはここで待ってもらいます」


「その必要はない」


 キッパリと断ったネーヴェルは内ポケットに手を入れた。

 その瞬間、チンピラたちが身構える。彼らには見覚えがある光景、そして忘れられない光景と重なっただからだ。


「その必要がないとはどういう――」


 どういうことですか、と言葉を全て言い終える直前、マヌーバは理解した。

 自分の正体がすでにバレているのだと。

 そうじゃなければ幼女が拳銃を自分に向けたりはしないのだと。

 だからこそマヌーバは躊躇することなく行動に移った。自分の正体を気付かれてはいけない人物に気付かれてしまったからだ。躊躇せずにはいられない。


「ネーヴェル・クリスタル!!!」


 マヌーバは瞬きの刹那、正面にある防犯カメラに意識を移した。そして起動ランプが付いていないことを確認すると、ネーヴェルの名前を叫びながら腰にかけてある拳銃を抜いた。

 そして発砲しようと引き金に指をかけた瞬間、横にいたチンピラの一人が目の前を飛んでいった。

 何事かと思考を巡らせたマヌーバは、足元で倒れるチンピラを見てすぐに状況を理解する。

 この男は自分を庇ったのだと。


「やれ!! お前たち!」


 引き金を引くよりも指示を出した方が早い。そう思ったからこそ、状況を理解した直後に口を開いたのだ。

 チンピラたちはマヌーバの指示に従い、ネーヴェルに向かって駆けていく。

 十六人の大人が幼女一人に向かって襲いかかろとうする光景は実におぞましい。


 ビリリリリィイイイイ


 その電流音と共に、チンピラたちは次々に倒れていった。まるで電池が切れたおもちゃのように。

 それを平然とこなすのがネーヴェルだ。小さな手で力強く握っているおもちゃのような拳銃――電気を纏わせることができる麻酔銃でチンピラたちを倒していってるのである。


「いいですよ、ネーヴェルさん! そのままいけ〜! そこっ! いけ〜!」


 セリシールはネーヴェルに加勢することなく後ろで応援をしていた。まるで友達の試合を応援している元気な女の子そのものだ。

 そしてセリシールが危機的にも見えるこの状況で加勢しないのは、自分が加勢してしまえば邪魔をしてしまう可能性があると自覚しているからである。

 自称超絶有能は自称超絶有能なりに己の役割をきちんと理解しているのである。


「うぅ……マヌー、さん……」

「い、いてぇ……」

「し、しびれれれる……」

「う、うごか、ん」


 などと倒れているチンピラたちは呻いていた。

 前回とは違い意識が残っているのだ。

 これはチンピラたちに麻酔針や電流の耐性ができたわけではない。技と電流を落とし麻酔の成分を少なくしているのである。

 その理由としては事が済んだときにチンピラたちには自力で逃げてもらいたいからである。

 事情聴取をされて十七人一致でネーヴェルの名前を出されてしまえば、マヌーバ拉致作戦に支障が出てしまうからだ。


 バンッ!!!!


 銃声が避難通路内に響いた。

 マヌーバがネーヴェルに向かって撃ったのである。

 しかしネーヴェルは平然とそこに立ち続けている。


「何かしたかい? マヌケくん」


 まるで蚊が止まったかのような反応を見せたネーヴェル。確かに銃声は聞こえ銃弾が発砲されたのだが、ネーヴェルに傷一つ付いていない。

 マヌーバの腕が悪いわけではない。防弾チョッキを身につけてもいない。ましてやネーヴェルがロボットだったという衝撃的展開でもない。

 ネーヴェルは必要最低限の動きのみで銃弾をかわしたのである。

 それも一発だけではなく――


 バンッ!!!!

 バンッ!!!!

 バンッ!!!!

 バンッ!!!!

 バンッ!!!!


 二発三発四発と、マヌーバの拳銃の銃弾六発全てを躱したのだ。


「ここはブンブンとうるさいハエが多いな。まあ仕方がないか。こんなにゴミが溜まっているんだからね。社会のゴミが、いや、ただの生ゴミか」


 相手の心を抉るような発言。これは銃弾で受けた傷よりも完治が難しい。そして確実に当たる弾だ。


「ゴミゴミと……い、いったいどんな手を使った!?」


 マヌーバは問いかける。銃弾を躱した方法を知りたいと言う純粋な気持ちもあるのだが、これはただ単に時間稼ぎだ。

 拳銃に銃弾を装填するための時間稼ぎ。

 当然のことながらネーヴェルは時間稼ぎのために質問をして来たのだと見抜いている。

 だからそれに付き合うほどネーヴェルはお人好しではない。けれど何も答えないほどつまらない人間でもない。


「銃口の高さと向き、引き金を引く指の動き、銃弾の速さ、ボクとマヌケくんとの距離、風向き、は関係ないか。そうだな……あとは……」


 最後の言葉を言い終えるであろうその前に装填が完了しそうになる。

 すかさず、否、このタイミングを狙ったのか、ネーヴェルはマヌーバの装填が完了する前に麻酔銃を撃った。

 麻酔針はマヌーバに命中。彼もチンピラたち同様に電池の切れたおもちゃのようにその場に倒れた。

 違いがあるとすれば意識がないこと。拉致対象に意識があるのは不都合が生じかねないからである。


「……あとは、経験だね。まあそれ全て引っくるめて“情報”が大事ってことだよ」


 ネーヴェルは言いかけた言葉を意識がないマヌーバに放ったが、当然意識がないため聞いてはいない。


「シールくん。出番だよ」


「あいあいさー! ネーヴェルさん!」


 ポンコツな返事をしたセリシールは意識を失っているマヌーバに向かって駆けていく。

 チンピラたちはまだ数人立っているのだが、一切怯えてなどいない。

 度胸があるのか、怖いもの知らずなのか、と問われれば違う。彼女はいつも元気に振る舞っているが、どちらかと言えば臆病で寂しがり屋だ。

 臆病で寂しがり屋な人間がこの状況で怯えないわけがないのである。

 それでも彼女が一切怯えていないのは、彼女が最も信頼している人物がそばにいるからだ。


「マヌーバさんに手を出すなー!」

「ぶっ飛ばせー!」

「小娘ごときに臆するなー」


 たった今威勢よく吠えたチンピラN、チンピラO、チンピラPの三人はセリシールの正面で倒れていった。

 当然それをしたのはセリシールが最も信頼している人物――ネーヴェルだ。

 その間、セリシールは自分が与えられて仕事をこなそうと努力する。

 その仕事はマヌーバを正面ゲート前で待機中のハクトシンタクシーにまで運ぶことだ。

 持ち方を変えたり背負ってみようとしたりしているがなかなか体勢が決まらずにいた。

 それも当然だ。豊満な胸以外は華奢な普通の女の子が大人一人を背負えるわけがないのである。


「ネーヴェルさんも手伝ってくださいー! 超絶有能な助手である私でもさすがに運ぶのはきついですよ!」


「う〜ん。今後のことも考えるとシールくんには、これから君には筋トレをしてもらってムキムキマッチョになってもらおうかな」


「冗談はいいですから! 早くー!」


「わかってるよ」


 ビリリリリィイイイイ


 最後の一人に麻酔銃の引き金を引いた。電気を帯びた麻酔針は見事に命中し、チンピラQを行動不能にさせた。

 そのままネーヴェルは歩み寄るかのようにゆっくりとセリシールの元へと歩いた。

 避難通路でマヌーバたちと対面してからの初めての一歩である。


「背負うのも無理ですし、持ち上げるのも無理なので、一緒に引っ張っていきましょう!」


 セリシールは意識を失っているマヌーバの右手をネーヴェルに差し出した。


「私は左手を引っ張りますので、ネーヴェルさんは右手をお願いします」


「この先は階段を使って降ろうと思っているんだが……なんならクロロが状況を判断してエレベーターだけ起動するってことも」


「大丈夫ですよ! 急いで階段で降りましょう! ってクロロちゃんそんなことまでできるんですか!? す、すごいです……」


「まあでもシールくんの言う通りかもしれないね。このままエレベーターの起動を待つよりは階段で降りた方が早い。階段で引きずらられて死ぬほど人間はやわでもないからね。それに麻酔も効いてる」


「では行きましょー! 超絶有能な助手である私の案で!!」


 このまま幼女と少女は大人の男一人を引きずりりながら外階段へと繋がる扉へと向かった。

 扉を閉める際、「失礼しました! お元気で〜」とセリシールは律儀に声をかけた。

 チンピラたちにとってその最後の一言と笑顔は、心を抉るとどめになったのであった。

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