information:14 タクシーの後部座席で信頼が深まる情報屋の面々

 黒幕が国家保安局の副長マヌーバ・Q・スピカだとネーヴェルが告げた。

 それから五秒間の絶句――静寂の後、セリシールが口を開く。


「ま、またまた〜、ネーヴェルさんは冗談が下手なんですから〜」


 あまりにも受け入れがたい事実にネーヴェルが冗談を言っているのだと、そう思ってしまった。否、そう思いたかったのだ。

 ネーヴェルはこのまま沈黙する。そして瞳で訴える。事実なのだと。

 セリシールもその瞳に気付き、笑顔が徐々に消え深刻そうな表情へと変わっていった。


「そ、そんな……国の治安を守る国家保安局の副長が……事件を起こしていた黒幕だったなんて……」


 落ち込むのも無理はない。セリシールはその事件に巻き込まれてしまったのだから。

 偶然巻き込まれてしまったのならともかく、情報屋バニー・ラビットの事務所に意識を失うほどの薬品が塗られた花が添えられていたのだ。偶然なんかではない。計画的に狙った犯行である。


「シールくん。キミが倒れる前日も同じ事件が起きていた。そしてキミが倒れた翌日、翌々日もね。毎日続いてたんだよ」


「え? そんな、聞かされてませんよ」


「だろうね。今した話は病院と国家保安局しか知らない情報だからさ。それに病院側は患者の心のケアもしなくちゃならない。そんな話を聞いたら今みたいに精神的ダメージを受けて入院が長引く可能性があるからね。まあ、国家保安局が、いや、マヌケくんが情報を隠していたのは別の理由だけどね」


「そ、そうだったんですね……」


「ああ、それと事件に関わっていたチンピラ集団が十七人と言ったよね。実は事件に使われた花は十七箇所に置かれていたんだ。その花の色も十七色で十七本。まあ、さすがに被害者の数も十七人ってわけにはいかなかったみたいだけどね」


 異様なまでに続く十七という数字にセリシールはハッと目を見開く。


「も、もしかして十七年前の事件と何か関係が?!」


「もしかしても何も関係があるはずだよ。これは十七年前の事件を捜査している人たちに向けた挑戦状のようなものだとボクは解釈してるよ。まあ、犯罪者たちはそんなこと思ってないだろうけどね。捜査してる人の気持ちは捜査してる人にしかわからないからね。もちろん犯罪者の気持ちは犯罪者にしかわからないさ。だから今から聞き出そうかと思ってね」


「え? 聞き出す? それって……」


「うん。直接マヌケくんに聞くさ。黒幕のマヌケくんにね。ではボブくん。ホランドの国家アホ安局まで車を飛ばしてくれ」


 ネーヴェルの指示を聞いたボブは「あいよ」と答えてからエンジンをかけて車を走らせた。向かう先はホランドの東区にある国家保安局だ。

 車が走っている間もセリシールはネーヴェルに質問を続ける。


「他の局員も事件の手助けをしてるんですか?」


「いや、確定した情報は入手できなかったけど、おそらくマヌケくんの単独での犯行だよ。国家アホ安局と犯罪者の二足の草鞋わらじ。成立させるためには単独の方がやりやすいだろうからね。もちろん信頼できる協力者がいるのなら話は別だけどね。あとは誰かに指示されて動いていたりなんかもね」


 ネーヴェルは話をしている内容よりもさらに先を――もっと深いところを見ているような瞳をしていた。水晶玉のようなクリスタル色の瞳は、水晶玉のように未来が視えているのかもしれない。


「でもなんでマヌーケさんが黒幕だって言い切れるんですか? 今聞いた話だと情報が不十分のようにも思えるんですが」


 確かにセリシールの意見は一理ある。

 チンピラたちとカフェで飲んでいた事実とメモを渡した事実は防犯カメラで確認済みだ。そしてチンピラたちが逮捕された日、逮捕した保安局員の中にマヌーバがいた。なんならマヌーバが指示していた。そう言った事実もある。

 これだけではマヌーバが黒幕と呼べるのには情報が不十分すぎるのである。

 しかしネーヴェルは首を横に振り情報が不十分ではないと否定した。


「不十分じゃないよ。メモ用紙にはその日の事件の指示内容が書かれていたからね」


「指示内容が書かれてた? 防犯カメラには何が書いてあったかなんて映ってませんでしたよね? というかすぐにポケットに仕舞ってましたし……一体どうやって調べたんですか?」


「いや、これに至っては調べてない。拾ったというべきかな」


 そう言いながらネーヴェルは胸ポケットからメモ用紙を取り出した。

 取り出す際、クロロのモフモフの背中に小さな手が触れていた。クロロは撫でられていると勘違いして気持ちよさそうに「ンッンッ」と声を漏らす。

 愛おしい存在のクロロの声が鼓膜を振動させた時、ネーヴェルはメモ用紙をセリシールに渡すよりも先にクロロの額を指で撫でた。

 優先順位はいつでもクロロが先なのだ。


「ンッンッ!!」


 満足そうにクロロが鳴いたところでネーヴェルは本題に戻る。


「これがその時のメモ用紙だよ」


 ネーヴェルは胸ポケットから取り出したメモ用紙をセリシールに渡した。

 セリシールは四つ折りにされたメモ用紙をゆっくりと開く。


「こ、これは……何かの暗号ですか?」


「暗号なんかじゃないよ。単純に場所を示してるだけさ」


「場所を?」


 涼しげな顔で答えるネーヴェルに対しセリシールは小首を傾げて悩んでいた。

 場所を示すと言われてもアルファベットと数字の羅列で暗号にしか見えないのだ。

 そんなセリシールを見かねてネーヴェルはすぐさま教えた。


「アルファベットはホランドの方位を、数字は番地を表してるんだよ」


「な、なるほど! Nは北区、Sは南区、Cは中央区ですね! 数字は番地……確かにこれなら住所になりますね」


 セリシールもメモ用紙に書かれていることを理解できたようだ。

 このまま話はさらに深いところへと進む。


「全部で十七箇所の場所が書かれている。これは花を置く場所の指示なんだろうね。つまり事件現場になる場所というわけだ。わざわざ指示をするということは適当に選んでいるのではないのだろうけど、どうやって選ばれてるかまでは不明だね。人で選んでいるのか場所で選んでいるのか……まあこの際それはどうでもいいか。マヌケくんはこのメモをチンピラたちに渡していたんだ。防犯カメラの映像と照らし合わせてもマヌケくんが黒幕で間違いないよ」


「確かに……ネーヴェルさんの言うとおりですね。これは本人に直接聞く必要がありませよね。でもどうやって聞くんですか? 聞いたとしてもしらを切られて終わりだと思うんですけど……」


 ネーヴェルたちは真実を直接聞くために黒幕がいる国家保安局に向かっている。セリシールの言う通り悪いことをしたのならばそれを隠すのが当然だ。教えてくれと言って教えてくれるとは限らない。むしろ教えてくれない方が確率が高い。

 ではどうしたら白状するのか。その答えはすでにネーヴェルにはあった。


「拷問でもしようと思ってるよ」


「えぇええ!! や、やめてくださいよ! そんな可愛い見た目で怖いことを言うのは! 犯罪者ですか!? 鬼ですか!? 悪魔ですか!?」


「巷ではウサ耳の悪魔だと蔑称されているよ」


「ほ、本気なんですね……」


「ああ、本気さ」


 笑顔で肯定するネーヴェル。まるで遠足に向かう子供のようなワクワクな笑顔だ。


「マヌケくんは事情聴取の、取り調べのエキスパートだと聞いてね。犯罪者相手なら拷問でもなんでもするって情報もある。そんな彼が口を割るのかどうか楽しみで仕方ないよ」


「悪魔! ネーヴェルさんの悪魔! もっと穏便な方法があるでしょ!」


「ない」


「だいたいどうやって拷問にかけるんですか? 拉致でもしないと無理です、よ……ってまさか……」


 セリシールは自分で口にしてようやく気付く。ネーヴェルが今からしようとしていることに。


「そうだよ。彼を拉致して拷問にかける。そして今回の事件について聞き出す。あわよくばボクたちが追ってる十七年前の事件との関連性もね」


 ネーヴェルの瞳とセリシールの瞳が交差する。ネーヴェルの真剣な瞳にセリシールはため息を吐いた。

 ため息を吐いた時に視線は下を向く。その際、ビー玉のように丸くキラキラとした漆黒の瞳と交差した。クロロの瞳だ。

 その瞳に瞬きの刹那ほどの時間ではあったが癒されて、再びクリスタル色の瞳と交差した。

 その瞳はまだ真剣そのもの。もう一度ため息が出そうになるが、それを堪えて変わりに言葉にした。


「わかりましたよ。付き合いますよ」


「誰も付き合ってとは言ってないんだが?」


「私はネーヴェルさんの超絶有能な助手なんですから最後まで付き合うのは当然です。それに十七年前の事件と関係があるのなら尚更ですよ」


 二人の共通の目的は十七年前に起きた事件の真の情報を知ること。

 それに一歩辿り着くのならば付き合わないわけにはいかないのである。


「まさか退院後の初仕事が国家保安局の副長の拉致になるなんて……これで私も犯罪者の仲間入りか……」


「犯罪者の仲間入りだなんて人聞きが悪い。だいたい犯罪者の定義はなんだ? 法律に違反した者のことを指すのか? それならその法律は誰が作った? 神ではあるまい。人間たちが話し合いで作ったものだろ? その人間たちに言いたい。もっとマシな法律を作れってね。国民を守るために作られた法律が甘いから犯罪が減らないんだ。犯罪者が増え続けるんだ。法律を作った人間も犯罪を犯す人間も同じバカなら当然とも言える。そんなバカが考えた法律に従う方がバカだ。そうは思わないか? シールくん」


「なんかまともなこと言ってるように聞こえますが……結構やばいこと言ってますよ。でもわかってしまう私もいるのが事実ですね」


「それでこそボクの助手だ」


「当然です! 地獄までついて行きますよ」


「ンッンッ!」


「地獄行き前提なのがちょっとな……」


 タクシーの後部座席で情報屋バニー・ラビットの社長と助手と看板兎の信頼が深まった瞬間であった。

 ここまでの話を全て聞いていた運転席のボブもこの瞬間だけは親指を立ててサムズアップしていた。そしてサングラスの下にはうっすら感動の涙を浮かべていた。


「うぅ……情報屋最高ですぜぇ」


 彼もまた情報屋バニー・ラビットの仲間なのである。

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